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2章
歪み4
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来ることは土曜日が多く、金曜日に来たのは初めてだ。
古本屋に辿り着くとぎっしりと本が詰め込まれた本棚の周りをゆっくりと回る。
文字がかすれた背表紙からその歴史を感じる。背表紙をそっとなぞる。そして本の匂いだ。
物によっては埃の匂いも混じっている。
それがやけに懐かしさのような妙なノスタルジックな気持ちにさせられる。
好きなコーナーはこの奥だ。
角を周り、一周したところに立ったまま真剣な顔で本を読む男がいた。
___彼だ。灰猫依。
僕より後に入った人はいないはず。扉はガラス張りの開ける扉で、開けた時にカランコロンという取り付けられているベルの音が鳴る。その音は鳴ってなんかいなかった。
彼は先に来ていたということだ。
陽が傾き、彼の髪を夕日が淡く照らしていた。顔もオレンジの陽が差している。
僕は反射的に後退りした。その時に何かにぶつかってよろけて転んだ。
誰かが踏み台が置きっぱなしだったようだ。
全然気付かなかった。
「いっ...た」
彼の横顔が視線だけこちらを向く。
本を閉じるとかがみ込んで僕の顔を覗き込んでくる。
「怪我、してない?」
その声音は本当に心配しているような優しい声だった。
「何で、いるわけ」
思ったより声がかすれた。情けないような声になった。
まさかこんなところでまで会うなんて想像もしていなくて動揺していた。
「俺、文字と絵の世界が結構好きなんだよね。文字から滲む感情とかその人の雰囲気とか色とか、普段見ることができない心の扉の内側を見せてもらえてるというか。その時間が好きで...時々ここに来てる」
僕をゆっくり引っ張って立たせると彼は目を細めた。
意外だった。
一瞬で彼に目を惹きつけられた。
こんな、愛しいという顔をするのか、彼は。
心臓がどくりと脈を打った。
本当に心から本が好きなんだ、と僕は感じとった。
「なに、その顔。」
彼が首を傾けて僕を見つめる。
「...別に」
心動かされ掛けたなんて絶対に言うものか。
と僕は意地を張った。
「...僕も、本は嫌いじゃない」
気恥ずかしくなって顔を逸らし、ぽつりと言った言葉に彼が笑う声がした。
「ねえ、邪魔しないから、一緒に帰ろ」
「...。...嫌だ」
「あ、今一瞬想像した?俺と帰るの」
僕の心を言い当てるように矢継ぎ早に彼が言う。
「あんなに頑なに拒否してたのに」
彼は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ゆっくりでいいから。外で待ってる」
待たなくていい、僕の言葉を聞く前に彼は扉を開けて出て行ってしまった。
本当に彼は勝手だ。
彼のことを知りたいとほんの少しだけ思ってしまった。その気持ちが邪魔をして嫌だと即答出来なかった。
ただ彼のことを鬱陶しいと思っていた気持ちに僅かに変化が生じた日。
この日を境に僕は自分の気持ちが歪んでいくんだなんてこの時には思いもしなかった。
古本屋に辿り着くとぎっしりと本が詰め込まれた本棚の周りをゆっくりと回る。
文字がかすれた背表紙からその歴史を感じる。背表紙をそっとなぞる。そして本の匂いだ。
物によっては埃の匂いも混じっている。
それがやけに懐かしさのような妙なノスタルジックな気持ちにさせられる。
好きなコーナーはこの奥だ。
角を周り、一周したところに立ったまま真剣な顔で本を読む男がいた。
___彼だ。灰猫依。
僕より後に入った人はいないはず。扉はガラス張りの開ける扉で、開けた時にカランコロンという取り付けられているベルの音が鳴る。その音は鳴ってなんかいなかった。
彼は先に来ていたということだ。
陽が傾き、彼の髪を夕日が淡く照らしていた。顔もオレンジの陽が差している。
僕は反射的に後退りした。その時に何かにぶつかってよろけて転んだ。
誰かが踏み台が置きっぱなしだったようだ。
全然気付かなかった。
「いっ...た」
彼の横顔が視線だけこちらを向く。
本を閉じるとかがみ込んで僕の顔を覗き込んでくる。
「怪我、してない?」
その声音は本当に心配しているような優しい声だった。
「何で、いるわけ」
思ったより声がかすれた。情けないような声になった。
まさかこんなところでまで会うなんて想像もしていなくて動揺していた。
「俺、文字と絵の世界が結構好きなんだよね。文字から滲む感情とかその人の雰囲気とか色とか、普段見ることができない心の扉の内側を見せてもらえてるというか。その時間が好きで...時々ここに来てる」
僕をゆっくり引っ張って立たせると彼は目を細めた。
意外だった。
一瞬で彼に目を惹きつけられた。
こんな、愛しいという顔をするのか、彼は。
心臓がどくりと脈を打った。
本当に心から本が好きなんだ、と僕は感じとった。
「なに、その顔。」
彼が首を傾けて僕を見つめる。
「...別に」
心動かされ掛けたなんて絶対に言うものか。
と僕は意地を張った。
「...僕も、本は嫌いじゃない」
気恥ずかしくなって顔を逸らし、ぽつりと言った言葉に彼が笑う声がした。
「ねえ、邪魔しないから、一緒に帰ろ」
「...。...嫌だ」
「あ、今一瞬想像した?俺と帰るの」
僕の心を言い当てるように矢継ぎ早に彼が言う。
「あんなに頑なに拒否してたのに」
彼は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「ゆっくりでいいから。外で待ってる」
待たなくていい、僕の言葉を聞く前に彼は扉を開けて出て行ってしまった。
本当に彼は勝手だ。
彼のことを知りたいとほんの少しだけ思ってしまった。その気持ちが邪魔をして嫌だと即答出来なかった。
ただ彼のことを鬱陶しいと思っていた気持ちに僅かに変化が生じた日。
この日を境に僕は自分の気持ちが歪んでいくんだなんてこの時には思いもしなかった。
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