【中長編BL┊︎連載中】恋とは呼べない関係 ~Fineを迎えるその日まで~

三葉秋

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 終電間際のターミナル駅は、みな足早に我先にと進む人たちの波でごった返していた。
 最終電車まではまだあと数本を控えているが、今から発車する電車が彼らの終電なのだろうか、全力疾走でホームへと向かう姿もちらほらと見受けられる。
 構内では終着駅への最終列車だと告げるアナウンスが流れている。
 そんな人たちとは相容れず、ゆったりとした歩調で歩く俺たちは少しだけ浮いていたのかもしれない。
 次発の電車を選び、俺たちは悠々と車両に乗り込んだ。がらんとした車内の座席に腰を下ろし、互いに一息つく。
「あの店うまかったな」
「ああ、特に出汁巻きが最高だった」
 先ほどまで力也と飲んでいた居酒屋は、前々から久が調べていた店だった。いつか行ってみたいと思っていたが大学の最寄りではないため、なかなか行く機会がなかった。たまたま今日は大学からではないしと、せっかくだからこのタイミングで行ってみようということになったのだ。
 グルメサイトの評価もそれなりに高く、平日だからといって流石に混んでいるのではと想定していたが、演奏会の終わりで向かったため店に着いたのは22時頃だった。丁度先客たちが帰るところで入れ違いに入店することができた。
「久ははなが利くよな。いつもうまいもん見つけてくれる」
「犬みたいに言うなし」
 久は力也の太ももを軽く小突いた。
「痛っ」
「こんなの痛いに入らないだろうが」
 笑いながら互いに小突き合った。
 傍から見れば、じゃれ合っているように見えたに違いない。
 酔っ払いとは実に恐ろしい生き物だ。四十しじゅうにもなって公共の場で堂々とじゃれあえるのだから。
 そんなことをしていたら、いつの間にか電車は走り出していた。
 先に降りるのは力也で、始発の駅から3駅。久の家はそれよりも数駅奥にある。
 電車が動き出すと自然とじゃれ合いも終わり、力也はポケットからおもむろにスマートフォンを取り出し画面に何かを打ち始めた。
 誰かに送るメッセージでも打っているのだろう。こういうものは見てはいけないと相場が決まっている。
 久は視線を適当な場所にずらした。
 と思った矢先、力也が久のことを肘で突いて来た。力也の方を向くとスマートフォンの画面を見るよう促される。
『うち来ないか?』
 誘いか……。力也から誘ってくるなんて、珍しいこともある。再会してからというもの、一度も力也から誘ってきたことなどなかったのに。
 久もスマートフォンを取り出し返答を打ち込む。素直に「いいよ」と打ち込むのではなんとなく面白くない。ちょっとばかし、からかい半分で返答を打った。
『なに、たまってんの?』
 一拍置いてから、「そうかも」と横からささやくような小さな声がした。力也を見ると、酒で少しだけ潤んだ瞳がこちらを横目で覗き込んでいた。
 その表情はなんとも可愛げがあるといえばある! でも、こんなでかい図体でそんなことをされてもなと、久はツッコミたくもなる。が、……これも酒のせいだと言ってしまえば、それまでなのかもしれない。
 あと一つ、本番後はムラムラする。それは演奏家としてわからなくもない現象だ。
 今日のプログラムは、あの壮大なトランペットソロだ。力也はそりゃ、全力でやり切ったに違いない。人間、エネルギーを出し続けると、切り方を忘れる。それはアドレナリンのバグりみたいなもので。そこにアルコールが入った今では、きっと気持ちも相当に昂っているのだろうな。と、久は思う。
 電車の扉が閉まった。
 気づけば、もう次が力也の降りる駅だった。
 数分もしないうちに電車は減速し、ほどなくして到着のアナウンスが車内に流れ始める。
「降りよ」
 力也が先に席を立つ。
 結局、承諾の意を伝えないままだったが、つられて久も腰を上げた。
 駅を出てから夜の閑散とした商店街を進み、一本路地を入ったところに力也の家はある。そこは既に住宅街の一角で、駅から徒歩10分程でたどり着く先にしてはかなり落ち着いた立地だった。
 力也の家までの道すがら、コンビニで缶ビールと軽いつまみを買った。まだ飲むのかと正直思ったが、風呂上がりに飲むつもりらしい。
 たわいもない会話をしながら路地を曲がり、夜の住宅街を進んで行く。目視でアパートの外階段が見えてきた。もうすぐ力也の家だ。
 すると家の前に誰かいるのが見えた。だんだんと近づくにつれ、それは女性だとわかる。
 白い薄手のトレンチコートにストレートのロングヘア。いかにも清楚といった印象で、こんな夜更けに一人でいるなんてとても危ないじゃないか。久はそう思った。
 向こうも俺たちに気が付いたようで、きっと警戒されるだろうな。こんな夜更けに、男二人になど出くわしなくないよな。できるだけ目を合わせないようにしようと、視線を外そうとしたその時、……ん!?  今一瞬、女性と目が合ったような。でも……、……そらされた?
「力也っ」
 女性は力也の名前を呼んだ。
 それを聞いた途端、俺の背筋にスッと悪寒が走る。嫌悪とは違う、その奇妙な感覚に全身が身震いした。
 さっきのは目が合ったんじゃなくて……、力也を見ていたのか……。
「美佳! 明日って言ってただろう」
「さっき、連絡したわよ。明日が都合悪くなったから今日でもいいかって。連絡が来ないから迷ったんだけど、この時間なら帰ってるだろうと思って。でも力也いないし、少し待ってれば来るかもと思ったとこだったの、丁度よかったわ」
 美佳と呼ばれた女性の話す声が、鼓膜の奥で湾曲している。聞こえてくるものを全て遮断しようと、身体が勝手にバリアを張るみたいに、徐々に強ばっていく。
 なんだ、これ。てか、普通に考えてこの女性は……力也の彼女……、だよな。
 俺って、ここにいてもいいのだろうか。
 不意にそんなことを考えた。
 ここにいたら俺は力也になんて紹介されるんだ? 普通なら……、大学の時の同級生。大学の同僚。………あと、……。俺と力也を結びつける肩書きなんてそのくらいのものしかないことにいまさらながらに気付く。
「日を改めてくれ、今日は無理だ」
「ねぁ。それより、その方だれ、力也の友達?」
 そこからの俺の行動は早かった。
「俺、明日早いんだった。忘れてた……帰るわ」
「え、久。待てって! おい!」
 待てという力也の声を振り切り、来た道を倍速のスピードで歩いた。
 力也がどんな顔でこっちを見てたかは分からない。
 久も力也を見たくなかったし、でも何より、……今の久の顔を見られたくなかった。だから振り返らず、懸命に歩いた。
 やっと路地を抜け、商店街に入ったところで足が止まった。
 久は夜の空を見上げ、頬になにか落ちてくるのを感じる。
「雨、だ……」
 都会の夜空でも、月明かりを失えば寂しく暗い。そんな状況が今の久の心の中を表しているようで、一気に喪失感を食らった。
 俺は力也に、何を求めていたんだろうな……。
「あぁ……、っ……」
 ふとよぎる力也への思いを、久は瞬時に消し去った。
 いつしか、天から滴る雨粒には生温かな雫が混じっていた。
 今ならまだ引き返せる。
 止めていた歩を進め、久は目許を拭いながら最終電車を目指して駅へと向かった。
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