道誉が征く

西村重紀

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第五章

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 鎌倉に入った尊氏は、九月二十九日に、京の朝廷に断りなく論功行賞を始めた。此度の反乱鎮圧に功のあった武将たちに土地を分け与えるための袖判下文を発給したのだ。
 これは、尊氏が次代の武士の棟梁としての意識を自覚してのことだった。
 全ては道誉の望んだ通りにことが進んだ。
 尊氏が発給した袖判下文によって、道誉も下総や相模に新たな土地を得ることになった。
「上様、京におわす主上は黙っておりますまい」
 道誉は、嘗てのように尊氏を足利殿とは呼ばず、敢えて上様と呼ぶようになった。
「然様であるな、佐々木殿」
「して、上様は如何なさるおつもりか」
 京にいる後醍醐天皇は、足利尊氏に帰還命令を出していた。
「京には戻らぬ。例え朝敵の汚名を受けたとしても」
 尊氏は道誉を前にして、初めて本音を口にした。
「上様が望んでおられた征夷大将軍は、六宮様が就かれたそうで」
「身共は帝のお考えがよく分からぬ。のう佐渡殿、御辺は帝の覚えもめでたい、あのお方は一体何を望んでおられるのじゃ」
 戦場で見せた武将としての輝きは失せ、尊氏の顔には元の女々しい表情が浮かんでいた。
「主上がお手本となさろうとしておられるのは、醍醐院、及び村上院の御世でござる」
 道誉はにべなく告げた。
「斯様な古き世をお手本となさるとは……」
 尊氏は嘆くような口調で言った。
「この際でござる。今上の帝には消えて頂き、新たな帝をお立てになられては如何でござろうか殿」
 この場に同席していた師直が涼しい表情のまま言った。
「な、何と恐ろしいことを申すのじゃ、左衛門尉はっ!?」
 尊氏は声を震わせながら師直を見やった。
 師直は満面に不敵な笑みを浮かべ、
「先の帝であらせられた光厳院のお血筋をお選び、新たな帝をお立てになられば宜しかろう」
 何気なく言った師直のこの一言で、事態が思わぬ方向に動き出すことを当の本人も、今は気付いていない。

 鎌倉に居座ったまま一向に動く気配のない尊氏に対し、痺れを切らした後醍醐天皇が先に動き出した。
 十一月十八日に、尊氏は、
「新田小太郎義貞は君側の奸」
 であると、足利一門の細川和氏を通じて後醍醐天皇に訴えた。
 しかし、逆にこれを利用した義貞によって、尊氏は後醍醐天皇と朝廷に逆らう逆賊として訴えられる。
 翌十九日、後醍醐天皇は、第一皇子の尊良親王を上将軍として新田義貞に伴わせ、足利尊氏追討の綸旨を出した。更に後醍醐天皇は官軍の証として、義貞に錦の御旗を与えた。 
 この一報は、雑色の善助によって直ぐに鎌倉にいる道誉の許に伝えられた。
「我らは賊軍となったか……」
 感慨深げに言うと、道誉は初冬の荒れた鎌倉の海を見やった。
 吹き荒ぶ風に煽られ、白波が立っていた。
 荒れ狂う海を一瞥すると、道誉は市街地に向かって歩き始める。向かう先は、主君と決めた足利尊氏が籠る新築の館だ。
 新邸の門を潜り、道誉は家人の案内で尊氏が隠遁する奥の書院に足を運んだ。
 尊氏は、鎌倉に入ってからまた例の気鬱の病が出て、近頃では全く無気力のままであった。
「上様、佐々木佐渡判官でござる」
 と道誉は名乗って、尊氏に目通りを願い出た。
「今日は誰にも会いとうない。下がれ」
 尊氏は陰鬱な声で言った。
「されど、一言だけ言上仕る」
 と断りを入れてから、道誉は口を開いた。
「我が手の者よりの報せによりますれば、去る十一月十九日、主上の勅を賜り、一宮尊良親王様を上将軍として新田左兵衛が京を発ち、この鎌倉に向かっております。これにて我らは賊軍となり申した」
「……そうか。それがどうしたと申すのじゃ」
 尊氏はまるで他人事のように言った。
「上様っ!」
 道誉は叫んだ。
 しかし、尊氏からは何の返答もなかった。
 吾は仕えるべき主を間違えたか……。
 心中穏やかならない道誉は嘆息を吐き、足利邸を後にした。
 見上げた冬の空には、薄墨を流したような暗澹たる雲が垂れ込め、冷たい雨を降らせていた。
 この先、道誉は自分がどこへ向かうのか、またどこへ向かうべきなのか、全く見当が付かなかった。
 勝色と海老色の直垂が冷たい雨に濡れていた。
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