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第八章 姉川の戦い
二
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長比城調略の報せを受けた信長は、六月十九日に約一万の将兵を率いて岐阜を発った。同日中には長比城に入った。
その情報が小谷城に伝わると、長政は主だった家臣を集めた。
「信長が長比城に入った」
「お屋形様、朝倉殿に援軍要請を」
清綱が意見具申する。
「相分かった。美作、遣いの者を越前に送れ」
長政は清綱の受領名で呼んだ。
「畏まりました」
清綱は、直ぐに越前朝倉に使者を送った。
朝倉からの援軍が近江に到着する前の二十一日、信長は小谷城を臨む虎御前山に布陣した。そして小谷城下の清水谷に火を放つように命じた。
火の手が上がった小谷城下の清水谷を見て、
「信長めっ、清水谷二飛を放つとはぁっ!」
長政は、義兄の諱を呼び捨てにした。
「直ぐに火を消せっ」
長政は、直経に消火を命じた。
同時に、小谷城を出て、織田勢を追い払うべく戦いを挑んだ。
小谷城下を急襲した織田方の主だった武将は、森三左衛門可成、柴田勝家、佐久間信盛、木下秀吉らだ。
「押し出せっ、織田の者どもを近江から追い払うのじゃっ!」
長政の鼓舞を受け、寡兵の浅井勢は苛烈に攻め立て、織田勢を蹴散らした。
凄まじい勢いの浅井勢に気圧され、織田勢は劣勢となった。
「彼奴らを殲滅せよっ!」
長政は唸った。
劣勢となった織田勢は、一度退くことになった。
殿軍は、佐々成政ら他数名だ。信長は殿(しんがり)部隊に鉄砲五百、弓隊三十卒を率いさせて、後退した。
「見よ、者ども、我らは織田の者どもを追い払ったぞっ!」
長政は意気揚々と言った。
「織田の奴ら、我が浅井に太刀打ち出来ぬと思い、尻尾を捲いて逃げて行くぞっ」
綱親は、逃亡する織田勢を嘲るように言った。
「我らの強さを思い知ったかっ!」
清綱も満足気に唸った。
そこに、直経が現れ、長政の前に進み出て片膝をついた。
「お屋形様、先ほど朝倉殿より文が届きました」
長政は床机から腰を上げ、直に直経から文を受け取った。
「左衛門督(義景の官途名)殿は、一門衆の安居城主朝倉孫三郎(景健)殿を総大将として八千の兵を送って下さるぞ」
「おおっ、八千でござるか、これは心強い」
清綱は満面に笑みを浮かべた。
浅井勢から思わぬ反撃を受けた織田勢は、一旦虎御前山の陣を払い、姉川の南岸に位置する横山城を攻めるべく、本陣を竜ヶ鼻に布いた。二十四日のことだった。
竜ヶ鼻に布陣した信長は、床机に腰掛けながら貧乏揺すりをした。
「さてどうする?」
と、信長は居並ぶ諸将の前で自問自答した。
「流石は浅井備前、なかなか手強い……」
信長は遂本音を口にしてしまった。苛立ちながら歯軋りする。
小谷城は難攻不落な山城であるため、浅井方に籠城されたら織田方の不利になるのは明白だった。
「彼奴を、小谷城から引き摺り出す良き手立てはないか……」
訝し気に信長は言うと、諸将を見やった。
先の清水谷での小競り合いで、浅井勢に思わぬ敗北を喫し、信長は酷く不機嫌だった。そのため誰一人として信長と視線を合わせようとはしない。
「徳川殿の援軍はまだかっ!?」
信長が尋ねると、近習の長谷川橋介が、
「本日中にご到着の手筈となっておりまする」
「徳川殿の布陣を以って総掛かりで横山城を攻め落とすっ。皆の者、心して懸かれやっ!」
信長は矛先を、小谷城から横山城に変えたのだ。つまり、膠着した事態を打開しようと試みた訳である。
その情報が小谷城に伝わると、長政は主だった家臣を集めた。
「信長が長比城に入った」
「お屋形様、朝倉殿に援軍要請を」
清綱が意見具申する。
「相分かった。美作、遣いの者を越前に送れ」
長政は清綱の受領名で呼んだ。
「畏まりました」
清綱は、直ぐに越前朝倉に使者を送った。
朝倉からの援軍が近江に到着する前の二十一日、信長は小谷城を臨む虎御前山に布陣した。そして小谷城下の清水谷に火を放つように命じた。
火の手が上がった小谷城下の清水谷を見て、
「信長めっ、清水谷二飛を放つとはぁっ!」
長政は、義兄の諱を呼び捨てにした。
「直ぐに火を消せっ」
長政は、直経に消火を命じた。
同時に、小谷城を出て、織田勢を追い払うべく戦いを挑んだ。
小谷城下を急襲した織田方の主だった武将は、森三左衛門可成、柴田勝家、佐久間信盛、木下秀吉らだ。
「押し出せっ、織田の者どもを近江から追い払うのじゃっ!」
長政の鼓舞を受け、寡兵の浅井勢は苛烈に攻め立て、織田勢を蹴散らした。
凄まじい勢いの浅井勢に気圧され、織田勢は劣勢となった。
「彼奴らを殲滅せよっ!」
長政は唸った。
劣勢となった織田勢は、一度退くことになった。
殿軍は、佐々成政ら他数名だ。信長は殿(しんがり)部隊に鉄砲五百、弓隊三十卒を率いさせて、後退した。
「見よ、者ども、我らは織田の者どもを追い払ったぞっ!」
長政は意気揚々と言った。
「織田の奴ら、我が浅井に太刀打ち出来ぬと思い、尻尾を捲いて逃げて行くぞっ」
綱親は、逃亡する織田勢を嘲るように言った。
「我らの強さを思い知ったかっ!」
清綱も満足気に唸った。
そこに、直経が現れ、長政の前に進み出て片膝をついた。
「お屋形様、先ほど朝倉殿より文が届きました」
長政は床机から腰を上げ、直に直経から文を受け取った。
「左衛門督(義景の官途名)殿は、一門衆の安居城主朝倉孫三郎(景健)殿を総大将として八千の兵を送って下さるぞ」
「おおっ、八千でござるか、これは心強い」
清綱は満面に笑みを浮かべた。
浅井勢から思わぬ反撃を受けた織田勢は、一旦虎御前山の陣を払い、姉川の南岸に位置する横山城を攻めるべく、本陣を竜ヶ鼻に布いた。二十四日のことだった。
竜ヶ鼻に布陣した信長は、床机に腰掛けながら貧乏揺すりをした。
「さてどうする?」
と、信長は居並ぶ諸将の前で自問自答した。
「流石は浅井備前、なかなか手強い……」
信長は遂本音を口にしてしまった。苛立ちながら歯軋りする。
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