異世界転移殺人事件 ~推理しない探偵は初めから犯人を知っている

寿 利真

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拠点

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「おや、こっちの部屋はかっこいい感じですねえ」

 マリオンの部屋を後にし、五日間の拠点となるアルフォンス君の部屋へと移動した。
 こちらの部屋は先程とは逆で、アルフォンス君にしか開けられない。僕も試してみたが、やはり扉は開かなかった。

 入ってみた部屋はシンプルで機能的なスタジオタイプで、ちょっとしたニューヨーカー気分になりそうだ。

「これならベッドももう一つ置けそうですね。クマ君、ここに僕の部屋のベッド、持ってきてもらえますか?」

 空いたスペースを指差して、僕の執事クマ君にお願いしてみた。

『かしこまりました』

 可愛い声で答え、その場所に瞬時にベッドが現れた。

「おお、素晴らしいですね。転移ができるならもしかしてとは思ってましたが、アポートも自在ですか。他には何ができるんでしょうねえ」

 拍手する僕の傍らで、アルフォンス君が唖然とする。

「ちょ、ちょっと待ってください。それは、ありなんですか……? アポートって……まさか他のテディ・ベアもみんな、それ、できるってことですか?」
「そうなんじゃないですか? 防御も完璧だし、クマ君はすごいんですよ」
「いや、それにしたって……」

 言葉を失ったように、突然部屋に現れたベッドをぽかんと眺める。

「なんですか、妙な期待でもしてましたか?」
「――いえ、さすがに、そこまでは……」

 と否定しつつも、微妙に歯切れが悪いのではないだろうか? 追及はしないでおいてやろう。

 どうせ彼のことだから、自分はあちらにあるソファーに行くとでも言い張るところだったに違いない。それでは快適な睡眠は得られないし、第一ベッドを譲り合うような無駄なラブコメ展開などいちいち面倒くさい。

 正直僕は同じベッドだって気にはしないが、アルフォンス君はそうではないだろうから、これは変に気を回される前に速やかにした僕なりの親切なのだ。
 クマ君のおかげで手っ取り早く解決できたのだから、素直に喜ぶべきだろう。寝不足は日常のパフォーマンスに悪影響を及ぼすからな。

 そんなアルフォンス君は感心というよりは、腑に落ちない顔をしていた。

「……それにしてもこのロボット、すごいですね。前回のロボットは、こんなことしてくれなかったんですけど。っていうか、テディ・ベアタイプはずっとスタート地点の玄関ホールにいて、まったく稼働してなかったと思います」
「言い換えれば、前回はマンツーマンでの見張りはなかったということですね」
「――今回は、見張りを付ける必要があるってことですか?」
「さあ、そこまでは……」

 眉間にしわを寄せるアルフォンス君にとぼけて見せるが、うっすらと理由の想像は付く。

 多分前回の場合、デフォルトのゲーム――つまり、ただのバトルロイヤルに落ち着いたから、特に見張り役も高性能のロボットも必要とされなかったせいではないだろうか? 場と武器だけ用意して、あとは勝手にやれというスタイルだから、放置でよかった。
 逆に言えば、今回のゲームでは、クマ君達に何らかの役割があると。他の家事ロボットでは補えない、生活の世話以外の何かが。

 まだまともに関わり始めて一時間ほどなのに、他のロボットと比べて、クマ君の優秀さは際立っている。この世界で見た、現在あるどんなロボットよりも。
 間違いなく、軍曹の中でも特別に手をかけられたお気に入りだと思う。僕にとってもお気に入りだが。

