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乙女ゲームの世界であることに、誰も気づいていない

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 エリーザ・シュタイナー公爵令嬢である私の前世の記憶が戻ったのは、第一王子クリストフ・リンデンベルクとの初対面の瞬間。
 婚約の打診を受け、顔合わせを兼ねたお茶会の席でのことだった。

 前世での最愛の人が、そこにいた。

 ちょっと気が強くて我儘だけれど無邪気な十歳の女の子だった私の脳裏を、二十二歳まで生きたかつての人生が駆け抜ける。

 胸を震わすほどの感動を、この場で押し隠すことはできたかしら?
 どんなに愛しても、直接会うことの叶わなかったあなたが、今こうして目の前にいるなんて。実際のあなたは、想像していた以上の可愛らしさだったわ。
 一目会った瞬間から、金髪碧眼の可愛い王子様への愛がもう迸って止まらない。

 王妃は彼を産んですぐに亡くなったため、母親の愛情を知らない王子は、穏やかで礼儀正しいけれど、抑えた感情の中に寂しさが見え隠れてしている。
 大丈夫よ、亡くなったお母様と同じくらい私が愛してあげるから!

 彼の後ろには、クリストフをそのまま大きくしたような国王陛下ヴォルフガング・リンデンベルクが、息子と同じ青い目で私を見ている。

 そして、宰相のラウレンツ・カウフマン侯爵も傍に控えている。彼は、クリストフを産んで亡くなった王妃様の弟なので、宰相というより叔父としての同席でしょうね。

 ああ、こうしてはいられない。
 クリストフを幸せにするためならなんでもするわ。そして愛するあなたを手に入れるために、早速根回しを始めなければ。
 成人までのタイムリミットはあと七年。のんびりはしていられない。

 前世の記憶と知恵を頼りに、私は早速暗躍を始めた。

 そう、すべては愛するあなたのために。



     *     *     *     *



 将来のことを考えて、正式な婚約は学園卒業後ということにしてもらい、ひとまずは婚約者候補の位置に留めておいた。
 当然近くから、悪い虫を見定めるためよ!

 でも大人になるまでの間に、彼が本当に愛する人が現れて、その女性が彼の相手として相応しいと認めたなら、きちんと応援してあげるつもりだから。
 私は愛するクリストフに本当に幸せになってほしいの。

 前世の記憶のおかげで、王妃教育は問題なく進んでいるので、空いた時間はできるだけクリストフとすごすために使っている。私の一番幸せな時間よ。

 国王陛下も激務の合間を縫って、しばしば顔を出しに来てくださる。
 お母様がなくなったことで寂しがっているけれど、こんなに愛されているクリストフはとても幸せ者だわ。
 息子は私がしっかり見守っていますから、そんなに心配そうな顔はなさらないで、という意志を込めてにっこりと見返すと、陛下の顔には何とも微妙な苦笑が浮かぶ。

 時には、クリストフの叔父である宰相が同席することもある。
 私に任せていて、とばかりの自信に満ちた決め顔を見せれば、返ってくるのはやはりどこか渋い表情。

 完璧な令嬢の鑑のような振る舞いに徹しているはずだけれど、どこかおかしいところはある? 中身が大人な分、やはり言動は不自然なものになってしまっているかもしれないわ。
 十歳の少女の頃って、どうだったかしら。自分ではよく分からない。まあ完璧である分には、誰からも文句はないでしょう。

 ただ、婚約者候補者にすぎない身としては、少々差し出がましく見えるところはあるのかもしれないわ。少しだけ抑えましょうか。あくまでも少しだけ。
 素晴らしい時にはこれでもかと褒めて、駄目な時には駄目だとしっかり諫めるの。
 だって私は、クリストフには立派な王太子になってほしいもの。クリストフの幸せのためなら、少しくらいお節介や変わり者と思われても一向にかまわないわ。
 でも、大人が子供を導くスタンスになってしまうのは仕方がないのよね。実際に私の精神は大人なのだし、子供が危なっかしいことをしたら見て見ぬふりなどできないもの。

 おかげで同い年の婚約者候補というより、姉弟のような関係性になっていったけれど、信頼はしっかり築けていると思うわ。



     *     *     *     *



 そんな関係性に変化が訪れたのは、十五歳を迎え、学園へと揃って入学してから。

 とうとう、彼の心を奪う少女が現れてしまった。
 エミーリア・ヒュフナー伯爵令嬢。
 珍しい桃色の髪に若草色の瞳。家庭の事情で、市井で育っていたせいで、貴族としては少々型破りな言動が目立つけれど、とても前向きで可愛らしい少女。

