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しおりを挟む「 …別に嫌いじゃないってことだ。 」
僅かな間が恐ろしいけれど、嫌いでは無いと呟いた言葉に、少しだけ心の中で安堵した。
「 それじゃ、湊。後は頼む…何かあれば、また連絡なりしてくれ。俺は仕事に戻る 」
「 畏まりました。行ってらっしゃいませ 」
「 あ、あの…えっと…行ってらっしゃい…。お仕事…頑張ってください 」
私に言えるのはそれだけだったけれど、玄関を出る寸前に見せた、彼の笑みは今日一日の中で見たどんな表情より、柔らかいものがあったと思う。
それだけ、自然に微笑んでくれた…。
「 あの様子だと、早々にもう一度お会いするでしょうね 」
「 嫌われて、無いのなら…いいんでしょうか? 」
「 初めから嫌われていませんよ。麗菜様が…獣人であれ、人間であれ。今後も嫌う事はないでしょう 」
如何して、そこまで言えるのだろうか。
そして、然りげ無く新しい名を呼んでくれた事に、彼が教える前言わない様にしてただけで、
彼自身は先に知ってたのだろう。
共通の"な"が付くようにしようとでも、
話し合っていたのか…。
分からないけど、"貴女様"と呼ばれるより、
心地がいい。
「 そう言って貰えて、嬉しいです。後…その名前、沢山呼んでくれますか? 」
近寄れない距離と壁を設けていた彼が、ほんの僅かに歩み寄ってくれた気がするから、私も我儘を言ってみた。
「 あ……、そうですね 」
少し驚いた様子で瞳孔を開いた彼は、緩く頷き、自らの胸元へと黒手袋をした右手を添えた。
「 沢山、お呼びしましょう。麗菜様。改めて、父としても頼ってくれて構いませんからね 」
「 ありがとうございます…。嬉しいです…! 」
実の父親でも、家族でも無いけれど…。
頼ってくれて構わない。と言ってくれた言葉は、嬉しかった。
「 あ、れ…… 」
ふっと、頬に伝う雫に気付き、戸惑う様に両手で目元を拭き、不器用に笑う。
「 おかしい、ですね…。嬉しいのに、なんか…泣けてきて…。今迄ずっと…自分でやらなきゃ、頑張らなきゃって思ってたから…頼っていいとか、言ってくれると、嬉しくて…… 」
嬉しいのに、何故か辛くて…苦しくて。
その感情に戸惑ったまま子供の様に涙を流すと、彼は胸元から白いハンカチを取り出し、そっと頬に添え、渡してきた。
「 ……此れは、本当は…許されてはいませんが、今だけはその禁止事項を破りましょう 」
「 っ……! 」
独り言の様に呟いた彼は、私をそっと抱き締めると、胸元へと顔を押し当てさせる様に後頭部に触れ、優しく撫でたんだ。
「 此処に来てからずっと、泣いていなかったので…我慢してると思っていました 」
「 ……!! 」
「 よく、今迄我慢して、頑張って来ましたね。もう…生きる事に、無理をしなくていいんですよ 」
初めて会った時から、優しい声と対応で接してくれた。
傷ついた心を壊さないよう…。
まるで、壊れ物を扱うように…。
その言動が、嬉しくて…。
この一ヶ月の間、部屋から出なくても、飽きること無く過ごせたのは、彼のお陰でもある。
そしてやっと、出会った大富豪も…
私に幸せと自由を望んでくれる、怖いけど優しい人だった。
そんな彼等に巡り会えた事で、此れまで塞いでいた気持ちが、溢れたんだと思う。
「 ぅ、うっ……うっ、ぐ…… 」
「 沢山泣いていいんですよ。もう…貴女は、独りじゃないんですから。麗菜様には、私達が着いてます 」
子供の様に、声を上げて泣くことは無いけれど、
溢れ出る涙を止める事は早々に出来なくて、
長い時間、彼に縋りついて泣いてしまっていた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったのに、彼は嫌がることも、馬鹿にすることも無く、何処か笑ってハンカチで鼻先を拭いてくれた。
「 落ち着きました? 」
「 はぃ……ありがとうございます… 」
しょんぼりとしてる私に、彼は床に両膝を付き、そっと片手を掴んで、持ち上げた。
「 それは良かった。もう少し…気持ちも落ち着いたら…一緒に、外へ出掛けて見ませんか? 」
「 外…ですか……? 」
「 はい。まずはこの周りを散歩でも致しましょう。夕暮れ時の…涼しくなった時間帯など如何ですか? 」
視線を上げ、彼の頬を見ると赤くなってるから、出掛けなければまた叩かれてしまうと思い、目線は落ちる。
「 そうですね…。余り引き篭もっていると…みなとさんが、また叩かれてしまいますね… 」
「 いいえ、それは関係ありませんよ 」
「 どうして…ですか? 」
獣の耳を後ろに下げ、鼻先をすんっと鳴らして見上げると、彼の反対の手は頬へと触れてきた。
「 無理矢理、連れ出す事はやろうと思えば出来ました。ですが…其れをしなかったのは、私の自己判断なので、麗菜様は関係ありません。美容院なんて行きたい時に行けばいいんです。無理矢理連れて行かれ、好きでもない髪型にされる方が気が滅入るものです 」
「 たし、かに…… 」
「 それにですよ!? 」
私が弱味を見せた事で、彼からの距離感も少し減ったみたいで、獣の形に触れていた手を上下に動かしては、何処か力強く言葉を続ける。
「 あの人が、連れ出せば良いだけだったんです。我々に全部お任せして、酷いと思いません?麗菜様も、やっと会えたと思いましたよね!? 」
「 そ、そう…ですね…… 」
ごもっとも過ぎて、言葉に圧巻されていると、彼は気持ちを落ち着かせるように一つ息を吐き、私を見詰めてきた。
「 ですが…。実那斗様なりの気遣いだとご理解下さい。買った本人が早々に会えば、今日よりもずっと身構えてしまいますよね? 」
「 あ……。確かに、そうかも…… 」
もし、此処に来て直ぐに会えば…。
私は殺されるのではないのか、
身体を求められるのでは…。
そう思って警戒して、身構えると思うから…。
一ヶ月という期間が空いた方が、会わなかった分、どんな人が気になって、近づけたのかも知れない。
「 ですので…実那斗様は、貴女様に沢山の当たり前の事をして、この家や生活に馴染んで会いたかったのだと思います。その馴染むことを…敢えて止めていた私が叱られても…仕方ありませんよ 」
肩を竦めて笑った彼に、実那斗さんが言っていた言葉を思い出した。
この一ヶ月の間、美容院やネイルサロン、エステなんかも行って良かったらしい。
それをさせないで、見窄らしい格好は如何してなのか…。
彼はきっと、私が今まで出来なかった、美容について、してあげたかったんじゃないだろうか。
「 えっと、それなら…私、散歩してみたいです! 」
「 お散歩ですか? 」
「 はい、実は…… 」
もし、私なりに…。
私がしたかったことをしてもいいと言うなら、
それは、ずっと仕事ばかりで出来なかったことだ。
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「 一度でいいので、泥だらけになって、掛け走りたいです!! 」
「 ふふ…もちろん。沢山、遊びましょう 」
「 ふぁ!!はいっ!! 」
小さい頃から、汚れるから他の子と遊んではいけないと言われていた。
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まずはそれから、やってみたかったんだ。
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