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第四章
四
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一行が片上の集落に差し掛かると、沿道には松明が灯されていた。
一行の到着を待ち受けていたかのように、どこからともなく続々と村人たちが現れた。
「な、何用じゃ……!?」
秀吉は、突如現れた村人たちに驚き警戒する。
「さ、下がれっ! 下郎っ!」
腹心の小六が、鎗を突き立て村人らを追い払おうする。
「下がれ、下がれっ」
秀長も警戒態勢に入る。
落ち武者狩りか何かと勘違いしているようだ。
そこに、少し遅れて、足軽に担がれた輿の上に座る官兵衛が到着した。
「殿、彼(か)の者は、我らの味方でござる。某が家臣に命じて手配させました」
輿に乗ったまま官兵衛が、馬上の秀吉を見上げて言った。
雨は既に小雨に変わっている。雲の隙間から月も顔を覗かせていた。
「ささ、お侍様、どうぞお召し上がり下されまし」
村人たちが手にする盆の上には、握り飯やみそ汁が入った椀が乗っていた。官兵衛の指示で、先回りしていた栗山善助、母里太兵衛が村人に命じて手配したのだ。
高松城を出てから、殆ど何も口にしていなかった羽柴勢の士卒は、我先にと握り飯やみそ汁に飛び付いた。夢中になって貪る。
秀吉や小六も足軽雑兵に交じり、握り飯を鷲掴むと頬張った。
その姿を見て、官兵衛は満足げに頷く。
「これもみな官兵衛よ、その方の指示によるものか」
口の周りに米粒を付けながら秀吉が訊ねた。
「はっ」
官兵衛は首肯する。
「切れ者よの……他の者ではこうは行くまい」
秀吉は、官兵衛の才に恐ろしいものを感じたらしく、その目に冷たい光を宿していた。
官兵衛がそれを見逃すことはなかった。
(どうやら殿は、この黒田官兵衛を煙たがっておられるようじゃ)
主君から浴びせられた冷たい眼差しに、何か淋しいものを感じつつ、官兵衛も村人が振る舞う握り飯を手に取った。
握り飯を半分ほど食べた時、善助が官兵衛の許に近寄って来た。
「おお、善助か、見事であった。皆満足しておるようじゃ。うん? 如何致したか、斯様な神妙な面をして」
官兵衛は眉を顰め問い掛け、善助を凝視する。
「実は昨晩、某がこの片上の村に入った折、得体の知れない化け物を見たと村人が騒いでおりまして……」
善助は真顔で答えた。そして、昨夜、その化け物を見たという村人らの方に顎を向けた。
つられるように官兵衛も視線を移した。
三十絡みの農夫と四十半ば過ぎの農夫、それに法衣を纏った僧侶の三人だ。
彼らは官兵衛の視線に気付き、軽く会釈する。官兵衛も目礼で返すと、食べ掛けの握り飯を傍らで侍る足軽に渡し、彼らの許に向かって歩き出した。
左足が不自由な主を支えるべく、善助は肩を貸した。
「済まぬな善助。して、あの村人共が見たという化け物はどのような形をしておった」
最前、善助からこの話を聞いた瞬間、官兵衛は直感めいたものを覚えたのだ。
(件じゃ。村人どもが見た申す化け物は、件に相違ない)
官兵衛は確信に近いものを感じていた。
もし、これが本当に件であるなら、官兵衛に何事かを知らせようとして現れたのだ。
「我が殿に、昨晩お主らが見たという化け物に付いて申し上げるのじゃ」
善助は、村人の代表である僧侶に告げた。
「ははっ」
僧侶は一礼し、
「お武家様、拙僧はこの片上村の外れに建つ一向宗の寺、慶徳寺の住持の淳行と申す者でございます」
「淳行殿か……良き名でござるな。して淳行殿、ご坊が昨夜見たと申されるその化け物に付いてお話を伺いたい」
官兵衛が問うと、淳行は分かったといったように頷いた。
「拙僧が昨晩見た化け物は恐らく――」
淳行のその言葉が終わらないうちに、官兵衛が、
「件であろう」
と被せる。
「件をご存知で」
「ああ、これまでに儂は三度見た」
「み、三度でございますかお武家様っ!?」
三度も件を見たという官兵衛の言葉に驚き、淳行は上擦った声を発した。まじまじと官兵衛の顔を見やる。
「そう言えばお武家様のお顏には、実に奇妙な相が現れおりまする」
「然様か……まあ、兎も角、この際儂のことはどうでもよい。それよりもじゃ、件は何か言い残しておらぬか」
これまでことから総合的に判断して、件が官兵衛に何らかの予言を残している可能性が極めて高い。
官兵衛は逸る気持ちを抑えながら、もう一度訊ねてみることにした。
「例えば予言のようなものを」
官兵衛は目の前に立つ僧侶の黒い双眸を凝視した。
すると淳行は、法衣の懐から紙の切れ端を取り出した。
「昨晩、拙僧が聞き取り、それを書き写したものでございます」
淳行は官兵衛に紙切れを手渡した。
手渡された紙切れには、ただ三法師とだけ記されていた。
「三法師じゃと」
官兵衛は声に出して読み上げ、徐に首を傾げた。
三法師という言葉で思い当たることは、信長の嫡孫以外に一人もいない。
(上様のご嫡孫、三法師君のことなのか……)
官兵衛は半信半疑のまま腕を組むと、静かに瞼を閉じた。
大粒の雨が官兵衛の額に当たった。先ほどまで止んでいた雨が再び振り出した。官兵衛は雨を降らせる空を、恨めしそうに見上げた。