 ああ、クリストフの心が彼女に惹かれていく過程を一年間、一番傍でみていたけれど、とても切ないものがあるわね。彼の幸せそうな顔を、悔しく感じる日が来るなんて。

 私も美しいとは言われるけれど、あまり可愛らしいとは言われないの。
 すべてにおいて完璧な王妃の振る舞いを目指しているし、実際にそうなっている自負はあるけれど、可愛らしいという評価には、十六歳の女の子としてはひそかな憧れがあるわ。似合わないからやらないけれどね。

 それにしても、クリストフも反抗期に突入してしまったのかしら。
 最近は私から距離を置き、側近候補の男の子達やエミーリアとの時間を大切にするようになってしまった。
 すっかり思春期真っ盛りなのね。
 成長過程には必要なことなんでしょうけど、やはり少し寂しいわね。

 それにしてもエミーリアの言動や立ち居振る舞いには、目に余るものがあるわね。
 悪気はないようだけど、貴族の思考やマナーが身に付いていないから、学園の生徒達からはとても非常識な目で見られている。
 クリストフ、彼女の育ちを考慮して甘やかしている場合じゃないわ。
 卒業するまでもう二年しかないのよ。学び始めが極端に遅いのだから、今死に物狂いで頑張らないで、今後貴族社会でまともにやっていけると思っているのかしら。考えが甘すぎるわ。

 そう思った私は、エミーリアにビシバシと完璧な貴族令嬢として徹底的に差を見せつけてあげたの。
 私とあなたでは全ての格が違うのよ。どこに出ても恥ずかしくない高位貴族のマナーを身に着けない限り、私のクリストフの隣に立てると思わないでほしいわね。
 成長しない限り、徹底的に邪魔してやるわ! それはもう絵に描いたような鬼姑を演じてあげるわ!

 廊下で歩く足音が大きかっただけでもはしたないと注意したし、少しでも下々の言葉遣いが出たら嫌味混じりに笑ってやったわ。こういうのは常に気を付けていなければ、ずっと治らないままだもの。
 気になる点が目に留まるたびに、逐一その場で指摘し続けた。

 こんな弁えない少女を侍らせているというだけで、クリストフの評価まで下がってしまうじゃない。
 ちょっと意地悪になってしまうのは、仕方ないわよね。愛するクリストフを取られかけているのだから。

 でもそのせいで、クリストフや側近候補の子達に煙たがられるようになってしまった。

 悲しいけれど、今は我慢して頑張って続けましょう。いつかその意味を理解して、感謝してくれる日が来れば、私はそれで充分報われるもの。

 ただ、私の目の届かないところで、問題も起こり始めていた。
 
 教育という愛の鞭の私の行動をいじめと解釈した他の令嬢達が、尻馬に乗って、妬みから陰でエミーリアへの嫌がらせをしているみたい。

 そうじゃないのよ。叱責と罵倒は違うのよ。
 私は、非常識な行為には遠慮なく口を出すけれど、生まれや育ちについて難癖をつけたことはないわ。それは彼女の落ち度ではない。一緒にしないでちょうだい。

 これは、なんとかする必要があるわね。

 と思案していたところで、更なる不穏な情報が届けられた。

 その嫌がらせの主犯として、なんとこの私を吊るし上げる計画を、クリストフと側近達が企んでいるというの。
 ああ、なんて情けないのかしら。これは少年達にもしっかりとした指導が必要ね。

 ところで、こういった情報がなぜ私に入ってくるか、ということだけれど、実は秘密の情報網があるからよ。

 前世の記憶を取り戻した直後から始めた根回し。
 それによって、私は現在、宰相のラウレンツを手駒の一つとして握っているの。
 そこは、前世の知識様様ね。いろいろと、彼の秘密を知っているのよ。

 おかげで彼の配下の人材を貸し出してもらっているの。監視に工作にと、とっても役に立ってもらっているわ。

 彼らが詳細に調べた情報によると、なんと人目のある学園の創立パーティーの席で、私を糾弾する計画になっているそう。

 呆れ果てて、もはや言葉もないわ。
 ただ救いだったのは、馬鹿な真似を強行しようとする男子達の暴走を、エミーリアは必死で説得して止めようと努力しているということ。マナーはまだまだでも、心根が善良なのは高評価ね。

 ただし愚かな計画は、芽の内に速やかに摘みましょう。

 ということで、王宮で男子達だけの悪巧みの席に、ラウレンツ宰相を伴って堂々と乗り込んだの。

 虚を突かれて慌てふためいている様は、ちょっと愉快だったわ。できる男ぶっていても、所詮はみんな社会経験もない頭でっかちのお子様よ!

