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第一章 初陣
三
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初夏、五月に入ったある日だった。
平井定武の娘が郷に返されたことによって、浅井の逆心を知った六角義賢は、浅井方の佐和山城に伴中務少輔を派遣した。佐和山城を護る浅井方の城将は、百々内蔵助盛実だ。盛実の活躍もあり、浅井方は伴中務が率いる六角勢を追い返すことが出来た。
佐和山城の合戦から暫く経ったある日、賢政は腹心の部下ともいえる遠藤直経を、小谷城下の清水谷の館に呼び寄せた。
「六角に尻尾を振る国人どもを切り崩せ」
低い声で言うと、賢政は唇の端に薄い笑いを浮かべた。
直経も薄笑いを浮かべ、
「承知仕った」
と述べると、一礼した。
「まずは手始めに、肥田城の高野瀬備前辺りから切り崩せ」
「肥田の高野瀬でござるか?」
直経は上目遣いで賢政を見詰めた。
すると賢政は、にやりと笑って頷いてみせたのだ。
「流石は若殿、目のつけどころが違う」
直経は感心したような口調で言う。
肥田城主高野備前守秀隆は、主君六角義賢に対しかなりの不満を抱いていた。先の戦で武功を立てた父が討死したにも拘らず、何の恩賞もなかったからだ。
「戯言を申すでない、喜右衛門」
「戯言ではござらん。誉め言葉でござる」
「ふん」
賢政は鼻を鳴らした。そして、地図を板敷の上に広げた。扇子を出して、肥田城を指した。
「六角が居城観音寺城までは凡そ二里(約七・八キロ)もない。目と鼻の先だ。喉元に刃を突き付けられ、左京大夫入道承禎(義賢)め、血相を変えて出て来るであろう。そこを叩く」
「若殿、上手くいきますかな?」
「彼奴めの気性なら、離反した輩を見過ごすことなど出来ぬ筈」
「……確かに」
直経は小さく頷いた。
「早急に手を打ちます」
「うん。宜しく頼むぞ」
「心得ておりまする。万事お任せあれ」
直経は満面に笑みを浮かべた。
間もなくして、賢政の計画した通り、肥田城の高野瀬秀隆が六角方から浅井方に寝返った。
肥田城は、北国街道に面した要所だった。ここを奪われると、六角氏は江北へ通じる街道を封じ込められることになる。
六角承禎は、家督を譲った嫡男右衛門督四郎義弼を伴い、肥田城へ向けて観音寺城を出兵した。その数優に一万を超えていた。
六角勢が目指す肥田城は、辺りを田畑に囲まれた平城だった。そこで承禎はある戦法を思い付いた。間もなく梅雨の時期が訪れる。肥田城の周囲に堤を築き、水攻めを行ったのだ。肥田城は、浮き城と化した。
城主高野瀬秀隆は、浅井に後詰め(援軍)を要請した。しかし、それには及ぶことなく肥田城の合戦は終わった。
九月十九日、肥田城の周囲を取り囲んでいた堤の一部が決壊してしまい、承禎が考案した水攻めは失敗に終わったのだ。
その間、賢政は直経らに命じ、六角と国境を接する江州の国人を次々と調略していった。
永禄三年(一五六〇)。
賢政は離縁した平井の娘の代わりに、八重という名の女性を側室に迎えた。
五月十二日。
その日、駿河、遠江、三河の三国の太守今川治部大輔義元が、二万五千の兵を率いて駿府を発った。後日、その一報が、江北小谷城の賢政の許にも届いた。
「喜右衛門、その方の配下の細作(忍者)を尾張に放て」
「尾張に、でござるか……?」
直経は怪訝気味に小首を傾げる。
「尾張の大うつけ殿が、今川治部殿相手に如何様に戦うか、確りと見て参れ」
「分かり申した」
直経はこくりと頷いた。
十日後。
清水谷の浅井屋敷の寝所で、賢政が側室八重と身体を重ね情事に耽っていると、別室で控える宿直の咳払いが耳に届いた。薄い肌襦袢だけのあられもない姿となった、八重の小ぶりな乳房を揉みしだきながら、賢政は深淵に染まる襖障子に目を向けた。
この夜の宿直は、元京極家被官の安養寺三郎左衛門氏秀の倅三郎左衛門氏種だった。
「若殿……」
と氏種は声を押し殺し、襖障子越しに呼び掛けた。
「夜中に何用じゃ?」
賢政は無粋者に声を掛ける。
「去る十九日、今川治部殿、尾張国田楽桶狭間にてご生涯遊ばれたようで……」
「何っ!」
八重の乳房を揉む賢政の手が止まった。賢政に愛撫される八重も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。
「……いま一度申せ」
「去る十九日、今川治部殿、尾張国田楽桶狭間にてご生涯遊ばれたとの報せが、先刻、遠藤喜右衛門殿の使いの者から某の許に届きました」
「今川殿が討死……織田方が勝利したと申すのか……?」
俄かには信じられず、賢政は我が耳を疑った。
