完結【R18】おいもではじまるシークレットベイビー

加賀美 ミロ

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そしてあなたのいない日々 その5

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ゆっくり静養すればよいの、と言われたが何かしないわけにもいかないと思いやれることを考えていたのだが。

そんなことはすぐに吹き飛んでしまった。

とにかく体調が悪いのだ。食べることができず食べては吐いて、吐いては食べて。

もう食べたくない、と思ってもどんどん痩せていくマリアンヌを周りが放っておくはずもなく様々なものを食べさせられる。

マリアンヌ自身も食べなくてはいけない、と思い食べるのだがなんとか食べても吐いてしまうの繰り返し。

いつまでこのような日々が続くのかと気が遠くなる毎日だった。

吐き気がおさまっているわずかな時間に、妊娠、出産などに関する書物を集めてきてもらい読み漁るのだが驚くほど頭に入ってこない。

神童だ、才女だ、とはやし立てられた自分はどこへいったのだろうかと驚くばかりだ。

しかたなく、読書に疲れると冬籠のための準備に参加させてもらった。

今の自分には動くことができる時間が少ないため、冬籠にむけて用意しておくと良いであろう薬草や目新しい保存食料など王都にいたときに調べていたことをひたすら書き出していき屋敷内のひとたちに渡していく。

屋敷内の中にいるものたちにも、嘔吐を繰り返している様子や継母の気遣う様子からさすがに私が妊娠していることは伝わっているようであった。

屋敷の中は女手が多いこともあり子供がいるものも多く、痒いところに手が届く気遣いをマリアンヌはしてもらい皆に感謝していた。

ある時、屋敷で新しく働き出した東方からきたという使用人と話していると、彼女から珍しいお芋の食べ方を教わった。

マリアンヌが芋好きかつ妊婦であることから、自分の育った場所では妊婦が好んで食べる揚げ芋なるものがあるという話だった。

最初は揚げ芋なんて、油っぽくて気持ち悪くなるに違いないと思って聞いていたが何故か食指しょくしが動く気がしてきて動ける時に自ら厨房へ行き教えてもらった話に基づき料理人と共に挑戦してみた。

その結果、なんと! 

食べられる食べられる、揚げ芋恐るべし。

これ以外はさっぱりとしたものばかりを食べていたのでそんなバカな、と思っていたが恐ろしいほど食べることができた。

もちろん食べすぎると気分が悪くなってしまうが加減すればしっかり食すこともでき、痩せすぎた体も元に戻り始めた。

(この揚げ芋はすごいわ!!)

貴重な油をふんだんに使うので、工夫が必要であることを除けばおいしさも調理の幅も抜群である。

揚げ芋パワーで復活し出したマリアンヌは、これを今季の冬籠準備期間の課題にしようと鼻息荒く取り組み始めた。

継母のアザミも何故かマリアンヌと同じ時期に、産み月間近だというのにに吐きつわり症状に陥っていたがこちらも揚げ芋に救われていた。

マリアンヌは継母とお腹にいるきょうだいのため、いてはこの領のすべての妊婦のためにと使命感に駆られ次々と研究を広げていった。

お芋の種類、揚げ芋の形状、合わせる調味料などなどさまざまな角度から揚げ芋を研究し屋敷内で働く人にも次々に振る舞っていった。

忙しく働く人々にもこの揚げ芋は大好評で、なかでも薄くスライスしたお芋を揚げた料理、名付けて ”おいもチップス” は大人から子供まで大好評だった。

冷めても美味しくシンプルにお塩だけで味つけているため日持ちもするので厨房入り口に ”お好きにどうぞ” などと書いて置いておくとすぐに完食され大人気となった。

マリアンヌのおいもレシピを一気に広げた揚げ芋ちゃんたちであった。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「姉様、父様より鳥がきたよ」