 本当にその行動は思い通りの結果を導けるのか? 正当性はどこにあるのか。はたして他者に認められるものなのか。周りにどんな影響が起こるか、よく考えた上でのことか。
 いずれ王子を支える側近として、一緒に暴走していいのか。その地位はただの飾りか。追従するだけの愚か者なら、君達でなければならない必要もない。

 宰相から、容赦ない叱責がこれでもかと続き、クリストフ達は返す言葉もなく項垂れる。

 これって、虎の威を借る狐というのかしら。
 でも、宰相の厳しいお説教は、普段私が言っている内容とほとんど同じだったのよ。同い年の女の子と、叔父でもある現役の宰相では、同じ言葉を言ってもやはり重みが違うのね。ちょっと悔しいけど、おかげで少年達の耳にも、少しは届いてくれたみたいね。
 涙目で睨んだって、少しも怖くないわよ、ボウヤ達!
 
 でも、自分達の軽率な計画の愚かさに気が付いて反省してくれたから、お仕置きは彼らの両親への告げ口だけで許してあげましょう。私は寛大なのよ。
 せいぜい若気の至りをたっぷり叱られなさいな。取り返しがつかなくなる前でよかったわね。

 けれど、クリストフの目には、反省と同時に、強い意志の光が見て取れたの。

 ああ、ついに心を決めてしまったのね。姑息な手段ではなく、正々堂々。それでいいわ。
 ずっと見ていたから、私にはよく分かるのよ。姉のような存在だった私に対する、反抗期の反発ではなく、一人の男としての決意ね。

 いいわ。その場を設けてあげましょう。男を見せなさい、クリストフ。


     *     *     *     *


 こうして私への糾弾の会の代わりに、話し合いの席が王城で設けられたのは、私の成人となる十七歳の誕生日の翌日だった。

 国王陛下にクリストフ王子、私と両親であるシュタイナー公爵夫妻、エミーリアとその父親のヒュフナ―伯爵。

 関係者だけを集めた席で、クリストフはエミーリアへの強い想いと覚悟を語り、エミーリアもそれに応えた。

 実際に私の厳しい指導により、エミーリアも入学したころとは比べ物にならないほど目覚ましい成長を遂げている。
 まだまだだけれど、クリストフの隣に立つために更なる努力を続けると宣言したエミーリアの言葉を私は信じるわ。
 私は彼女のこれまでの忍耐と努力も、ずっと見てきたから。

 もちろん私は祝福したわ。だって私の幸せは、クリストフが幸せになることだもの。

 婚約者候補だった私の正式な辞退と後押しもあり、二人の関係はまだ仮ながら認められることになった。
 それが正式になるかどうかは、今後の彼らの絶え間ない努力と行動次第ね。

 入学して以来反抗的だったクリストフが、久しぶりに私に対して信頼する姉に対するように、照れくさそうな視線を向けてきたのがとても感慨深い。ちょっと泣きそうよ。

 本来はなかったはずの二人の未来への可能性――それが今繋がったのは私のおかげだと、気が付いてくれたのね。

 出会った頃は私のことをただ恐れ萎縮していたエミーリアも、今では厳しくも頼れる師に対するような敬意をもっているのが分かるわ。
 私から学んだ凛とした振る舞いを、ぎこちないながらも一生懸命見せてくれているもの。

 ああ、私は、それで十分報われた想いよ。

「では、人のことは少し置いておいて、これから私の幸せを追いかけましょうか」

 大団円の空気の中、私の視線は幸せそうに見つめ合う二人から逸れ、国王陛下へと向く。

「お待たせ、ヴォルフガング。昨日、やっと成人したわ」

 生まれる前からの最愛の人へ、嫣然と微笑んだ。

「ああ、本当に待ちわびたよ、マグダレーナ」

 ヴォルフガングも、普段の落ち着いた物腰を忘れたように、心の底からの喜びを全身で表して答えてくれた。

 嬉しいけれど、一つ問題点を指摘しなければね。

「あら、愛する女性の名前を呼び間違えるなんて最低よ。まして前妻の名前だなんて」
「そうだったな。すまない、エリーザ。だが名前など関係なく、私が愛するのは君だけだ」
「私もよ!」

