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生真面目騎士様のちいさな甘え
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「はい、あーん」
にんまりと笑ったリズベスが、粥を匙に載せて差し出してくる。どうしてこうなったのだろう。湯気を立てるその匙を睨みつけて、ヒューバートは頭を抱えた。
しばらくツンと拗ねた顔をしていたリズベスだったが、ヒューバートの上体がふらふらと揺れ始めたのを見ると途端に顔色を変えた。慌てて彼をベッドへ押し込む。
背中に枕を当て、座りやすいように調整すると、リズベスは腰に手を当て、「食事をとってお薬を飲まないといけませんよ」と告げた。
そしてその後、あのにんまりとした笑みを浮かべると言ったのだ。
「私が、お食事をお手伝いさせていただきます」と。
最初は意味の解らなかったヒューバートも、リズベスが粥を匙に載せて差し出して来れば、さすがに意図が理解できる。ここのところ大人しかったリズベスに、ヒューバートはすっかり油断していた。だから、そんなことをされるとは夢にも思っていなかった。
顔に血が上って赤くなるのが自分でもわかる。
「い、いや、自分で……」
できる。そう慌てて断ろうとしても遅かった。匙はリズベスにしっかりと確保されている。食事をするならリズベスから匙を奪い取るか、おとなしく食べさせられるかの二択である。この顔の時のリズベスを説得するなどという芸当は、おそらく誰であってもできないだろう。
「私は団長さまとアーヴィン兄さまから、ヒューバート様のことを任されてきたんですよ!」
リズベスは断固として譲らない。きちんと食べさせて薬を飲むのを見届ける、という使命感に燃えたリズベスに、ヒューバートは結局負けた。
(これもあの、恋愛小説の再現とやらの一部なんだろうか……)
一つため息をついたヒューバートは、覚悟を決めると口をあけた。
リズベスが食べさせてくれた粥の味が全く解らなかったのは、きっと熱が上がっているせいに違いない。食事を終えたヒューバートは、薬を飲んでベッドに横になりながら、すまし顔をしたリズベスの横顔を盗み見た。
一仕事終えてご満悦のリズベスは、鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌がいい。
――そういえば、昔もこんなことがあった。
『リズのせいだから!』
リズベスのお願いを聞いて、氷の張った池の上に足を乗せたヒューバートは、予想通りに氷の上を歩くことは出来ずに池の中に落ちた。幸い、深い池ではなく子供の腰の高さより少し浅い程度だったので大事には至らなかったが、ヒューバートは冬の寒い最中だったこともあってしっかりと風邪を引いてしまったのだ。
あれは確か、年末年始の休暇でモンクトン家の領地へと招待されたときのことだった。
両親からこってりと絞られ、泣いた跡も痛々しい顔でヒューバートのいる客室に現れたリズベスは、自分のせいだから私が看病をする、と言い張って――実際ずっとそばに付き添っていてくれたのだ。
(もう十年も前の話か……)
『十五にもなって、まだリズの無茶に付き合ってやってるのか』
そうアーヴィンにからかわれたのを覚えている。
好奇心が強くて無鉄砲で、無邪気な、可愛いリズベス。責任感が強くて、言い出したことは必ずやりとげるリズベス。
傍にいなかった間も、本質は全く変わっていない。
ヒューバートはそのことを嬉しく感じた。
♢
「そういえば、そろそろ戻らなくて大丈夫なのか?」
額に当てた濡れタオルを交換してくれたリズベスに、ヒューバートはふと思い出して尋ねた。よく見れば、リズベスは今日は魔術師団の制服姿ではない。動きやすい、シンプルなデイドレスを着ている。丈が少し短くて、下には編み上げブーツを履いているのが見えた。
