件と秀吉

西村重紀

文字の大きさ
16 / 32
第三章

しおりを挟む
「水攻めじゃと!?」
 目を白黒させ秀吉は上擦った声を上げた。
 眼下の高松城と官兵衛の顔を交互に見やる。
「聞いたことがないっ」
「殿、恐れながら申し上げる。某の記憶が正しければ、近江の六角承禎(義賢の号)殿が、確か永禄二年(一五五九)の頃に、浅井方に寝返った肥田城を攻めた折、水攻めを行っております」
 官兵衛は秀吉に、その戦の詳細に付いて説明をはじめた。
「肥田城と申す城は、その周囲を田畑に囲われたまさにこの松山城と同じような城でござる。ちょうど今と同じ梅雨に差し掛かろうとしていた頃でござった。その肥田城を攻めるに当たって承禎殿、近くを流れる宇曽川と愛知川を堰き止め、城の周りに土塁を積み上げ、水を流し込んだのでござる」
 官兵衛は手にした木の枝を振りながら、眼下の高松城を周りの地形を指し示しつつ語った。
「して、そのあとはどうなったっ!?」
 秀吉は興味を示したらしく、その黒い眼を爛爛と輝かせた。
「承禎殿の目論み通り、城は浮き城に成り申した。城主の高野備前守(秀隆の受領名)殿は、小谷の浅井に後詰めを要請したのでござる」
「ほう、それでそのあとは」
「土塁の一部が壊れ、水攻めは失敗に終わりました」
「何じゃ失敗したのか……」
 秀吉は憮然と呟いた。
「某なら必ずや成し遂げまするっ。この黒田官兵衛にお任せあれ」
 唇の端に笑みを浮かべ、官兵衛は自信ありげに頷いた。
「ならばやってみよ」
 秀吉は官兵衛に、高松城を水攻めすることを許可した。
 羽柴勢は即日、水攻めのための普請に取り掛かった。
 水攻めは、兵糧攻めなどと同じく、包囲戦の一種である。
 つまり、時間と金と人の手間が掛かる訳だ。その分、成功した時に籠城する城兵に与える心理的圧迫感は大きなものが期待出来た。
 秀吉の配下には、黒田官兵衛以外にも優秀な能吏がいた。石田三成や大谷吉継や増田長盛らである。
 加藤清正や福島正則などの勇猛果敢な武将のように、戦場での目覚ましい活躍こそないが、文官として優れた官僚だった。
 官兵衛はまず、三成や吉継ら能吏たちに、どれほどの規模の堤を築き、高松城を包囲すればよいのか、また、城を沈めるにはどれほどの水量が必要なのか計算させた。
 その上で、
「土を金銀と交換すると、近郷の村々の民にお触れを出しましょう」
 官兵衛は秀吉に進言した。
「土を銭で買うじゃとっ!?」
 秀吉は官兵衛の顔を見やって唖然となった。
「手っ取り早く、堤を築き上げるために必要な土を集めるには、この方法が一番でござる。他人は皆欲深い、強欲な生き物でござる。銭で土を買うとお触れを出せば、皆競って土を運んで来ましょう」
 官兵衛はニンマリと笑った。
「なぁるほど、然もありなん」
 感心したように秀吉は首肯して、
「聞いたか佐吉(三成の仮名)、新兵衛(長盛の仮名)よ。直ちに近郷の村々に高札を立てお触れ書きを出すのじゃ」
 せっかちな秀吉は顎をしゃくって、すぐさま三成と長盛に命じた。
「承知仕りました」
「確と承りました」
 床机に腰掛ける秀吉の傍らで片膝をつく二名の能吏は、命令を拝受した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...