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生真面目騎士様の尊敬すべき上司

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「どうだ、ラトクリフ。魔術師団のリズベス嬢とは仲良くやってるか」
 翌日の昼過ぎ、突然執務室に現れたアッカーソンは、豪快にソファーに身を沈めるとそう言った。
「――まあ、今のところは。と言っても、リズベス嬢とは旧知でもありますので」
 いささか面食らったが、無難に答えておく。アッカーソンは豪快に笑った。
「そうたったな、確か第二小隊のアーヴィン隊長の妹君だと聞いている」
「ええ」
「美人か?」
 サイラスが供してくれたお茶に口をつけながら、面白そうに問いかけたアッカーソンに、ヒューバートは思わず絶句した。美人か、だって?
 とっさに言葉の出ないヒューバトに変わって、答えてくれたのはサイラスだ。
「あのアーヴィン殿の妹君ですからね、美しくていらっしゃいますよ」
 にこにこと他意のない笑みを浮かべたサイラスの返答に、アッカーソンはそうか、とまた豪快な笑い声を響かせた。
「……団長殿は、リズベス嬢と会われたことはないのですか?」
 なんとかギリギリ口から言葉をひねり出すと、アッカーソンは残念そうに頷いた。
「リズベス嬢は夜会にも滅多に顔を出さないし、魔術師団との合同演習にも滅多に来ないだろう?」
 ふう、と腕を組むとアッカーソンは唸った。
 魔術師団に所属しているとはいえ、リズベスは研究職だ。合同演習にはもともと参加しないし、帯同任務もさほどない。アッカーソンも現場に出ることは少ないので、確かに会う機会は無いと言ってもいい。夜会ではすれ違うくらいはしているかもしれないが、紹介されなければわからない。アッカーソンが顔を知らないのも無理もない話なのだ。
「でしたら、明日はちょうどリズベス嬢がこちらに来る日ですし、朝だけでも顔を出されてはどうです?」
「ふむ……」
 顎を撫でながら思案したアッカーソンは、ではそうするかな、と返答すると、来た時と同じように突然立ち上がって帰ってしまった。
「なんだったんだろうな?」
「さあ……?」
 後に残されたヒューバートとサイラスは、思わず顔を見合わせると首を捻った。


 ♢

「よおし、全員整列!」
 訓練場に大音声がこだまする。第一小隊の面々は、訓練にはほとんど顔を出さないアッカーソンの突然の登場に背筋を伸ばした。
 第一小隊長のクライヴが全員揃っていることを報告すると、アッカーソンは首を傾げた。
「今日はリズベス嬢の来る日ではないのか?」
「それでしたら、副団長殿が出迎えに行かれて……あ、ほら」
 クライヴが指さした方を見れば、ちょうど解放回廊側からヒューバートがリズベスを伴って現れたところであった。
「ほお……確かに噂通りの美人だな」
 顎をさすりながらアッカーソンが言う。
「しかし、なんだありゃ、ラトクリフのやつ」
「なんでしょう?」
 続いたアッカーソンの言葉にクライヴが首を傾げると、アッカーソンはにやりと笑った。
「あいつ、貴族の出のくせに女性と歩くときにエスコートもせんのか」
「はあ……」
 ここで言うエスコートとは、恐らく女性に腕を貸すことを言うのだろう。女たらしと名高いアッカーソンであれば当然の行為かもしれないが、職務中のヒューバートがそんなことを考えるとは思えない。
 そうこうしているうちに、アッカーソンは大股で二人の元へと歩み寄った。

「ラトクリフ副団長、そちらが?」
「団長殿、おはようございます。……ええ、こちらが魔術師団研究員のリズベス嬢です。リズベス、こちらは聖騎士団団長のアッカーソン殿だ」
 ヒューバートが礼儀正しく互いを紹介する。リズベスはにっこりと笑うと、礼を取り名を名乗る。
 アッカーソンも名乗ると、リズベスへと腕を差し出した。
「ぜひ、リズベス嬢をエスコートする栄誉を」
 片目をつむり、冗談めかした態度のアッカーソンに、リズベスも破顔する。
「まあ、こちらこそ名高い聖騎士団の団長さまにエスコートしていただけるなんて、感激です」
 しとやかに腕を伸ばし、アッカーソンの腕を取る。
「団長殿?」
「全く、うちのラトクリフときたら気が利かないのも甚だしいですな。こんな美しい女性をエスコートなしで歩かせるなんて」
「まあ、団長さま、お口がお上手ですわね」
 呆気にとられたヒューバートを尻目に、二人は楽しそうに歩いていく。妙にもやっとしたものを感じながらも、ヒューバートはその後を追った。
(団長は何を考えているんだ……)
 聖騎士団団長のアッカーソンは、今四十を少し超えたばかり。現場からの叩き上げで団長職についた強面だが、その外見とは裏腹に女性に優しく人気がある。未だ独身で、自由な恋愛を楽しんでいるらしい。
(まさかリズに目を付けたわけじゃないだろうな……?)
 思わずじっとりとした目になるヒューバートに一瞥くれると、アッカーソンは隣のリズベスに何事か囁いた。それを受けて、リズベスが顔を赤くする。
 ヒューバートはいらいらしながら二人の後を追いかけた。

 走り込みを始めた第一小隊の面々を眺めながら、リズベスはアッカーソンに身体強化魔術についての説明をしていた。興味深そうに聞いていたアッカーソンは、ぜひ自分も体験してみたい――と申し出たが、今日もこの後は会議が入っている。必ず機会を作るから、と言うとアッカーソンはリズベスの手の甲にキスをして辞していった。
「……素敵な方ね、団長さま」
「リズ、お前な――」
「あら、まさに小説に出てくるような素敵な騎士様ぶりだったと思わない?」
 リズベスの瞳が楽し気にきらめく。すっかり恋愛小説の世界に頭が飛び立っているようだ。
 はあ、とため息をつきかけてヒューバートはそれを飲み込んだ。確かにそうだ。いかにも気障な騎士そのものの振る舞いで、軽薄ではあるが――それがアッカーソンが四十を超えた今も女性に人気の高い要因ともいえる。あれでいて頭の切れる男でもある。
 書類仕事が苦手だという点さえ除けば、聖騎士団を束ねる団長として申し分のない人材なのだ。
 現場から叩き上げで団長職を手にした壮年の男性――まさに、理想の騎士と言える。
「だからと言って、軽々しくあんなことをさせるべきじゃない」
「……あんなの、挨拶じゃないですか」
 夜会ともなれば、あれくらいただの挨拶としてヒューバートだってしたことがあるはずだ。一体どうしたというのか、リズベスは不思議そうにヒューバートの顔を覗き込む。
 憮然としたヒューバートの顔を見て、リズベスはますます訳が分からなくなった。
「どうしたんですか、急に」
「……アッカーソン団長殿は、女性には人気がある」
 ぼそり、とヒューバートが答える。リズベスは、困惑した。ヒューバートが何を言っているのか全く理解できない。
「だから、その――女性の扱いもうまい」
「はあ」
「いいか、団長殿に誘われたら――俺に相談するんだぞ」
「……?」
「わかったか?」
「は、はい」
 妙な迫力のあるヒューバートに、リズベスは頷く。
 アッカーソンの態度など、ただの社交辞令だ。それが判らないヒューバートではないだろうに――リズベスは内心首をひねった。
(リズベスが学ぶべきは、女心より男心だな……)
 不思議そうな顔をしたリズベスを見て、ヒューバートは今度こそため息をついたのだった。
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