あれ、と思ったヒューバートに気付いたのか、リズベスは笑って答える。
「今日はお休みなんです。午前中に報告だけしたら、それでお仕舞いにするつもりで」
ヒューバートはそれを聞いて慌てた。折角の休みを、看病などで潰させてしまったのだ。
「すまない。……その、感謝する」
堅苦しい物言いに、リズベスが吹き出す。
「いいんですよ、あの……役得だったな、と思ってますし」
「なにが?」
「ヒューバート様の弱っているところを見られて」
くすくすと笑うリズベスに、ヒューバートは憮然とした。
それからしばらくして、薬の効果なのか、ヒューバートは眠気を感じていた。午前中にもあれだけ寝たはずなのに、無性に眠い。
うつらうつらしていると、リズベスが気付いて声をかけた。
「少し眠った方がいいですよ、お疲れなんですから……」
そう言って、リズベスはまた濡れタオルを変えようと手を伸ばしてくる。かすかに触れたその手は冷たく、熱を持ったヒューバートには心地よく感じられた。
「ん……」
思わずその手を摑まえる。そのまま、自分の頬に手のひらを当てさせた。
(気持ちいい……)
冷たくて、柔らかくて、気持ちがいい。よく考えもしないで、顔を擦り付ける。
「ちょ……ヒューバート様?」
リズベスの慌てたような声が聞こえたが、ヒューバートはそれを無視した。タオルなんかよりずっと気持ちのいい、この冷たいもので冷やしてほしかった。
引き抜こうと力を込めた手を、さらにぎゅっと掴む。
「……きもちいい」
そう呟くと、リズベスの手から力が抜けた。そっと優しくその手が頬を撫でる。
「わかりましたから、ね?」
リズベスの優しい声が聞こえて、ヒューバートは心がぎゅっと掴まれたように感じられた。動悸が激しくなって、息が荒くなる。はあ、と熱い息が口から出て行く。
「……また少し、熱があがってきたみたい」
リズベスの呟き声が聞こえた。そのまま頬を撫でてくれる優しい感触。この手を離したくない。
まだ、傍にいて――。
そう言葉に出せたかどうかは判らない。ヒューバートはそのまま、また眠りについた。
にんまりと笑ったリズベスが、粥を匙に載せて差し出してくる。どうしてこうなったのだろう。湯気を立てるその匙を睨みつけて、ヒューバートは頭を抱えた。
しばらくツンと拗ねた顔をしていたリズベスだったが、ヒューバートの上体がふらふらと揺れ始めたのを見ると途端に顔色を変えた。慌てて彼をベッドへ押し込む。
背中に枕を当て、座りやすいように調整すると、リズベスは腰に手を当て、「食事をとってお薬を飲まないといけませんよ」と告げた。
そしてその後、あのにんまりとした笑みを浮かべると言ったのだ。
「私が、お食事をお手伝いさせていただきます」と。
最初は意味の解らなかったヒューバートも、リズベスが粥を匙に載せて差し出して来れば、さすがに意図が理解できる。ここのところ大人しかったリズベスに、ヒューバートはすっかり油断していた。だから、そんなことをされるとは夢にも思っていなかった。
顔に血が上って赤くなるのが自分でもわかる。
「い、いや、自分で……」
できる。そう慌てて断ろうとしても遅かった。匙はリズベスにしっかりと確保されている。食事をするならリズベスから匙を奪い取るか、おとなしく食べさせられるかの二択である。この顔の時のリズベスを説得するなどという芸当は、おそらく誰であってもできないだろう。
「私は団長さまとアーヴィン兄さまから、ヒューバート様のことを任されてきたんですよ!」
リズベスは断固として譲らない。きちんと食べさせて薬を飲むのを見届ける、という使命感に燃えたリズベスに、ヒューバートは結局負けた。
(これもあの、恋愛小説の再現とやらの一部なんだろうか……)
一つため息をついたヒューバートは、覚悟を決めると口をあけた。
