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序
二
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そして今、すべてが終わった。
秋霖は血と灰に染まった衣を脱ぎ捨て、身支度を整える。復讐を終えた主君の代わりに、彼がなすべきことがまだ残っている。
秋霖が都に参内すると、すぐさま侍衛に取り押さえられ、玉座の間に突き出された。文武百官が並び立つなか、彼は玉階の上に坐す皇帝の前に引き据えられ、膝をつき額を床に押しつけられた。
「潘将軍を討ったのは貴様らか! この大逆人が!」
皇帝の怒声が響き渡る。玉座の間の空気が一瞬で凍りついた。だが秋霖はその怒りにひるむことなく、静かに顔を上げて澄んだ声で応じた。
「陛下、どうか最後にお聞き届けください」
その声に怯えはなく、ただ事実を伝えようという静かな決意だけがあった。
「凌虎渓と私は、北彊の進軍の報を受け、兵を率いて国境へと向かいました。実際は潘将軍によって仕組まれた謀略でありました。とはいえ、北彊が朝廷の混乱を見て動き出したのは確かです。今頃はすでに五十万の兵を集めているでしょう」
「五十万だと?!」
臣下たちがざわつき始める。秋霖はなおも冷静に、国境の状況と軍の配備、現地の戦略的な要所について詳細に語った。
そして、凌家が賜っていた虎符と共に、内容を記した書簡を太監に渡すと再び頭を垂れる。
「陛下。一族を殺された凌虎渓が、恨みにかられ潘将軍を討ったのは事実であり、罪に問われて然るべきこと。ですが、私が申し上げた状況はすべて事実です。北彊は必ず年内に進軍してまいります。どうか、我が寧国の民をお守りください」
その言葉は、てっきり「凌家は無実であった」と冤罪を訴えるものと予想していた皇帝の虚を突いた。宮廷に沈黙が落ちる。
凌家は代々北彊との国境を守り続け、一度として進軍を許したことはなかった。新皇帝は皇位継承の折に、国の砦である凌家に対して強引に手を打つことはしてこなかった。
だが、潘将軍が政敵を討つべく独断専行したことで、逆賊の汚名を着せるほかなくなった。結果、虎渓は激怒し、潘将軍を討ったのだ。
その復讐の果てに、凌家も潘家も潰え、寧国の軍事力は大きな損失を被ることとなった。
顧家もまた、凌家を支えてきた名門である。今この場に跪く秋霖も、惜しむべき逸材に違いなかった。
沈黙を破るように、ひとりの文官が声を上げる。
「陛下、顧秋霖は北軍の将でありました。罪は罪として裁くべきにせよ、彼の知見は北彊との戦に必ずや役立ちましょう。虎符の返還に免じ、歩兵として従軍させるのも一策かと存じます」
すぐに反対の声も上がる。
「しかしながら、大逆の罪は重い。命惜しさに口から出まかせを申しておるだけかもしれません」
玉座の間は再びざわつき始めた。
その中で皇帝はしばし秋霖を見つめていた。彼の言葉に私心はなかった。ただ、国の安寧を願う言葉を述べている。いやそれすらも、もはや彼にとって重要ではないのかもしれない。
秋霖は最初から、命を差し出す覚悟でこの場に来たのだ。恩赦を望まず、新皇帝に忠誠を誓うこともなく、ただ一つ、主君の遺志を伝えるために。
皇帝は右手を軽く上げ、ざわめく廷臣たちを黙らせた。
「顧秋霖。最後に、言い残すことはあるか」
秋霖は静かに頭を下げたまま答えた。
「……ございません」
そのまま、彼は処刑場に連行された。
そこで秋霖は膝をつき、首を晒す。冷たい風が吹き抜ける中、彼の唇が微かに動いた。
「――虎渓」