いつの間にか月も厚い雲に覆われ消えていた。
一行の到着を待ち受けていたかのように、どこからともなく続々と村人たちが現れた。
「な、何用じゃ……!?」
秀吉は、突如現れた村人たちに驚き警戒する。
「さ、下がれっ! 下郎っ!」
腹心の小六が、鎗を突き立て村人らを追い払おうする。
「下がれ、下がれっ」
秀長も警戒態勢に入る。
落ち武者狩りか何かと勘違いしているようだ。
そこに、少し遅れて、足軽に担がれた輿の上に座る官兵衛が到着した。
「殿、彼(か)の者は、我らの味方でござる。某が家臣に命じて手配させました」
輿に乗ったまま官兵衛が、馬上の秀吉を見上げて言った。
雨は既に小雨に変わっている。雲の隙間から月も顔を覗かせていた。
「ささ、お侍様、どうぞお召し上がり下されまし」
村人たちが手にする盆の上には、握り飯やみそ汁が入った椀が乗っていた。官兵衛の指示で、先回りしていた栗山善助、母里太兵衛が村人に命じて手配したのだ。
高松城を出てから、殆ど何も口にしていなかった羽柴勢の士卒は、我先にと握り飯やみそ汁に飛び付いた。夢中になって貪る。
秀吉や小六も足軽雑兵に交じり、握り飯を鷲掴むと頬張った。
その姿を見て、官兵衛は満足げに頷く。
「これもみな官兵衛よ、その方の指示によるものか」
口の周りに米粒を付けながら秀吉が訊ねた。
「はっ」
官兵衛は首肯する。
「切れ者よの……他の者ではこうは行くまい」
秀吉は、官兵衛の才に恐ろしいものを感じたらしく、その目に冷たい光を宿していた。
官兵衛がそれを見逃すことはなかった。
(どうやら殿は、この黒田官兵衛を煙たがっておられるようじゃ)
主君から浴びせられた冷たい眼差しに、何か淋しいものを感じつつ、官兵衛も村人が振る舞う握り飯を手に取った。
握り飯を半分ほど食べた時、善助が官兵衛の許に近寄って来た。
「おお、善助か、見事であった。皆満足しておるようじゃ。うん? 如何致したか、斯様な神妙な面をして」
官兵衛は眉を顰め問い掛け、善助を凝視する。
「実は昨晩、某がこの片上の村に入った折、得体の知れない化け物を見たと村人が騒いでおりまして……」
善助は真顔で答えた。そして、昨夜、その化け物を見たという村人らの方に顎を向けた。
つられるように官兵衛も視線を移した。
三十絡みの農夫と四十半ば過ぎの農夫、それに法衣を纏った僧侶の三人だ。
彼らは官兵衛の視線に気付き、軽く会釈する。官兵衛も目礼で返すと、食べ掛けの握り飯を傍らで侍る足軽に渡し、彼らの許に向かって歩き出した。
左足が不自由な主を支えるべく、善助は肩を貸した。
「済まぬな善助。して、あの村人共が見たという化け物はどのような形をしておった」
最前、善助からこの話を聞いた瞬間、官兵衛は直感めいたものを覚えたのだ。
(件じゃ。村人どもが見た申す化け物は、件に相違ない)
官兵衛は確信に近いものを感じていた。
もし、これが本当に件であるなら、官兵衛に何事かを知らせようとして現れたのだ。
「我が殿に、昨晩お主らが見たという化け物に付いて申し上げるのじゃ」
善助は、村人の代表である僧侶に告げた。
「ははっ」
僧侶は一礼し、
「お武家様、拙僧はこの片上村の外れに建つ一向宗の寺、慶徳寺の住持の淳行と申す者でございます」
「淳行殿か……良き名でござるな。して淳行殿、ご坊が昨夜見たと申されるその化け物に付いてお話を伺いたい」
官兵衛が問うと、淳行は分かったといったように頷いた。
「拙僧が昨晩見た化け物は恐らく――」
淳行のその言葉が終わらないうちに、官兵衛が、
「件であろう」
と被せる。
「件をご存知で」
「ああ、これまでに儂は三度見た」
「み、三度でございますかお武家様っ!?」
三度も件を見たという官兵衛の言葉に驚き、淳行は上擦った声を発した。まじまじと官兵衛の顔を見やる。
「そう言えばお武家様のお顏には、実に奇妙な相が現れおりまする」
「然様か……まあ、兎も角、この際儂のことはどうでもよい。それよりもじゃ、件は何か言い残しておらぬか」
これまでことから総合的に判断して、件が官兵衛に何らかの予言を残している可能性が極めて高い。
官兵衛は逸る気持ちを抑えながら、もう一度訊ねてみることにした。
「例えば予言のようなものを」
官兵衛は目の前に立つ僧侶の黒い双眸を凝視した。
すると淳行は、法衣の懐から紙の切れ端を取り出した。
「昨晩、拙僧が聞き取り、それを書き写したものでございます」
淳行は官兵衛に紙切れを手渡した。
手渡された紙切れには、ただ三法師とだけ記されていた。
「三法師じゃと」
官兵衛は声に出して読み上げ、徐に首を傾げた。
三法師という言葉で思い当たることは、信長の嫡孫以外に一人もいない。
(上様のご嫡孫、三法師君のことなのか……)
官兵衛は半信半疑のまま腕を組むと、静かに瞼を閉じた。
大粒の雨が官兵衛の額に当たった。先ほどまで止んでいた雨が再び振り出した。官兵衛は雨を降らせる空を、恨めしそうに見上げた。
いつの間にか月も厚い雲に覆われ消えていた。
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