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第二章
二
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北近江伊吹山麓の柏原の館で半月余り休息を取った道誉は、梅雨明けを待っているかのように上洛の途に就いた。騎馬にて筑摩まで出ると、そこから舟に乗り堅田まで向かった。堅田からは陸路だ。洛中に入ったのは、六月の上旬だった。
鎌倉を発った時とはまた違う出で立ちで、道誉は颯爽と山科を行く。鶸色の地に、鮮やかな海老色に染め抜いた猿を模った直垂を纏い、左手の射籠手は、檳榔子黒一色に染め、金糸で龍の刺繍が施されている。
沿道の庶民は、婆沙羅な狩装束を目の当たりにして、歓声を上げるのであった。燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴び、道誉に従う徒歩の顔は赤黒く日焼けしている。
山科を抜けた道誉一行は清水寺の南を抜け、五条通りへ出た。
「これ、小弥太。まずは六波羅の探題殿にご挨拶に行く」
道誉は、徒歩で付き従う近習の少年に告げた。
六波羅探題は、北方と南方がある。
白河南にあった平清盛の邸宅跡に、承久の乱ののち、朝廷と西国の御家人の監視が目的で設置された鎌倉幕府の出先機関である。設立された当初は、単に六波羅と呼ばれいた。
北方は、赤橋流、常盤流、普恩寺流の北条一門が、南方は大仏流、金沢流、佐介流の北条一門がそれぞれ務めていた。
鎌倉時代末期の北方は、常盤範貞が務め、南方は金沢貞将が務めていた。格の上では北方が上席で、鎌倉に戻ったのちには連署や執権にまで上り詰める者もいた。
当然、道誉は上席である北方の常盤範貞の方から先に、ご機嫌伺いに出向いた。婆沙羅な彼としては、そんな格式など無視したいところではあったが、何しろ北条一門に媚びを売るのも、鎌倉御家人の処世術の一つなのだ。特にあの長崎円喜、高資親子には睨まれたくはない。痛くもない腹を探られるのは御免であった。
香道に明るい道誉は、範貞へ手土産として唐天竺辺りから入って来た香木を持参した。
「いつもいつもお気遣い忝い」
範貞は、道誉の家人吉田厳覚が差し出した木箱に収められた香木を受け取った。
沈香という。熱帯アジア原産ジンチョウゲ科ジンコウ属の高木だ。
「聞くところに寄ると、佐渡判官殿は得宗殿に倣い出家なされたそうじゃが」
「もうお耳に届きましたか……身共は道誉と名乗っておりまする」
「ほう、道誉殿か。ならば某も佐渡判官殿ではなく、これからは道誉殿と及び致そう」
範貞は意味あり気な笑みを浮かべた。
他愛もない雑談などで時間を潰したのち、道誉は南方の金沢貞将の許に足を運んだ。先ほど、北方の範貞に進物を送ったように、貞将にもそれなりの物を用意していた。
「詰まらぬ物でござるがお納めを」
主君道誉が言うと同時に、厳覚は木箱を貞将に差し出した。
「うん、これは」
怪訝そうに貞将が尋ねる。
「沈香でござる」
道誉は小さく頷いた。
流石に北方の範貞と同じ価値の物を贈る訳にはならず、貞将に贈った物は少し小振りの香木だ。受け取る側の貞将も、それに付いてはちゃんと弁えているようで、満面に笑みを浮かべた。
「ならば遠慮なく頂きまする」
一礼して、貞将は道誉が持参した進物を受け取った。
「ところで佐渡殿、聞きましたぞ、出家なさったそうで」
貞将もやはり、そのことが気になるようだ。
「はい。道誉と名乗っておりまする」
「して、どのような経緯で、出家などと」
「得宗殿に倣ったまでのこと、他意はござらん。如何かな越後守(貞将の受領名)殿も某の如く出家してみれば」
「いやいや、御辺のように思い切ったことは出来ぬ。流石は佐渡判官殿、見事な婆沙羅振り、身共などはまだまだ赤子に等しい」
貞将は心にもないことを口にし、道誉を揶揄った。
「婆沙羅などと申しても、今を時めく越後守殿には敵い申さぬ。御辺は何れ御父上の後を継ぎ執権になられるご身分、某はたかが鎌倉殿にお仕えする御家人の一人に過ぎませぬ」
「またまた、えんkご謙遜を」
「いいえ、謙遜などはござらん、真のことを申し上げたまで」
婆沙羅な形をしてはいるが、道誉は御家人である我が身をちゃんと理解していた。それ故、分別は持っている。
ひと呼吸ほど間を置いて貞将が、
「このあと如何なさる気じゃ」
と質問した。
貞将も、北方の範貞も、道誉が後醍醐天皇と、その側近の日野俊基と親しい関係であることは既に承知していた。
無論、道誉はこのあと俊基の許に足を運ぶつもりである。出来れば亀山殿にも赴いてみたい、と思っているのだ。後醍醐天皇と誼を通じるのではなく、あの藤夜叉こと藤の前にひと目でもいいから会いたいがためだった。
こんなにも心がときめくのは久方振りだった。まるで少年の頃のように、藤の前に恋焦がれていた。
「ご想像にお任せ致す」
道誉はにべなく答えた。
つまり、暗に、貞将が考えている通りの行動を取ると告げた。
ここで敢えて、朝廷側と関係を持っていることを強く否定しても、疑い深い北条一門に余計な感情を抱かせるだけだ。だからといって開き直ってあからさまに関係を持っていると言う訳にもいかないのだ。
