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第三章
一
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「水攻めじゃと!?」
目を白黒させ秀吉は上擦った声を上げた。
眼下の高松城と官兵衛の顔を交互に見やる。
「聞いたことがないっ」
「殿、恐れながら申し上げる。某の記憶が正しければ、近江の六角承禎(義賢の号)殿が、確か永禄二年(一五五九)の頃に、浅井方に寝返った肥田城を攻めた折、水攻めを行っております」
官兵衛は秀吉に、その戦の詳細に付いて説明をはじめた。
「肥田城と申す城は、その周囲を田畑に囲われたまさにこの松山城と同じような城でござる。ちょうど今と同じ梅雨に差し掛かろうとしていた頃でござった。その肥田城を攻めるに当たって承禎殿、近くを流れる宇曽川と愛知川を堰き止め、城の周りに土塁を積み上げ、水を流し込んだのでござる」
官兵衛は手にした木の枝を振りながら、眼下の高松城を周りの地形を指し示しつつ語った。
「して、そのあとはどうなったっ!?」
秀吉は興味を示したらしく、その黒い眼を爛爛と輝かせた。
「承禎殿の目論み通り、城は浮き城に成り申した。城主の高野備前守(秀隆の受領名)殿は、小谷の浅井に後詰めを要請したのでござる」
「ほう、それでそのあとは」
「土塁の一部が壊れ、水攻めは失敗に終わりました」
「何じゃ失敗したのか……」
秀吉は憮然と呟いた。
「某なら必ずや成し遂げまするっ。この黒田官兵衛にお任せあれ」
唇の端に笑みを浮かべ、官兵衛は自信ありげに頷いた。
「ならばやってみよ」
秀吉は官兵衛に、高松城を水攻めすることを許可した。
羽柴勢は即日、水攻めのための普請に取り掛かった。
水攻めは、兵糧攻めなどと同じく、包囲戦の一種である。
つまり、時間と金と人の手間が掛かる訳だ。その分、成功した時に籠城する城兵に与える心理的圧迫感は大きなものが期待出来た。
秀吉の配下には、黒田官兵衛以外にも優秀な能吏がいた。石田三成や大谷吉継や増田長盛らである。
加藤清正や福島正則などの勇猛果敢な武将のように、戦場での目覚ましい活躍こそないが、文官として優れた官僚だった。
官兵衛はまず、三成や吉継ら能吏たちに、どれほどの規模の堤を築き、高松城を包囲すればよいのか、また、城を沈めるにはどれほどの水量が必要なのか計算させた。
その上で、
「土を金銀と交換すると、近郷の村々の民にお触れを出しましょう」
官兵衛は秀吉に進言した。
「土を銭で買うじゃとっ!?」
秀吉は官兵衛の顔を見やって唖然となった。
「手っ取り早く、堤を築き上げるために必要な土を集めるには、この方法が一番でござる。他人は皆欲深い、強欲な生き物でござる。銭で土を買うとお触れを出せば、皆競って土を運んで来ましょう」
官兵衛はニンマリと笑った。
「なぁるほど、然もありなん」
感心したように秀吉は首肯して、
「聞いたか佐吉(三成の仮名)、新兵衛(長盛の仮名)よ。直ちに近郷の村々に高札を立てお触れ書きを出すのじゃ」
せっかちな秀吉は顎をしゃくって、すぐさま三成と長盛に命じた。
「承知仕りました」
「確と承りました」
床机に腰掛ける秀吉の傍らで片膝をつく二名の能吏は、命令を拝受した。
目を白黒させ秀吉は上擦った声を上げた。
眼下の高松城と官兵衛の顔を交互に見やる。
「聞いたことがないっ」
「殿、恐れながら申し上げる。某の記憶が正しければ、近江の六角承禎(義賢の号)殿が、確か永禄二年(一五五九)の頃に、浅井方に寝返った肥田城を攻めた折、水攻めを行っております」
官兵衛は秀吉に、その戦の詳細に付いて説明をはじめた。
「肥田城と申す城は、その周囲を田畑に囲われたまさにこの松山城と同じような城でござる。ちょうど今と同じ梅雨に差し掛かろうとしていた頃でござった。その肥田城を攻めるに当たって承禎殿、近くを流れる宇曽川と愛知川を堰き止め、城の周りに土塁を積み上げ、水を流し込んだのでござる」
官兵衛は手にした木の枝を振りながら、眼下の高松城を周りの地形を指し示しつつ語った。
「して、そのあとはどうなったっ!?」
秀吉は興味を示したらしく、その黒い眼を爛爛と輝かせた。
「承禎殿の目論み通り、城は浮き城に成り申した。城主の高野備前守(秀隆の受領名)殿は、小谷の浅井に後詰めを要請したのでござる」
「ほう、それでそのあとは」
「土塁の一部が壊れ、水攻めは失敗に終わりました」
「何じゃ失敗したのか……」
秀吉は憮然と呟いた。
「某なら必ずや成し遂げまするっ。この黒田官兵衛にお任せあれ」
唇の端に笑みを浮かべ、官兵衛は自信ありげに頷いた。
「ならばやってみよ」
秀吉は官兵衛に、高松城を水攻めすることを許可した。
羽柴勢は即日、水攻めのための普請に取り掛かった。
水攻めは、兵糧攻めなどと同じく、包囲戦の一種である。
つまり、時間と金と人の手間が掛かる訳だ。その分、成功した時に籠城する城兵に与える心理的圧迫感は大きなものが期待出来た。
秀吉の配下には、黒田官兵衛以外にも優秀な能吏がいた。石田三成や大谷吉継や増田長盛らである。
加藤清正や福島正則などの勇猛果敢な武将のように、戦場での目覚ましい活躍こそないが、文官として優れた官僚だった。
官兵衛はまず、三成や吉継ら能吏たちに、どれほどの規模の堤を築き、高松城を包囲すればよいのか、また、城を沈めるにはどれほどの水量が必要なのか計算させた。
その上で、
「土を金銀と交換すると、近郷の村々の民にお触れを出しましょう」
官兵衛は秀吉に進言した。
「土を銭で買うじゃとっ!?」
秀吉は官兵衛の顔を見やって唖然となった。
「手っ取り早く、堤を築き上げるために必要な土を集めるには、この方法が一番でござる。他人は皆欲深い、強欲な生き物でござる。銭で土を買うとお触れを出せば、皆競って土を運んで来ましょう」
官兵衛はニンマリと笑った。
「なぁるほど、然もありなん」
感心したように秀吉は首肯して、
「聞いたか佐吉(三成の仮名)、新兵衛(長盛の仮名)よ。直ちに近郷の村々に高札を立てお触れ書きを出すのじゃ」
せっかちな秀吉は顎をしゃくって、すぐさま三成と長盛に命じた。
「承知仕りました」
「確と承りました」
床机に腰掛ける秀吉の傍らで片膝をつく二名の能吏は、命令を拝受した。
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