心の中でただひとつ、最期に呼んだのは亡き主君の名だ。
秋霖が目を閉じると、剣が振り下ろされた。
秋霖は血と灰に染まった衣を脱ぎ捨て、身支度を整える。復讐を終えた主君の代わりに、彼がなすべきことがまだ残っている。
秋霖が都に参内すると、すぐさま侍衛に取り押さえられ、玉座の間に突き出された。文武百官が並び立つなか、彼は玉階の上に坐す皇帝の前に引き据えられ、膝をつき額を床に押しつけられた。
「潘将軍を討ったのは貴様らか! この大逆人が!」
皇帝の怒声が響き渡る。玉座の間の空気が一瞬で凍りついた。だが秋霖はその怒りにひるむことなく、静かに顔を上げて澄んだ声で応じた。
「陛下、どうか最後にお聞き届けください」
その声に怯えはなく、ただ事実を伝えようという静かな決意だけがあった。
「凌虎渓と私は、北彊の進軍の報を受け、兵を率いて国境へと向かいました。実際は潘将軍によって仕組まれた謀略でありました。とはいえ、北彊が朝廷の混乱を見て動き出したのは確かです。今頃はすでに五十万の兵を集めているでしょう」
「五十万だと?!」
臣下たちがざわつき始める。秋霖はなおも冷静に、国境の状況と軍の配備、現地の戦略的な要所について詳細に語った。
そして、凌家が賜っていた虎符と共に、内容を記した書簡を太監に渡すと再び頭を垂れる。
「陛下。一族を殺された凌虎渓が、恨みにかられ潘将軍を討ったのは事実であり、罪に問われて然るべきこと。ですが、私が申し上げた状況はすべて事実です。北彊は必ず年内に進軍してまいります。どうか、我が寧国の民をお守りください」
その言葉は、てっきり「凌家は無実であった」と冤罪を訴えるものと予想していた皇帝の虚を突いた。宮廷に沈黙が落ちる。
凌家は代々北彊との国境を守り続け、一度として進軍を許したことはなかった。新皇帝は皇位継承の折に、国の砦である凌家に対して強引に手を打つことはしてこなかった。
だが、潘将軍が政敵を討つべく独断専行したことで、逆賊の汚名を着せるほかなくなった。結果、虎渓は激怒し、潘将軍を討ったのだ。
その復讐の果てに、凌家も潘家も潰え、寧国の軍事力は大きな損失を被ることとなった。
顧家もまた、凌家を支えてきた名門である。今この場に跪く秋霖も、惜しむべき逸材に違いなかった。
沈黙を破るように、ひとりの文官が声を上げる。
「陛下、顧秋霖は北軍の将でありました。罪は罪として裁くべきにせよ、彼の知見は北彊との戦に必ずや役立ちましょう。虎符の返還に免じ、歩兵として従軍させるのも一策かと存じます」
すぐに反対の声も上がる。
「しかしながら、大逆の罪は重い。命惜しさに口から出まかせを申しておるだけかもしれません」
玉座の間は再びざわつき始めた。
その中で皇帝はしばし秋霖を見つめていた。彼の言葉に私心はなかった。ただ、国の安寧を願う言葉を述べている。いやそれすらも、もはや彼にとって重要ではないのかもしれない。
秋霖は最初から、命を差し出す覚悟でこの場に来たのだ。恩赦を望まず、新皇帝に忠誠を誓うこともなく、ただ一つ、主君の遺志を伝えるために。
皇帝は右手を軽く上げ、ざわめく廷臣たちを黙らせた。
「顧秋霖。最後に、言い残すことはあるか」
秋霖は静かに頭を下げたまま答えた。
「……ございません」
そのまま、彼は処刑場に連行された。
そこで秋霖は膝をつき、首を晒す。冷たい風が吹き抜ける中、彼の唇が微かに動いた。
「――虎渓」
心の中でただひとつ、最期に呼んだのは亡き主君の名だ。
秋霖が目を閉じると、剣が振り下ろされた。
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