【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の悪戯心

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「……さすがにこれはちょっと傷つくなあ、リズ」
 開放回廊には、他に人の姿は見当たらない。ヒューバートは立ち止ると、苦笑しながら振り返った。
 その二歩ほど後ろを歩いていたリズベスも、合わせて立ち止る。ヒューバートと目が合うと、リズベスは慌てたように視線をそらした。
 その様子を、ヒューバートはずっと注意深く観察していた。いつもの通りに魔術師棟へリズベスを迎えに行ってから、彼女は極力ヒューバートと視線を合わせないようにしている。しかし、ヒューバートの視線がリズベスの方を向いていないときには、こっそりとこちらを見つめているのだ。
 おそらく彼女は、ヒューバートがその視線に気づいているとは思っていないだろう。しかし、ヒューバートも鍛錬を積んだ騎士である。隠すつもりもないような視線に気付かないようでは、副団長職は勤まらない。
 もう少し注意して見れば、リズベスの頬がほんのり赤く染まっていることも、逸らした視線がちらちらとヒューバートの様子をうかがっていることも、容易に知ることが出来た。それに気づいて、かすかに頬を緩める。
(少なくとも、嫌われたわけではなさそう、かな)
 結構なことを仕出かした自覚はあるが、嫌がられているのではなさそうだ。都合よくそう解釈して、内心ほっと息をつく。
(――照れている、と思って良いのかな)
 乙女の心の内など慮ったこともないヒューバートは、勝手にそう結論付けると、立ち止ったリズベスに歩み寄る。
 リズベスは、一瞬びくりとその場から後ずさりしようとして、はっとしたようにとどまった。さすがにヒューバートに失礼すぎる、と思い直したのだろう。
 その様子に、ヒューバートは笑いをこらえきれなくなりそうだった。
「何もしないよ、リズ……今日は、ね」
 リズベスの隣に並ぶと、ヒューバートはそう囁いた。もとより今は、そんなことにうつつを抜かしている場合ではない。
「なっ……!私は、そんな……」
 リズベスは、唇を尖らせて拗ねている。内心を言い当てられたことが、悔しくもあり恥ずかしくもあるのだろう。軽く睨まれるが、その顔も可愛らしい。
 何もしない、と言った舌の根も乾かぬうちに、不埒な行動に出てしまいそうな気分になって、ヒューバートは慌てて思考を切り替えた。
 素早く周囲の気配を探り、視界にも誰もいないことを確認すると、ヒューバートは素早くリズベスの腕を取り、自分の腕につかまらせる。
「ちょっ……なにもしないって、ヒューバート様!」
「しっ……ごめん、リズ。ちょっと大きな声では話したくないんだ。例の件、なんだけどね」
 真っ赤な顔で抗議してくるリズベスにそう囁くと、彼女もはっと真顔になる。それから、少し微笑むと視線でその先を促した。
 こういう切り替えの早さは大したものだ。ヒューバートも微笑むと、言葉を続ける。
「歩きながら話そう。急だけど、週末に行くことになったよ。一泊して、宿泊先を拠点にすることになるね」
「遠出になりますの?」
「ああ、こっちで馬車を用意するから」
 まるで、旅行の計画を伝えるような軽さで話を進める。それでも、こちらの意図を正確に把握しているリズベスに、ヒューバートは満足した。昔から、リズベスのそういった飲み込みの良さは好ましい。
「……では、その旨伝えておきますわ」
 必要なことを伝え終わると、リズベスはそう言ってするりと腕を離そうとする。それを軽く抑えて、ヒューバートは更に声を落として囁いた。
「そんなにすぐに離したら、不自然だろう?」
「……っ、で、でも」
「大丈夫、これ以上何もしない」
 ヒューバートは軽く笑うと、そのままゆっくりと歩を進める。リズベスも、なにやら口の中でもごもごと呟きながらも、それ以上の抵抗が無意味だと気がついたようで、大人しくついてくる。
 先ほどまで完璧に近い程のポーカーフェイスを見せていたくせに、仕事の話が終わった途端落ち着きのなくなった彼女に、悪戯心がむくむくと湧いてしまう。実際のところ、周囲には誰もいはしない。腕を組もうが離そうが、特に見咎められるようなこともない。
 そんな事に気付かないほど動揺しているリズベスが、ヒューバートの目にはたまらなく可愛らしく映る。
 赤く染まった頬も、上目遣いに睨んでくる青い瞳も、朝日に透ける金の髪も。
 この顔をもっと見たい。
 いつもの彼であれば、女性を困らせて喜ぶなど論外のはずだった。しかし、リズベスのこととなると、ヒューバートはいつもの自分を保つことが難しい。自分でも制御できないおかしな感情を呼び覚まされる。
 ちらりと隣で唇を尖らせるリズベスを見る。あのみずみずしい唇を、もう既に一度は味わった。そう思うと、心臓がどくりと跳ねる。身体が熱を持つのが止められない。
 許されるのなら、もう一度――いや、もっと。それが叶えば、どれだけ幸せなことだろう。
 ヒューバートは、心を落ち着けようと深呼吸した。
 こうして自分の心をかき乱すのは、リズベスだけだ。それこそ子供の時分から、彼女はあらゆる意味で目の離せない少女だった。