そんな芋三昧な妊娠初期をすごしていたマリアンヌの元に、父からの便りを弟が持ってやってきた。

「あらユリス、お帰りなさい。揚げたばかりのお芋食べる?」

姉の手元にあるほくほく揚げ芋に満面喜色の様子でわーいと近づいてくる弟と、芋の乗った皿と父からの便りを交換し厨房の椅子に2人で腰掛けた。

「姉様、体調良さそうだね。あんなに吐いて痩せて一時はどんな病気かと思ったけど、まさか子が腹にいるなんて思いもしなかったよ。アザミ様まで姉様のおえ~が移っちゃうし伝染病かと最初ものすごく心配したんだからね」

もぐもぐと次から次へとお芋を口に放り込みながら、姉のつわりを振り返る弟に心配させてごめんねとマリアンヌも謝る。

「ほんとうにそうよね。私もあんなことになるとは思っていなかったの。もっと事前に妊娠や出産に関わる書物を読み込んで研究しておけばよかったと反省しきりよ」

いや、そこじゃないよと内心弟は思いながら話を続けた。

「子の父親は例の人なんだろ?どうするの?」

芋で上がった機嫌もこの話になると弟のご機嫌は急降下である。

「んー、なにも。彼には伝えるつもりもないし。私はここで独りこの子を育てていくわよ」

北方辺境に逃れてきた避難民の中には、独りで子を産まざるを得ない女性が多くいた。

みな様々な事情を抱えていたが、北方民は厳しい環境を共に助け合うことで生き延びてきた民族でもあり独りで子を産まなくてはならない女性の苦労には寄り添って受け入れてきた。

貴族家の男爵領の姫さんがまさかのおひとりさま出産、と驚くものもいたがみなその事情に踏み込むよりもマリアンヌの不安や不調に寄り添ってくれた。

しかし、男親で貴族家当主である父は少し事情が異なった。

相手は誰だ、こうなった経緯は何故だなどなど事細かく文を通じて詰めてくる。

本当は父が領地に戻るまでは伝えるつもりはなく継母ともそのように話していたのだが、事情を知らない弟ユリスが吐きづわりで苦しむマリアンヌの様子を伝染病に罹患しているかもしれないなどと緊急の鳥を飛ばしたことで事態が露呈してしまったのだった。

とはいえ、ユリスが悪いのではない。この情勢下で父の悩みの種をふやした娘が悪いのである。

手にしている父からの便りにはこう綴られていた。

まずはマリアンヌの体調を気遣う文で始まり、ついで今後のマリアンヌと腹の子の戸籍や処遇について父の判断などだ。

父は子を養子に出すことも念頭に置き、マリアンヌは領内の信頼のおけるものに嫁がせることを提案してきた。もう何人か候補者もいるらしい。

これは誠に困った話である。

まず、子と離れる気はない。これは絶対だ。

もちろんそのためには周囲の協力を仰がねばならないがそれが叶わないのであれば王都に戻り職業婦人となることも辞さない構えで父とは話し合おうと思う。

嫁ぐか嫁がないかは、貴族家の娘であるためやむを得ない場合もあることは承知しているが、そもそもとんだ傷物であるため貰ってもらう相手にも失礼だと考えるのでできればそれもなしでお願いしたい。

幸い、自分には十分な資産もあるためできれば領内で仕事をもらい子供と共に暮らせればと考えていた。

こういってはなんだが、体面を気にするほどの爵位でも周囲の環境や習慣もない田舎領である。

当主の父さえ頷けばなんとかなるのではと、父の情に訴えかけようとも思っていた。

子には悪いが、体面がどうしてもという伯爵家の家臣衆がいる場合は、マリアンヌを貴族籍から抜いてもらっても構わないと伝えることも覚悟の上だ。

そんなことを頭の中でつらつらと考えていると、隣のユリスはマリアンヌの考えを尋ねてきた。

「姉様はその子とこれからどうするつもりでいるの?」

「そうねぇ、この家はいずれあなたが継ぐのだろうからその時までには2人で屋敷をでて領内のどこかに住まう家を用意するわ。それまでは申し訳ないけど、可能ならこの屋敷に置かせてもらって私にできる仕事をしていきたいわ」