「あ、ベッドの位置、そっち移動して」

 アルフォンス君もその有用さは認めているのか、ベッドを設置中のクマ君に、率先して指示を出している。

「なるほど。君的にはこれでも安眠できない距離でしたか」

 僕は空いている場所を適当に指し示しただけだったのだが、新たな指示により、僕のベッドは部屋の一番端にまで運ばれた。

「同じ部屋にいる限り、安眠できる距離なんてないんですが……」

 ぼやきながらも一応節度は持つつもりのようで、そこは感心だ。

 そしてやっぱりクマ君が凄い。

「見慣れていないと、長年向こうの世界で培ってきた物理的な常識が崩壊しそうです」

 作業を感嘆のまなざしで見守る。
 物などとうてい掴めそうにない丸い手が、重いはずのベッドを軽々と持ち運ぶさまは、あれは実はハリボテなんじゃないかと錯覚しそうだ。

「いや、これ、どう考えても重力操作されてるでしょ? 明らかに自重より重い物体を、ありえないバランスで持ち上げて歩いてるんですけど」

 アルフォンス君が、驚きの表情で推測を口にする。

「なるほど。遺産の予測リストで、可能性には触れていましたが、本当にその技術もあったということですか」

 軍曹の遺産は目録がない。資産ならおおよその算出は可能だが、技術系の遺産の内容についての大半は、状況から「これはありそうだ」という可能性のものになる。
 その中で存在が確実視されている重要技術のトップが、『転移』と『完全防御』なわけだが、『重力操作』というのも実在するなら、それらに遜色なく並ぶだろう。

「クマ君、片手で僕を持ち上げられますか?」

 作業が終わったところでつい好奇心のままに尋ねてみたら、クマ君は「かしこまりました」と、立ったままの姿勢の僕を右の掌(?)に乗せ、軽々と持ち上げてくれた。前ならえの位置でピタリと停止する過程には、一切の重力が感じられない。まるで風船でも持ち上げているようだ。

「ちょっと、なにやってるんですかっ」
「おお、すごいですよ、アルフォンス君。僕は一切バランスを取っていないのに、足元だけ磁石に張り付いてるみたいです」
「分かりましたから、降りてください! なんでそう変なとこで子供っぽいんですかっ」

 中国雑技団気分ではしゃぐ僕を、アルフォンス君が慌ててフォローに駆け寄る。

「まったく、もう少し遊び心も持ったらどうですか。まだ若いのに。クマ君は優秀なので大丈夫です。ほら」

 安全に床に下ろしてもらう横で、アルフォンス君は「勘弁してくださいよ」と脱力していた。
 本当はもう少し遊んでみたかったのだが。
 あとでこっそり遊ぼうにも、もう機動城内で彼から離れる予定はないので、なかなか機会がなさそうだ。

「本当に何でもできて頼りになりますねえ。その上可愛くて癒されます」

 クマ君の頭をなでて褒めてやると、なんだか喜んでいるように見えるから不思議だ。いや、ここの屋敷のロボットはみんなAI規制法とは無縁な軍曹の特製品。その中でも特別優れたクマ君なら、本当に人間のような心があるのかもしれない。

 僕達は荷物の片付けをする傍らで、頼んだお茶を入れてくれている様子を観察するが、市販品だった自宅のクマ君より、的確な判断力も動きの複雑さもやはり段違いだ。

 一見ふわふわの丸い手の先には、実は光学迷彩をまとったロボットハンドエンドエフェクタが付いていて、どんな精密な作業も自由自在にこなす。単純作業以外の仕事も、人間より遥かに高い質でこなすのだから、もう本当に人間の出番がないくらいだ。
 ロボットマニピュレーターの指部分が、肉眼視できない状態で稼働しているわけだが、丸い手のクマ君が作業している姿はまるでメルヘンの世界の住人か、あるいはかのネコ型ロボットのようだ。
 テディ・ベアらしさ優先のためならば、そこまで面倒なシステムをわざわざ組み込んでしまう軍曹の凄まじいこだわりがうかがい知れる。

 機動城内に入って、資料では分からなかった部分をこうして改めて目の当たりにしてみると、今までのイメージとはまた違った軍曹の内面が垣間見えてくる気がする。
 本来の冷徹な軍人の他に、元の肉体であった少女の影が見え隠れしているような、奇妙な二面性とでもいうのか。男性と結婚している点でも、その部分はあるのだろう。

 彼の中では、一見対立しそうなそれらは、どのように成立――あるいは、両立していたのだろうか。

 そこは、多分僕にはない部分だ。

 誰の体であっても、僕は僕でしかない。
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