リズベスが食べさせてくれた粥の味が全く解らなかったのは、きっと熱が上がっているせいに違いない。食事を終えたヒューバートは、薬を飲んでベッドに横になりながら、すまし顔をしたリズベスの横顔を盗み見た。
一仕事終えてご満悦のリズベスは、鼻歌でも歌いだしそうなほど機嫌がいい。
――そういえば、昔もこんなことがあった。
『リズのせいだから!』
リズベスのお願いを聞いて、氷の張った池の上に足を乗せたヒューバートは、予想通りに氷の上を歩くことは出来ずに池の中に落ちた。幸い、深い池ではなく子供の腰の高さより少し浅い程度だったので大事には至らなかったが、ヒューバートは冬の寒い最中だったこともあってしっかりと風邪を引いてしまったのだ。
あれは確か、年末年始の休暇でモンクトン家の領地へと招待されたときのことだった。
両親からこってりと絞られ、泣いた跡も痛々しい顔でヒューバートのいる客室に現れたリズベスは、自分のせいだから私が看病をする、と言い張って――実際ずっとそばに付き添っていてくれたのだ。
(もう十年も前の話か……)
『十五にもなって、まだリズの無茶に付き合ってやってるのか』
そうアーヴィンにからかわれたのを覚えている。
好奇心が強くて無鉄砲で、無邪気な、可愛いリズベス。責任感が強くて、言い出したことは必ずやりとげるリズベス。
傍にいなかった間も、本質は全く変わっていない。
ヒューバートはそのことを嬉しく感じた。
♢
「そういえば、そろそろ戻らなくて大丈夫なのか?」
額に当てた濡れタオルを交換してくれたリズベスに、ヒューバートはふと思い出して尋ねた。よく見れば、リズベスは今日は魔術師団の制服姿ではない。動きやすい、シンプルなデイドレスを着ている。丈が少し短くて、下には編み上げブーツを履いているのが見えた。
あれ、と思ったヒューバートに気付いたのか、リズベスは笑って答える。
「今日はお休みなんです。午前中に報告だけしたら、それでお仕舞いにするつもりで」
ヒューバートはそれを聞いて慌てた。折角の休みを、看病などで潰させてしまったのだ。
「すまない。……その、感謝する」
堅苦しい物言いに、リズベスが吹き出す。
「いいんですよ、あの……役得だったな、と思ってますし」
「なにが?」
「ヒューバート様の弱っているところを見られて」
くすくすと笑うリズベスに、ヒューバートは憮然とした。
それからしばらくして、薬の効果なのか、ヒューバートは眠気を感じていた。午前中にもあれだけ寝たはずなのに、無性に眠い。
うつらうつらしていると、リズベスが気付いて声をかけた。
「少し眠った方がいいですよ、お疲れなんですから……」
そう言って、リズベスはまた濡れタオルを変えようと手を伸ばしてくる。かすかに触れたその手は冷たく、熱を持ったヒューバートには心地よく感じられた。
「ん……」
思わずその手を摑まえる。そのまま、自分の頬に手のひらを当てさせた。
(気持ちいい……)
冷たくて、柔らかくて、気持ちがいい。よく考えもしないで、顔を擦り付ける。
「ちょ……ヒューバート様?」
リズベスの慌てたような声が聞こえたが、ヒューバートはそれを無視した。タオルなんかよりずっと気持ちのいい、この冷たいもので冷やしてほしかった。
引き抜こうと力を込めた手を、さらにぎゅっと掴む。
「……きもちいい」
そう呟くと、リズベスの手から力が抜けた。そっと優しくその手が頬を撫でる。
「わかりましたから、ね?」
リズベスの優しい声が聞こえて、ヒューバートは心がぎゅっと掴まれたように感じられた。動悸が激しくなって、息が荒くなる。はあ、と熱い息が口から出て行く。
「……また少し、熱があがってきたみたい」
リズベスの呟き声が聞こえた。そのまま頬を撫でてくれる優しい感触。この手を離したくない。
まだ、傍にいて――。
そう言葉に出せたかどうかは判らない。ヒューバートはそのまま、また眠りについた。
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