弟には正直に自分の希望するところを話してみた。

「あの、ねえさん。実はさ、僕・・・」

なんだか言いにくそうな様子に周囲を見回す。厨房は今の時間誰もいない。

声を小さくして尋ねた。

「どうしたの? 話しにくい相談?」

「実は、僕、その、、、好きな人がいて」

突然の恋バナである、大好物だ、身内とてウェルカムである。

おもわず大きな声で応じそうになってしまったがここはひそひそ声で対応だ。

「なになに?だれなの?私の知っている人?いつから?もうお付き合いしているの?」

予想以上の姉のぐいぐい加減に若干弟は引き気味だが、ユリスも覚悟の上の相談のため思い切って告げることにした。

「あのね、、、ウルドなんだ」

「んん?ウルド、ってあのウルド?!」

この領内、マリアンヌの知るウルドとは一人しかいない。

アザミの義弟である。

「そう」

下を向き恥ずかしそうにするユリスに思わず椅子から立ち上がり叫んでしまった。

「え”っ”ーーーーーーーーー?????」

確かに、ユリスは生まれた時からウルドの後を追いかけ大好きなのは知っていた。

線が細くあまり体の丈夫でないユリスがウルドのいる私兵団に参加するため、騎獣調教なら自分にもできるとその道を小さい頃から極め私兵団を実質的に率いるウルドに常に付き従っていたことも知っている。

しかし、である。

相手は男性。しかも継母に近い年齢である。なんなら義理ではあるが対外的には叔父にあたる。

一通り頭の中で逡巡した後、自分が叫んでしまったことにはたと気づき周りを見渡したが幸い誰もいなかった。

落ち着きを取り戻し、倒れた椅子を戻してユリスに近づきこそこそと話し出す。

「えっと、それでそのことはウルドには告げているの?」

「うん、ずっと言い続けてる。相手にはしてもらえないけど。あ、このことアザミ様は知っているよ」

あの継母が知っているなら、まぁいいか、そしてユリスの様子からして寛容な彼女は大して反対もしなかったのだろう。

「そっかぁ、でも好きなだけならいいんじゃないの。あ!でも、ということはあなた政略とかで女の人と結婚したくないとかそういうこと?」

自分のこと以外は結構うまく勘の働くマリアンヌである。

「うん、そうなんだ。ウルドに受け入れられなくても僕は他の誰かとどうこうしたいとか、ましてや女性と婚姻を結ぶなんて絶対無理。だからさ、姉様継いでくれないかなぁ、と思って」

てへっ、という感じで上手く甘えてくる弟に困ってしまうマリアンヌである。

「それは困るわよ、だって私は未婚子持ちの、下手したらこれから貴族籍からも抜かれるかもしれない身なのよ?」

「そうならないためにもさ、この領の後継だとなればうるさく言ってくる人もいないんじゃないの?姉様がとりあえず継いで将来的にはその腹の子にさらに継いで貰えばいいんだから後継問題も次代まで解決だよ!いえ~い、万事解決~!」

完璧な案を思いついた自分を褒めて、と言わんばかりにつぶらな瞳でこちらを見つめてくるがこればかりは手放しに賛成できるものではない。どうしたものか。

「そんなこといっても、まずは父様に聞かないと。父様には話したの?」

「ん~、さすがにそれはまだ。姉様に了承をもらったらそれを土産に交渉しようかなぁ、と考えていた」

なかなかにしたたかである。情に訴えかけようとしていた自分とは違う弟の要領の良さに感心してしまう。

しかし、たしかにこの案であれば自分と子供の身分の保障や弟の恋路も守られるのかもしれない。

「それならば父様に2人で相談してからね、あとウルド様との恋路うまくいくといいわね」

私兵団の中には男性同士で恋人になっている人たちがいることは小さい頃から知っていたし、確かウルドにも一時男性の恋人がいた記憶がある。

それならうまくいけばユリスにもチャンスがあるかもしれない。

まぁ、年齢差はどうしようもないし保守的な考えで反対するものも出てくるかもしれないがそこは家族として応援しようとマリアンヌは考えた。


思いもかけないところに転がっていた禁断の恋バナに鼻の穴を大きくして興奮しながらお芋を口へ放り込み、自分たちの将来に思いを馳せるマリアンヌであった。
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