【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の健康管理

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 翌日、ヒューバートは熱を出して寝込んだ。聖騎士団副団長を拝命して以来、初めてのことである。


「珍しいな、きみが倒れるなんて」
 私室で休んでいると、待機任務中のアーヴィンが顔を出した。体を起こそうとするヒューバートを手で制すると、枕もとに椅子を持ってきて腰掛ける。
「サイラス殿が手が離せない、と言うから僕が様子を見に来たんだ」
「……そうか、悪いな」
 なんとなく顔を見るのが気まずくて、ヒューバートは極力そちらを見ないようにしながら答えた。実際、熱のせいか身体の節々が痛んで、あまり動きたくない。
 その様子を見て、アーヴィンは顔をしかめる。
「自宅に戻る、というのも辛そうだな」
「……医官殿によれば、薬を飲んで二日も休めば回復するとのことだし」
 無理をして移動するほどのことはないだろうと、騎士団棟で療養することを決めたのはヒューバート自身だ。それに、帰れば心配性の母は、一週間は仕事に復帰させてくれないだろう。それは困る。
 その間に、アッカーソンがリズベスとどれくらい親密になってしまうか――。それを思うと、どうしても最短で仕事に復帰したい気持ちが大きい。
 彼のような、の達人にかかれば、リズベスのような夢見がちな娘はぺろっと美味しく頂かれてしまうに違いない。熱に浮かされて正常さを欠いた思考は、もうすっかりアッカーソンを不埒者として認定していた。
 ――そう考えている自分こそが危険人物だ、ということを棚上げにして。

「――から、僕はこれで戻るよ」
 アーヴィンの声ではっと我に返ると、彼はちょうど立ち上がり、部屋を出ていくところだった。
「あまり長居をして、無理をさせても悪いからね」
「すまない、ちょっとぼうっとしているようだ」
 慌てて謝ると、アーヴィンは笑った。
「いいんだよ、無理はしないで。仕事のことは心配しなくていいよ」
「……ありがとう」
 素直に礼を言う。おそらくアーヴィンはサイラスの手伝いをして行ってくれるつもりなのだ。副団長に就任したころ、仕事に追われるヒューバートをさり気なく助けてくれていたのと同じように。
 仕事に復帰したら、礼をしなければならないな。そんなことを考えながら、ヒューバートはうつらうつらと夢の世界へ入っていった。



 ♢

 次にヒューバートが目を覚ましたとき、時刻はすでに正午を少し過ぎていた。処方してもらった薬のおかげか、深く眠れたのが良かったのだろう。少し体が楽になって、自力で体を起こすことが苦痛ではない。
 ほっと息をつく。この調子であれば、明日には仕事に戻っても大丈夫かもしれない。二日間の休養を言い渡されたにもかかわらず、そんなことを考える。
 枕もとにあった、水を張ったたらいでタオルを濡らし、顔と首回りの汗を拭く。開けた胸元から手を入れて、届く範囲の汗もぬぐった。
 次いで、水差しから行儀悪く直接水を飲む。からからだった喉の不快感が治まって一息つく。汗を吸ったシーツも取り替えたかったが、さすがにそこまでの気力はない。

 ぐう、と腹の虫が鳴いて、腹が空いているのに気が付いた。そういえば、朝は医官の用意してくれた重湯をなんとか口にした程度だ。頼めば誰かが食事くらいは運んでくれるだろうが、自分で食事をしに行くくらいはできるだろう。みな忙しいのにそこまでしてもらうわけにはいかない。
 とりあえず、着替えをしなければ。
 そう考えて立ち上がろうとしたヒューバートだったが、足にうまく力が入らずふらふらと倒れそうになってしまった。よく睡眠がとれたお蔭で体力はそこそこ回復したようだったが、まだ熱が残っているらしい。
「……参ったな」
 仕方がない、誰か呼んで食事は届けてもらおう。そう思うのと、部屋の扉がノックされたのは同時だった。

「ヒューバート様、起きてらっしゃいます……?」
 そうっと小声でそう言いながら、返事を待たずに扉を細く開けて入ってきたのはリズベスだった。両手でトレイを支えながら、足を挟み込み、器用に身体でドアを押している。小さなころによく見た仕草に、ヒューバートは思わず微笑んだ。

 トレイがひっくり返らないよう注意していたこともあって、気が付くのが遅れたのだろう。無事に部屋に入ったリズベスがほっとして顔をあげたところで、ヒューバートと目が合った。
「お、起きてたんですか!?」
 行儀の悪い所を見られて顔を紅潮させたリズベスが、思わず大声を出す。それが少し頭に響いてしまい、ヒューバートはふらふらとベッドに腰かけた。
「……悪い、ちょっとまだ具合が良くなくて」
「いえ、あの、おにい……兄から伺って、それでこれを」
 支えがなくなった扉がぱたんと閉じる。リズベスはトレイをベッドサイドのテーブルに置くとふきんをとった。湯気を立てた粥が姿を現す。
「まだ起き上がれないだろうから、持っていってやれと兄が言うので……」
「ああ……ありがとう、助かるよ」
 いい匂いがして、空きっ腹を刺激する。どうやらアーヴィンが気を利かせて昼食を届けてくれたらしい。
 しかし、何故リズベスが?
「強化魔術の件でちょっと報告したいことがあったので、執務室へ伺ったんです」
 疑問に気づいたのか、リズベスが説明してくれる。
「そしたら、アーヴィン兄さまが偉そうにふんぞり返って席についてらっしゃるし、一体どうしたのかと思ったら、ヒューバート様が熱を出されたって」
「そうか、わざわざ済まなかったね」
「いえ、アーヴィン兄さまの人使いの荒さは、今に始まったことじゃありませんから」
 そう言うと、リズベスはさっさとベッドの脇にアーヴィンが置いていった椅子に座る。食事を届けてくれたら出て行くのかと思っていたヒューバートは驚いた。

「ええと、リズ?」
「ああ、食事がお済みになったら食器を持って帰るように言われてますし」
 確かにヒューバートはまだ出歩くことが出来ない。しかしそれくらいは誰かに頼めばやってもらえるだろう。
 そう言おうとしたヒューバートよりも、リズベスが続けて口を開く方が早かった。
「ちょうどいらした団長さまが、少し様子を見ていてやって欲しいと仰られたので」
「団長殿が?」
「ええ、ヒューバート様はすぐに無理をするから、少し見張っててくれ、と」
 あら、こっちは秘密って仰ってたわ、とリズベスは口を押さえる。その様子を見たヒューバートは、少し面白くなかった。何が秘密だ、全く油断も隙もない。
 しかし、気遣いはありがたく受け取っておこう。なんと言ってもまだ足元はふらつくし、だんだん身体を起こしているのもだるくなってきた位だ。
「すまない、助かるよ」
「いえ、その――私も、ちょっと皆さんに甘えてかなり無理をしていただいてましたし……」
 リズベスが視線を泳がせる。身体強化魔術の疲労度は、確かに改善傾向にあるが、まだまだ使用した後は身体がつらい。それを週に三回もやっているのだ、そういえば。

 どうやら責任を感じているらしいリズベスの様子が可愛くて、ヒューバートはつい笑いだしてしまった。
「き、気にすること、ないよ、リズ。俺の、鍛え方が、足りなかっただけだ」
 言いながらも笑いが止まらない。そんなヒューバートを、リズベスは頬を膨らませて睨む。
「もう、ヒューバート様……!」
 そのままつんと横を向いてしまったリズベスの拗ねた顔も、何もかもが可愛い。

 この顔をいつまでも見ていたいな、とヒューバートはちらりと思った。
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