 どちらからともなく足早に駆け寄り、私達は抱きしめ合った。

 突然繰り広げられた父親と元婚約者候補の熱い抱擁に、クリストフが唖然と目を見開いている。
 ごめんなさいね。今取り込み中だから、あなたをかまっている暇はないの。

 前世では出産間もなく力尽きてしまって、抱いてあげることもできなかったけれど、凛々しい顔も間抜けな顔も、やっぱり私の息子は可愛いわね!
 でも今は最愛の人と向き合う大人の時間なのよ!

 私の現在の両親であるシュタイナー夫妻が、「これっ、未婚の娘がはしたない!」と焦ったように嗜め、私の前世の弟であるラウレンツ宰相が、やれやれと溜め息を吐く。

 でも、やっと愛する人と触れ合えるようになったのよ。
 人目なんて気にしてる場合じゃないわ。

 

     *     *     *     * 

 
 
  記憶が戻った十歳のあの日、私はすぐに前世の弟である宰相と、最愛の夫であるヴォルフガングに手紙を書いた。

 ヴォルフガングが幸せそうだったなら、きっと私も諦めて新しい人生を受け入れていたわ。
 でも彼は、私の死後、頑なに後添えを娶ることを拒否し続けていた。

 だから思い切って、大人になるまで待っていてと、前世と同じ筆跡で事情を伝えてお願いしたの。
 ヴォルフガングは、すぐに私だと分かって、喜んでくれたわ。

 そしてそのための根回しは、宰相となった元弟にお願いしておいた。前世から私の命令には弱かったけど、相変わらずね。

 どうして二人が手紙だけで、私がマグダレーナだとすぐ信じてくれたかといえば、それはもう、妻や姉でしか知り得ないような恥ずかしいあれやこれやを詳細に書き添えてあげたからよ。二人きりの秘密とかね。

 すぐに返って来た二通のお手紙の追伸にはそれぞれ、頼むからもうやめてくれと、言葉を尽くして書き記されていた。本題より長かったくらいよ。
 信じてくれるまで、思い出せる限りの愉快な思い出話を書き続けると予告したのが効いたみたい。

 ヴォルフガングには、「すぐに証拠隠滅したいのに、君からの手紙だから処分できない」と、何度目かのお手紙のお返事で愚痴られたわ。
 この七年間でやり取りした私からの秘密のお手紙は、全部大切に保管してあるそうよ。王様になっても、相変わらず可愛いわ。

 クリストフの正式な婚約者にならずに先延ばしにしていたのは、いつか再びヴォルフガングの元へ嫁ぐためよ。王が息子の婚約者を奪ったなんて非難されたらたまらないもの。かと言って早くからヴォルフガングとの話をまとめ過ぎて、幼女趣味と思われても可哀そうだしね。

 身分も政治情勢も愛情も何の障害もないのに、成人するまで待つのは本当にもどかしかったわ。
 お見合いを兼ねたお茶会での出会いから、しばらくして、王子ではなく国王への輿入れに予定変更の申し入れを内々に打診された今の両親は、顎が外れそうなほど驚いていた。
 私が前王妃のマグダレーナの生まれ変わりだと打ち明けたら、少なくない困惑のあとで彼らも納得してくれたけれど。
 公爵家からしたら、王家に嫁ぐなら父親でも息子でも構わないと、むしろ学園卒業後の婚姻内定に、喜んでくれたくらいよ。

 正直、無垢の子供のままこの人達に育てられていたら、私はどんな風に成長していたのかしらと不安になったけれど、来なかった未来を考えても仕方ないわね。
 両親の望み通り、王に嫁ぐのだし、みんな幸せならそれでいいでしょう。

 幸い息子は自分で素敵な女の子を選んでくれたし、これで肩の荷も下りて心置きなく愛する人の元へと行けるわ。
 お妃教育も完璧だし、即戦力よ!

