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Episode16

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食堂から重い気持ちのまま庭園に出ると、そこには沢山の花が咲いていた。

歩きながら見つけた中央にあるガゼボに向かう。

少しだけ、一人になりたかった。

役に立たない自分も嫌だし、守られてばかりで迷惑をかける自分も嫌だ。

でも、今一番考えてしまうのはその事じゃない。

さっきの食堂で"家族"というものを久しぶりに見て、羨ましいと思ってしまった。

私にはもういない。この世界にもいない。二度と手に入らないものだ。

「……いいなぁ…」

ザァァァァァ…

風が強く吹く。

「どうしたの?」

サラサラと揺れる髪で前が見えない。

「え?」

温かくて小さな手が優しく私の髪を耳にかける。

目の前にはまだ身体中の骨の形が浮いて見える華奢な女の子。

服も誰も着替えさせられなかった為、ぼろぼろの布切れ一枚だけだ。

「え!!?」

「?」

女の子はげっそりとした顔をかしげる。

本来ならときめくところだが、今はそれどころではない。

「どうしてここにいるのですか!?寝ていないとまだ体調も全然良くなっていないのですよ!?」

「…悲しい風が吹いてたから」

「悲しい風?」

「そう」

「どういう事ですか?」

「あなたの心」

「私の……」

「どうしたの?」

「いえ、何でもありません。ご心配をおかけしたようで申し訳ありません」

「嘘、すぐ分かる」

「………」

イフリータって心が読めるの?というか、感じ取れるって事?

「そう」

「え!!?」

「そういうこと」

「今、私の心を読んだのですか?」

「聞こえた」

「それは、聞こうとしていなくても聞こえる、という事ですか?」

「違う。聞きたかった」

「え?」

「私が聞きたいと思ったから聞こえた」

「どうしてですか?」

「?」

女の子はまた首をかしげる。

「どうして私の心の声を聞きたいのですか?あまり良い事は考えていませんよ」

自分で言いながら苦笑してしまう。

「そういう顔、だめ」

そう言って私の頬を両手でつねる。

「…へ?」

「そういう顔はしなくていい」

「………」

「そういう顔もだめ」

女の子は全然頬の手を離してくれない。華奢な手にしてはなかなかの力だ。

私は両手を上げて降参のポーズをとった。

やっと手を離してくれた女の子は、初めてそこで弾けるような笑顔を見せる。

やばい。何か泣ける。本当に生きてるんだ。生きててくれたんだ…良かった……

「…きれい」

「え?」

「きれいな心。私には見える。人間の心が。ここにはきれいな心しかない。とてもすてきなところ」

「そうですね。私もここの方々にはとてもお世話になっています」

「私も」

「はい。皆さん近づけなくてもとても心配していました」

「違う」

「え?」

「私はあなたに助けられた」

「いいえ。私には何の力や能力もありません」

「力が、ない?」

「はい」

すると女の子はじーっと私の頭の先からつま先まで見つめる。

「……そっか」

「はい」

「でも、ありがとう」

女の子は笑顔でお礼を言ってくれる。

否定したいけど、嬉しいからやめよう。ずっと、この笑顔を見ていたい。

「いいよ」

「え!?また私の心を読んだのですか!?」

「聞こえた」

「恥ずかしいです…」

思わず手で顔を覆う。

「大丈夫」

女の子は私の手を退けて顔を覗き込みながら言った。

「名前が欲しい」

「名前?」

「そう」

「名前がないのですか?」

「そう」

「でも、私が付けてしまって良いのでしょうか…ヘルック様達の方が良いのでは…」

すると、女の子は私の両手を自分の両手でぎゅっと握る。

「あなたがいい」

「ですが……」

「はやく」

ええ…どうしよう…いいのかな、勝手に……

「大丈夫」

「うーん……分かりました」

握られている両手が温かい。冷めきった心を溶かしてくれるように少しずつ私の中にこの女の子が入ってくるみたいだ。

「じゃあ……『コア』」

え!?何!?

名前を言うと、女の子の体がゆっくりと宙に浮き、光に包まれていく。

少しして光の中から現れた女の子は見違える程姿が変わっていた。

骨が浮き出た体は程よく肉がついて健康的になり、ぼろぼろの布切れだった服も綺麗な白のワンピースになっていた。

一番目を引いたのは、髪だった。

肩ほどまでだった緑色の髪は腰まで伸び、私と同じ銀髪になっていた。
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