HERO

とまと

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外は寒くて、息は白くて、君の手は温かくて。
世界にそれだけだったら良かったのに。
始まりも、終わりもなく。君と俺だけの世界で終始してくれたなら、良かった。
白い息は空に消えて、温もりはもう思い出せない。君のいない冬は、一層寒く感じた。


寒さに弱いくせに、冬は好きだという君の冷えた手を取って、自らの上着のポケットに突っ込んだ。
すると君はいつもマフラーの隙間からふふっと嬉しそうに笑っていた。
待ち合わせする時、君の好きな飲み物を買って行くと君は一等喜んだ。
ほんの隙間にも、自分を考えてくれてるのが嬉しいと、高いものをもらうより日々の気持ちが嬉しいと、笑った。
思えば俺の目に映る君はよく笑っていた。
ご飯に誘えば嬉しそうに笑い、遊びに誘えば楽しそうに笑い、俺を見つめる君が可愛くて見返すと、恥ずかしいから見ないでとはにかんで笑った。
それなのに時々、なんで夜になると寂しくなるんだろうねと、海辺を散歩しながら呟いた君の瞳は、俺じゃなくて遠い遠い海の向こうを見ていた。

君はほとんど泣かなかった。
いや、正確に言うと、俺以外の理由では時々泣いていた。仕事で失敗した、友達と喧嘩したと、俺の前での涙は俺以外の理由だった。だから喧嘩をしても、俺が、酷いことを言ってしまった日も、顔を歪めて苦しそうに眉を寄せて、何も言わずに泣かないように君は耐えているようだった。俺はそんな君が静かに車から降りる姿をただ見送るしか出来なかった。
そんな君は今にも折れそうに、傷つくとすぐしゃがみ込むのに、最後はいつも一人で歩き出すような強さを持っていた。
俺は君を傷つけて悲しませるたびに、またやってしまった後悔と、傷ついてくれる君への優越感を感じていたと思う。
俺を否定しない君が、俺の心のどこかを支えていたし、そんな君をきっと愛していた。


君にすきだよ、と伝えるたび、君はなんとも形容し難い表情をする。泣くのを我慢するように眉間に力を入れて視線を逸らさないように俺を見る。そうして、深呼吸して「その好きが、私のほしいものと違ってもうれしい」と無理に笑顔を作った。
俺は君を喜ばせたくて、素直な気持ちを口にするけれど、君は予想に反していつも傷ついた顔をして笑うのだ。
側にいるのに、上手くいかないもどかしさをいつもお互い抱えていたように思う。

それでも他の人よりは君の事をよく知っていたと思う。
仕事を何より大事にしてる君。しっかりしてるけど、ほんとは甘えたいと思ってる君。
本当に言いたいことはいつも中々言えないのに、言いたいことを言ってると勘違いされてしまう君。
不器用な君が、俺の前で甘える度、心を何かが満たす。そっと触れるだけで、赤く染まる頬を他の誰かが触る日が来なければいいと、胸の内だけで密かに願った。

君の幸せを願うのに、君を手放せない俺が言った精一杯の言葉に、君は心底傷ついた顔をして見せた。
「俺のそばにいると君は、いつまでも幸せにならないと思う。」
サヨナラがはっきり言えない俺達は、何度このやりとりをしてきたんだろう。

俺は君のヒーローになりたくて、特別でいたくて。だけど、どこまで堕ちていっても、俺は君だけのヒーローにはなってあげられない現実を抱えていた。

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