「ちょ、ちょっと、待ってください! 父上!? エリーザ!? いったい、どういうことですか!?」

 クリストフが、混乱して叫ぶ。あらあら、どんな時も冷静にと言っているでしょう。困った子ね。

「今日、私と陛下は正式な婚約成立と相成ったのよ。これからはお母様と呼んでね、クリストフ」
「――はあっ!?」

 ヴォルフガングとイチャイチャしたまま、顔だけ向けて宣言する。
 唖然とする息子と、驚きつつも満面の笑みで祝福してくれている未来の嫁が実に対照的ね。

 今までは、クリストフとのお茶会に父として挨拶に来てくれる彼とは、こっそり見つめ合うことしかできなかった。
 やっとこうして、晴れて堂々と触れ合えるようになって幸せよ!

 彼ったら、息子に私を取られないか心配だったみたいなの。
 きちんと恋愛感情は持たれないように振る舞っているって言ってるのに、気になってしょっちゅう邪魔しに来るんだから。本当に可愛いわね。

 でも私も、クリストフとのお茶会が一番の楽しみだったわ。言葉は多く交わせなかったけれど、あなたとプライベートで少しでも近くにいられる、唯一の機会だったから。

 クリストフも、叔父であるラウレンツに耳打ちをされて、ようやく事態を飲み込めたようね。
 「はあ!?」なんて叫んでいる。
 私達は取り込み中だから、もう少しお守をお願いね、ラウレンツ。
 
 夫婦としての第一声は、決めていたの。ずっとあなたに伝えたかった感謝の気持ちを、やっと言葉にできるわ。
 
「ちゃんとクリストフと名付けてくれたのね。ありがとう」
「もちろん。王子だったらクリストフ。王女だったらアレクサンドラ。君との約束を破るわけがないだろう?」

 息子の前でも構わず私を抱きしめながら、婚約者になった元夫が当然のように笑う。
 私も最高の笑みを返した。

「待たせてしまったわね。やっと成人したわ」
「ああ、こうして再び君を妻に迎えられるなんて。君を失って、もう誰かを愛することなどないと思っていたのに」
「ふふふ。40になったあなたも素敵ね」
「君はこんなに若返ってしまって。成長するまで待つのは、楽しみだけど辛かったよ」
「今度は、私があなたの最期を看取ってあげるわ」
「ああ、約束してくれ。もう二度と君に置いて行かれるのはごめんだ」
「心配しないで。今の私は健康だし、それなりに鍛えてもいるのよ。次はアレクサンドラを産んであげるわ」
「それは楽しみだね」

 ――そういうのは後でやってください……終わる気配のない私達の抱擁に、背後で息子のぼやきが聞こえたけれど、気を付けなさい。馬に蹴られてしまうわよ!

「まったく、生まれ変わっても姉上は人使いが荒い」

 今度はウォルフガングの後ろから愚痴が聞こえる。
 弟が年上になってしまっていて、なんだか変な感じね。ラウレンツの息子である甥っ子なんて私と同い年で、クリストフの側近候補なの。例の雷を食らったおバカさんの一人。

「ふふふ。子供の頃のあなたが書いた恥ずかしい秘密のポエムの内容まで言い当てたら、私だと信じるしかなかったでしょう?」
「おまけに性格の悪さも変わってません」

 再び深い溜め息を吐く。
 私の前では憎まれ口をきくけど、今の私からの初めての手紙を受け取った翌日、目が赤かったことは、あとでセバスチャンから聞いてるのよ。相変わらず素直じゃないんだから。

 そうして、思う存分に本当の意味での再会の時間を堪能してから、改めてエミーリアに向き直った。

「そういうわけで、これからもビシバシしごくから覚悟しなさい、エミーリア。可愛い息子を奪う嫁に、母親は手厳しいものなのよ」

 何とも言えない渋い表情の息子の横で、エミーリアが条件反射のようにビシッと背筋を伸ばす。

「はっ、はいぃ~~!」
「返事は品よく」
「はい」
「よろしい」

 ひと仕事がようやく終わり、肩の荷を下ろした私は嫣然と微笑んだ。

「これからも末永い付き合いになるわ。よろしくね」
 

 
   ――――乙女ゲームの世界であることに、誰も気づいていない【完】

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みんなの感想(2件)

まりあ
2023.09.17 まりあ

最後まで読んでタイトルを見て…
クスッと笑ってしまいました。
ありがとうございます。
こちらで出されてるのを見てホッとしました。

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シーズー
2023.05.17 シーズー

わぉー😄
寿先生 アルファポリスに降臨 ありがとうございます😭
新作 読めるなんて感激です✨
面白かったです~😄😄

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