道誉が征く

西村重紀

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第六章

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 厳冬の冷たい風が吹き荒れ、大鎧を纏った道誉の頬を殴り付ける。
 二引き両の陣幕を捲り上げ、足利本陣に入ると、
「上様は」
 と、道誉は直義に尋ねる。
「兄上は、未だ扇ガ谷の浄光明寺に籠ったままでござる」
 床机に腰かけたまま、直義はかぶりを振りながら答えた。
 正面上座に据えられた床机は空席のままだ。
「殿は、帝に対し、歯向かう意思がないことを表すために、謹慎なさっておられるのでござる」
 足利家家宰の師直が憮然と言った。
「どうぞ」
 足利家の家人が気を利かせ、道誉に床机を用意した。
「忝い」
 一礼して、床机に腰掛け、
「されど最早ことは決した。主上は我らをご新政に歯向かむ賊軍として追討の勅許を出された」
 今更、浄光明寺に籠っても手遅れであると、暗に述べるかのように言うと、道誉は鼻を鳴らした。
 言葉では、尊氏のことを上様と呼んで敬ってはいるが、内心は違う。煮え切らない尊氏の内向的な性格に呆れていた。
「して、佐々木殿は如何なさる」
 直義は道誉の顔を見据え尋ねる。
「知れたことよ。官軍相手に一戦交えるだけのこと」
 道誉は低い声で言うと、直義の鳶色の眸を凝視した。
「ならば斯様な軍議は無用っ、我らは直ちに出陣致しましょうぞっ!」
 床机から立ち上がると、師直は興奮気味に捲し立てた。
 坂東一円から集まった足利に味方する武士は二十万を超えていた。一方、京を発した新田義貞率いる官軍は六万七千ほどだ。数の上では足利勢が圧倒的優位な状況だった。しかし、東山道から洞院実世に率いられた追討軍が鎌倉に向かっており、また奥州の北畠顕家も足利征伐の軍勢を率い立ち上がった。

 建武二年(一三三六)十一月二十五日、三河国矢作川を挟んで、新田勢と足利勢両軍が対峙した。矢作川の戦いである。
 京方新田勢一万九千騎に対し、一万足利勢は凡そその倍近い三万六千騎であった。
 足利勢を率いるのは、尊氏の弟直義ではなく、足利家家宰の高師直、師泰兄弟だ。
「錦の御旗か……」
 師泰は重たい瞼を瞬かせ、対岸につ菊の御門が入った御旗を凝視した。
「臆したか」
 師直が問う。
「いいや」
 師泰はかぶりを振った。
「総懸かりじゃぁーーーーっ!」
 全軍を指揮する師直は、馬上から軍配を振って下知した。
 数の上で勝る足利勢の優勢かと思われたが、いざ戦端を開いてみると話は違っていた。
 緒戦で優勢に戦ったのは京方新田勢であった。錦の御旗を見た足利方の諸将の中には、賊軍、朝敵の汚名を受けることを嫌って戦意喪失する者や、官軍に投降する者もいた。
「怯むなっ、押せっ! 押し出せっ!」
 師直は唾を飛ばしながら、全軍に指示を出した。
「皆の者っ、ここが正念場ぞっ!」
 奮起する師直に、馬を寄せ、
「兄者っ、ここは一旦引いた方が得策じゃ」
 と師直の弟師泰が進言する。
 師泰は、高家に伝わる記録『高階系図』では、師直の妾腹の兄とされている人物であるが、『園太暦』では師直の舎弟と記されいる。因みにこの『園太暦』は、阿野廉子の養父洞院公賢の日記である。この小説では、師泰を師直の弟として扱う。
「ここで我が引けば、勢いに乗った敵が鎌倉にまで押し寄せるぞっ」
「されど、討死などしては元も子もない」
 高兄弟が戦局を占っているいるところに、黒毛の駿馬に跨った道誉が現れた。馬も人も吐く息が荒い。
 道誉は第二陣を任されていた。
「高殿に、言上致すっ! 既に勝敗は決した。速やかに退かれるが得策でござるっ!」
 道誉は大音声を発した。
 彼が身にまとう大鎧の大袖、鍜には敵の矢が突き刺さっていた。まざまざと前線での戦闘の凄まじさを物語っている。
「兄者っ!?」
 師泰が兄師直を見やった。
「相分かった退こう」
 師直が項垂れながら言った。
 高師直が率いる足利勢は、初戦で京方新田勢に敗北した。
 高勢の敗走を知った直義も、足利本隊を遠江国まで引いた。

 十二月三日。
 遠江と駿河の国境に近いところに足利の本陣が布かれていた。
 二引き両の幔幕をたくし上げ、大鎧を纏った道誉が本陣に入った。辺りを見回すと、憔悴しきった表情の直義以下足利一門の面々が床机に腰掛けていた。
「佐渡殿か」
 と直義は道誉に言った。
「鎌倉へ使いは?」
 道誉が尋ねると、
「送ったが兄上からの返答はない」
 かぶりを振りつつ直義が答える。
 道誉は嘆息を吐いた。
「陣を駿河の安部川まで引き、そこで新田勢を迎え撃とうかと」
 足利一門の細川蔵人頼春が道誉に告げた。
「安部川まで退く?」
 道誉は訝しげに小首を捻った。
「佐々木殿にご不満か」
 吉良三郎義満が怪訝そうに眉を顰める。
「もし仮に、安部川で官軍に敗れたりすれば、我らには後がござらぬぞ」
「負けるなどと、何と弱気なことを申されるのじゃ佐々木殿はっ!?」
 カッと目を剥いて義満が道誉に喰って掛かった。
「皆、錦の御旗を見て朝敵になることを恐れている。我らが息んでも兵共が動かねば話にならんっ」
「御旗など恐れるに足らずっ!」
「まあまあまあ、落ち着かれよ方々」
 と師直が割って入った。
「先ほども申した通り、我らは安部川まで退き、そこに陣を布き、新田率いる官軍を迎え撃つ」
 大将の直義は道誉に向かって、先ほど軍議で決定した事柄を伝えた。
「然様か、ならば吾があれこれ申すことはござらぬ。方々のお好きになされよ」
 低い声で言うと、道誉は床机に腰掛けることなく、足利本陣を離れることにした。
 陣幕の外に出てた瞬間、冷たい風が吹いた。
 道誉は冬の夜空を見上げた。
「この戦、我らの負けじゃ……」
 道誉は南天に浮かぶ参宿(オリオン座の三ツ星)を見上げなら憮然と呟いた。
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