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第四章
二
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本能寺の変が起こった時、京に一番近い場所にいたのは、摂津国大坂の丹羽長秀だった。つまり、逆臣明智光秀を討つために、織田家中で最も有利な立場にあった。
本能寺の変の直前、長秀は信長から四国討伐を命じられた神戸信孝(信長三男)の副えとして、三好康長、蜂屋頼隆らと共に出陣の準備をしていた。
信長横死が伝わると、長秀は混乱のうちに信孝と謀って、光秀の娘婿に当たる津田信澄(信長の甥)を殺害した。
一方、和泉国堺にいた徳川家康と穴山梅雪は、光秀が放った追手から逃れるため、密かに畿内を脱出し、伊賀越えにて領国三河へ戻る道を選んだ。
途中、家康と別行動を取った梅雪は、山城国にて落ち武者狩りに遭遇し呆気なく命を落とした。
猛将柴田勝家は、前田利家、佐々成政、不破光治の所謂府中三人衆を与力として従え、北陸越中国に出陣中だった。
本能寺の変の最中、柴田勢は上杉方の魚津城及び松倉城を包囲していた。信長が光秀によって討たれた翌三日、柴田勢は魚津城を攻略した。
ところが六日に本能寺の変のことが伝わると、勝家は利家ら府中三人衆と協議した上で、直ちに全軍撤退を開始。越前国北ノ庄城へ引き上げた。
勝家は、上方方面に展開する丹羽長秀に使者を派遣し、謀叛人光秀を討つことを伝えた。
しかしここで、勝家の誤算が生じたのだ。
柴田勢には、秀吉に仕える官兵衛のような軍師がおらず、信長横死が伝わると、上杉方は越中、能登の国衆らを扇動し、結果柴田勢は身動きが取れない状況に陥った。その間、山崎の合戦に於いて秀吉が光秀を討ち、勝家は後れを取ることになった。
もう一人の宿老滝川一益は、本能寺の変が起こった時、新たな領国となった上野国厩橋城にいた。
一益が異変を知ったのは七日であった。
信長横死を知ったのち、徳川を通じて織田家と盟友関係にあった北条氏政は関係維持を打診した。しかし、実はこの時氏政はこの非常事態に乗じて織田と手を切り、突如一益が治める上州に攻め入った。
十九日の神流川の戦いで、滝川勢は北条方に大敗を喫し、本来の領国である伊勢へ帰還する破目になった。
織田家の重臣たちが、信長横死を知り右往左往していた頃、秀吉率いる羽柴勢は、高松城主清水宗治の切腹を見届けると、全軍を以って直ちに姫路に引き返した。
羽柴勢が高松の陣を引き払い退却を開始した日時であるが、諸説存在する。
清水宗治の切腹を見届けた直後に、高松を発ったという六月四日説や六日説などだ。
ただ、『浅野家文書』や大村由己の『惟任謀反記』を根拠に、六日に高松を発ったという説が有力とされている。
また毛利方に伝わる『萩藩閥閲録』を根拠にすると、やはり羽柴勢は毛利方が陣を払い引き上げるのを確認してから、堤防を切って陣払いしたというのが有力だ。
四日にせよ六日にせよ、何れにしても秀吉は九日の朝には姫路城を発ち、明智征伐に向かっている。
ここでは六日説を採用する。
退却の指揮を執った官兵衛は、足軽雑兵他、徒歩たちにも、甲冑を脱ぎ捨て褌一丁で姫路まで駆けて行くよう命じた。
身軽になった方が駆ける速度も上がる。一刻も早くここから退却しなければならない。これからは時間との勝負だった。
信長の敵討ちを、他の重臣に先越されては元も子もない。
それに、和議が纏まったとはいえ、いつ何時毛利が手のひらを返し、突然背後を襲って来るからも分からない。
「急げっ、急ぐのじゃっ!」
官兵衛は大声を張り上げ、士卒たちを奮い立たせた。
ただ、ここで敢えて官兵衛は、明智光秀によって織田信長が討たれたという事実を伝えなかった。
信長横死の事実を知れば、兵たちの間に衝撃が走り、皆が動揺し狼狽え逃亡する者も現れるに違いない。これを防ぐため、官兵衛は主だった者以外には、信長横死の事実を伝えなかった。緘口令を布いたのだ。
そのため、羽柴勢の多くの者は、何故自分たちがこんなにも急いで姫路に戻らなくてはならないのか疑問を抱いた。
兵たちを叱咤激励する当の官兵衛は、左足が跛足となった所為で馬にも乗れず、駆けることも出来ない。不本意ながらも、足軽たちに担がせた輿に乗って姫路への帰路を急いだ。
のちにこの時の、秀吉の素早い動きから、予め本能寺の変が発生すること知っていたに違いない、と諸将から疑念を抱かれることになった。
また、備中高松城から退却する前に、官兵衛が上方に放っておいた間者の工作によって、畿内の諸将はひどく混乱していた。中には、光秀に誘われても、その態度を決めない者もあった。