愛妾の顔を見詰める。すると八重は頷き、はだけた胸元を直した。賢政は湯帷子に袖を通し、立ち上がった。
「構わぬ、入れ」
「ご無礼仕る」
襖障子が開いた。暗闇の中、人影が動く。
「子細を申せ」
「ははっ」
氏種は一礼すると、桶狭間の合戦の経緯を説明した。
「十九日未明、尾張清須城を発った織田上総介殿は、雷鳴が轟き驟雨が降りしきる最中、田楽桶狭間山の今川方本陣を襲撃、治部大輔義元殿の首級を上げたとのこと」
「何と凄まじき……」
賢政は、織田信長という男の戦いぶりを耳にして、全身の血が沸騰するかのような感覚になり、身体が熱くなるのを自覚した。
「尾張の大うつけとの噂は、某も耳にしておりましたが、まさか今川殿を討ち取るとは思いもよりませなんだ」
氏種は感心したように何度も首を縦に振った。
「三郎左衛門、このあと織田がどう動くか探れ、と喜右衛門申し伝えよ」
「仰せの儀承知仕った」
「よし、下がれ」
「ははっ」
氏種は深々と恭しく一礼すると、退室した。
宿直が去ったあとも、賢政の興奮は冷めず、気持ちが高まったままだった。結局、この夜は一睡も出来ず朝を迎えることになった。
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「六角に尻尾を振る国人どもを切り崩せ」
低い声で言うと、賢政は唇の端に薄い笑いを浮かべた。
直経も薄笑いを浮かべ、
「承知仕った」
と述べると、一礼した。
「まずは手始めに、肥田城の高野瀬備前辺りから切り崩せ」
「肥田の高野瀬でござるか?」
直経は上目遣いで賢政を見詰めた。
すると賢政は、にやりと笑って頷いてみせたのだ。
「流石は若殿、目のつけどころが違う」
直経は感心したような口調で言う。
肥田城主高野備前守秀隆は、主君六角義賢に対しかなりの不満を抱いていた。先の戦で武功を立てた父が討死したにも拘らず、何の恩賞もなかったからだ。
「戯言を申すでない、喜右衛門」
「戯言ではござらん。誉め言葉でござる」
「ふん」
賢政は鼻を鳴らした。そして、地図を板敷の上に広げた。扇子を出して、肥田城を指した。
「六角が居城観音寺城までは凡そ二里(約七・八キロ)もない。目と鼻の先だ。喉元に刃を突き付けられ、左京大夫入道承禎(義賢)め、血相を変えて出て来るであろう。そこを叩く」
「若殿、上手くいきますかな?」
「彼奴めの気性なら、離反した輩を見過ごすことなど出来ぬ筈」
「……確かに」
直経は小さく頷いた。
「早急に手を打ちます」
「うん。宜しく頼むぞ」
「心得ておりまする。万事お任せあれ」
直経は満面に笑みを浮かべた。
間もなくして、賢政の計画した通り、肥田城の高野瀬秀隆が六角方から浅井方に寝返った。
肥田城は、北国街道に面した要所だった。ここを奪われると、六角氏は江北へ通じる街道を封じ込められることになる。
六角承禎は、家督を譲った嫡男右衛門督四郎義弼を伴い、肥田城へ向けて観音寺城を出兵した。その数優に一万を超えていた。
六角勢が目指す肥田城は、辺りを田畑に囲まれた平城だった。そこで承禎はある戦法を思い付いた。間もなく梅雨の時期が訪れる。肥田城の周囲に堤を築き、水攻めを行ったのだ。肥田城は、浮き城と化した。
城主高野瀬秀隆は、浅井に後詰め(援軍)を要請した。しかし、それには及ぶことなく肥田城の合戦は終わった。
九月十九日、肥田城の周囲を取り囲んでいた堤の一部が決壊してしまい、承禎が考案した水攻めは失敗に終わったのだ。
その間、賢政は直経らに命じ、六角と国境を接する江州の国人を次々と調略していった。
永禄三年(一五六〇)。
賢政は離縁した平井の娘の代わりに、八重という名の女性を側室に迎えた。
五月十二日。
その日、駿河、遠江、三河の三国の太守今川治部大輔義元が、二万五千の兵を率いて駿府を発った。後日、その一報が、江北小谷城の賢政の許にも届いた。
「喜右衛門、その方の配下の細作(忍者)を尾張に放て」
「尾張に、でござるか……?」
直経は怪訝気味に小首を傾げる。
「尾張の大うつけ殿が、今川治部殿相手に如何様に戦うか、確りと見て参れ」
「分かり申した」
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十日後。
清水谷の浅井屋敷の寝所で、賢政が側室八重と身体を重ね情事に耽っていると、別室で控える宿直の咳払いが耳に届いた。薄い肌襦袢だけのあられもない姿となった、八重の小ぶりな乳房を揉みしだきながら、賢政は深淵に染まる襖障子に目を向けた。
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