『――僕が断ったら、誰かに頼むの?』

 不意に蘇った記憶に、ヒューバートははっとした。それはいつのことだったか、確かに自分の口から発せられた問いだった。
 何故そんなことを訊いたのか、正確には思い出せない。この問いに、リズベスがなんと答えたのかも、やはり思い出せない。ただ、リズベスの今よりも丸い、綺麗な青い瞳が、自分をじっと見つめていたことだけは、記憶の底から浮かび上がってきた。
 この時、自分は一体なんと答えて欲しかったのだろう。ヒューバートは答えを求めるように、自分の腕に手を添え、大人しく隣を歩いているリズベスの方へ視線を走らせる。少し俯き加減になってしまった彼女の顔は、ふわりと揺れる金の髪に隠れてしまい、よく見えなかった。



 ♢

「へえ、本当に全然疲れないですね、これ!」
 ブライアンが感嘆の声を上げる。一番最初からずっとデータ計測に付き合ってきただけあって、初期の酷さをよく覚えている彼は、その違いに感動しきりのようだ。
「本当にすごいね、これ。実戦に組み入れられたら、効率が跳ねあがるだろうな」
 オルトンもうんうんと頷いている。アンソニーもその横で同意を示していた。全員、身体強化魔術を使用しての模擬戦直後だ。
 その感激ぶりにヒューバートは苦笑すると、リズベスの横に立って耳打ちした。
「今回の任務は、後はこの3人と、アーヴィンが出る。全員知った顔で、やりやすいだろうって」
「少数とは聞いてましたけど、本当に少ないんですね……」
 リズベスも小声で答える。何かを思案するその様子に、ヒューバートは首を傾げた。
「どうかした?」
「いえ、その……私、こういった任務には不慣れなので……ちょっと緊張してきちゃいました」
「あ、ああ……そうか……」
 そう言って笑顔を見せるリズベスだが、言われてみれば確かに少し表情が固い。魔術師団に所属しているとはいえ、リズベスは研究員だ。慣れていないのも当たり前で、ヒューバートは自分の気の利かなさを呪った。もう少し、言い方があっただろう。緊張を、和らげるような……。
 考えてみたものの、何を言えばいいのかヒューバートには思いつかない。ううん、と唸り声をあげたヒューバートを見て、リズベスはくすりと笑った。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ、ヒューバート様がついていてくださるんだもの」
 冗談めかした台詞に、ヒューバートは力強く頷いた。
「もちろん、リズのことは俺が必ず守るから。安心して任務に臨んでくれ」
 こちらは冗談ではなく真剣だ。だというのに、リズベスはとうとう吹き出してしまった。ヒューバートはため息をつくと、憮然としてリズベスの頬をつねってやった。
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