特に明智と親しい長岡(細川)藤孝や、筒井順慶などだ。
官兵衛が間者を使って流布した信長存命の噂に皆惑わされているのだ。
結果、日和見な態度を取りどっち付かずの状態のまま、諸将はこと成り行きを見守った。
本能寺の変の直前、長秀は信長から四国討伐を命じられた神戸信孝(信長三男)の副えとして、三好康長、蜂屋頼隆らと共に出陣の準備をしていた。
信長横死が伝わると、長秀は混乱のうちに信孝と謀って、光秀の娘婿に当たる津田信澄(信長の甥)を殺害した。
一方、和泉国堺にいた徳川家康と穴山梅雪は、光秀が放った追手から逃れるため、密かに畿内を脱出し、伊賀越えにて領国三河へ戻る道を選んだ。
途中、家康と別行動を取った梅雪は、山城国にて落ち武者狩りに遭遇し呆気なく命を落とした。
猛将柴田勝家は、前田利家、佐々成政、不破光治の所謂府中三人衆を与力として従え、北陸越中国に出陣中だった。
本能寺の変の最中、柴田勢は上杉方の魚津城及び松倉城を包囲していた。信長が光秀によって討たれた翌三日、柴田勢は魚津城を攻略した。
ところが六日に本能寺の変のことが伝わると、勝家は利家ら府中三人衆と協議した上で、直ちに全軍撤退を開始。越前国北ノ庄城へ引き上げた。
勝家は、上方方面に展開する丹羽長秀に使者を派遣し、謀叛人光秀を討つことを伝えた。
しかしここで、勝家の誤算が生じたのだ。
柴田勢には、秀吉に仕える官兵衛のような軍師がおらず、信長横死が伝わると、上杉方は越中、能登の国衆らを扇動し、結果柴田勢は身動きが取れない状況に陥った。その間、山崎の合戦に於いて秀吉が光秀を討ち、勝家は後れを取ることになった。
もう一人の宿老滝川一益は、本能寺の変が起こった時、新たな領国となった上野国厩橋城にいた。
一益が異変を知ったのは七日であった。
信長横死を知ったのち、徳川を通じて織田家と盟友関係にあった北条氏政は関係維持を打診した。しかし、実はこの時氏政はこの非常事態に乗じて織田と手を切り、突如一益が治める上州に攻め入った。
十九日の神流川の戦いで、滝川勢は北条方に大敗を喫し、本来の領国である伊勢へ帰還する破目になった。
織田家の重臣たちが、信長横死を知り右往左往していた頃、秀吉率いる羽柴勢は、高松城主清水宗治の切腹を見届けると、全軍を以って直ちに姫路に引き返した。
羽柴勢が高松の陣を引き払い退却を開始した日時であるが、諸説存在する。
清水宗治の切腹を見届けた直後に、高松を発ったという六月四日説や六日説などだ。
ただ、『浅野家文書』や大村由己の『惟任謀反記』を根拠に、六日に高松を発ったという説が有力とされている。
また毛利方に伝わる『萩藩閥閲録』を根拠にすると、やはり羽柴勢は毛利方が陣を払い引き上げるのを確認してから、堤防を切って陣払いしたというのが有力だ。
四日にせよ六日にせよ、何れにしても秀吉は九日の朝には姫路城を発ち、明智征伐に向かっている。
ここでは六日説を採用する。
退却の指揮を執った官兵衛は、足軽雑兵他、徒歩たちにも、甲冑を脱ぎ捨て褌一丁で姫路まで駆けて行くよう命じた。
身軽になった方が駆ける速度も上がる。一刻も早くここから退却しなければならない。これからは時間との勝負だった。
信長の敵討ちを、他の重臣に先越されては元も子もない。
それに、和議が纏まったとはいえ、いつ何時毛利が手のひらを返し、突然背後を襲って来るからも分からない。
「急げっ、急ぐのじゃっ!」
官兵衛は大声を張り上げ、士卒たちを奮い立たせた。
ただ、ここで敢えて官兵衛は、明智光秀によって織田信長が討たれたという事実を伝えなかった。
信長横死の事実を知れば、兵たちの間に衝撃が走り、皆が動揺し狼狽え逃亡する者も現れるに違いない。これを防ぐため、官兵衛は主だった者以外には、信長横死の事実を伝えなかった。緘口令を布いたのだ。
そのため、羽柴勢の多くの者は、何故自分たちがこんなにも急いで姫路に戻らなくてはならないのか疑問を抱いた。
兵たちを叱咤激励する当の官兵衛は、左足が跛足となった所為で馬にも乗れず、駆けることも出来ない。不本意ながらも、足軽たちに担がせた輿に乗って姫路への帰路を急いだ。
のちにこの時の、秀吉の素早い動きから、予め本能寺の変が発生すること知っていたに違いない、と諸将から疑念を抱かれることになった。
また、備中高松城から退却する前に、官兵衛が上方に放っておいた間者の工作によって、畿内の諸将はひどく混乱していた。中には、光秀に誘われても、その態度を決めない者もあった。
特に明智と親しい長岡(細川)藤孝や、筒井順慶などだ。
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