道誉としては、これからも鎌倉幕府側と朝廷側、どちらにもちょうどよい距離感を保ちつつ時が来るのを待ちながら、この曖昧な関係を続けるつもりであった。
無論、全国武家の頂点に立つ源氏の棟梁たる足利高氏が動けば、話は変わって来る。だが、今のところその気配はなさそうだった。
鎌倉を発った時とはまた違う出で立ちで、道誉は颯爽と山科を行く。鶸色の地に、鮮やかな海老色に染め抜いた猿を模った直垂を纏い、左手の射籠手は、檳榔子黒一色に染め、金糸で龍の刺繍が施されている。
沿道の庶民は、婆沙羅な狩装束を目の当たりにして、歓声を上げるのであった。燦燦と降り注ぐ太陽の光を浴び、道誉に従う徒歩の顔は赤黒く日焼けしている。
山科を抜けた道誉一行は清水寺の南を抜け、五条通りへ出た。
「これ、小弥太。まずは六波羅の探題殿にご挨拶に行く」
道誉は、徒歩で付き従う近習の少年に告げた。
六波羅探題は、北方と南方がある。
白河南にあった平清盛の邸宅跡に、承久の乱ののち、朝廷と西国の御家人の監視が目的で設置された鎌倉幕府の出先機関である。設立された当初は、単に六波羅と呼ばれいた。
北方は、赤橋流、常盤流、普恩寺流の北条一門が、南方は大仏流、金沢流、佐介流の北条一門がそれぞれ務めていた。
鎌倉時代末期の北方は、常盤範貞が務め、南方は金沢貞将が務めていた。格の上では北方が上席で、鎌倉に戻ったのちには連署や執権にまで上り詰める者もいた。
当然、道誉は上席である北方の常盤範貞の方から先に、ご機嫌伺いに出向いた。婆沙羅な彼としては、そんな格式など無視したいところではあったが、何しろ北条一門に媚びを売るのも、鎌倉御家人の処世術の一つなのだ。特にあの長崎円喜、高資親子には睨まれたくはない。痛くもない腹を探られるのは御免であった。
香道に明るい道誉は、範貞へ手土産として唐天竺辺りから入って来た香木を持参した。
「いつもいつもお気遣い忝い」
範貞は、道誉の家人吉田厳覚が差し出した木箱に収められた香木を受け取った。
沈香という。熱帯アジア原産ジンチョウゲ科ジンコウ属の高木だ。
「聞くところに寄ると、佐渡判官殿は得宗殿に倣い出家なされたそうじゃが」
「もうお耳に届きましたか……身共は道誉と名乗っておりまする」
「ほう、道誉殿か。ならば某も佐渡判官殿ではなく、これからは道誉殿と及び致そう」
範貞は意味あり気な笑みを浮かべた。
他愛もない雑談などで時間を潰したのち、道誉は南方の金沢貞将の許に足を運んだ。先ほど、北方の範貞に進物を送ったように、貞将にもそれなりの物を用意していた。
「詰まらぬ物でござるがお納めを」
主君道誉が言うと同時に、厳覚は木箱を貞将に差し出した。
「うん、これは」
怪訝そうに貞将が尋ねる。
「沈香でござる」
道誉は小さく頷いた。
流石に北方の範貞と同じ価値の物を贈る訳にはならず、貞将に贈った物は少し小振りの香木だ。受け取る側の貞将も、それに付いてはちゃんと弁えているようで、満面に笑みを浮かべた。
「ならば遠慮なく頂きまする」
一礼して、貞将は道誉が持参した進物を受け取った。
「ところで佐渡殿、聞きましたぞ、出家なさったそうで」
貞将もやはり、そのことが気になるようだ。
「はい。道誉と名乗っておりまする」
「して、どのような経緯で、出家などと」
「得宗殿に倣ったまでのこと、他意はござらん。如何かな越後守(貞将の受領名)殿も某の如く出家してみれば」
「いやいや、御辺のように思い切ったことは出来ぬ。流石は佐渡判官殿、見事な婆沙羅振り、身共などはまだまだ赤子に等しい」
貞将は心にもないことを口にし、道誉を揶揄った。
「婆沙羅などと申しても、今を時めく越後守殿には敵い申さぬ。御辺は何れ御父上の後を継ぎ執権になられるご身分、某はたかが鎌倉殿にお仕えする御家人の一人に過ぎませぬ」
「またまた、えんkご謙遜を」
「いいえ、謙遜などはござらん、真のことを申し上げたまで」
婆沙羅な形をしてはいるが、道誉は御家人である我が身をちゃんと理解していた。それ故、分別は持っている。
ひと呼吸ほど間を置いて貞将が、
「このあと如何なさる気じゃ」
と質問した。
貞将も、北方の範貞も、道誉が後醍醐天皇と、その側近の日野俊基と親しい関係であることは既に承知していた。
無論、道誉はこのあと俊基の許に足を運ぶつもりである。出来れば亀山殿にも赴いてみたい、と思っているのだ。後醍醐天皇と誼を通じるのではなく、あの藤夜叉こと藤の前にひと目でもいいから会いたいがためだった。
こんなにも心がときめくのは久方振りだった。まるで少年の頃のように、藤の前に恋焦がれていた。
「ご想像にお任せ致す」
道誉はにべなく答えた。
つまり、暗に、貞将が考えている通りの行動を取ると告げた。
ここで敢えて、朝廷側と関係を持っていることを強く否定しても、疑い深い北条一門に余計な感情を抱かせるだけだ。だからといって開き直ってあからさまに関係を持っていると言う訳にもいかないのだ。
道誉としては、これからも鎌倉幕府側と朝廷側、どちらにもちょうどよい距離感を保ちつつ時が来るのを待ちながら、この曖昧な関係を続けるつもりであった。
無論、全国武家の頂点に立つ源氏の棟梁たる足利高氏が動けば、話は変わって来る。だが、今のところその気配はなさそうだった。
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