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05 大富豪と対面
しおりを挟むここに来てすぐに、毎日の様に手渡される現金30万を何処に仕舞っていればいいか分からず、
執事さんに任せて、新たな通帳を作ってもらうことにした。
そこからは銀行の方に直接振り込まれてるらしく、
週に一度通帳記入の際に、その金額を知ることになったけど…。
本当に30万が、毎日振り込まれてると知った時は、動揺が隠せなかった。
其れでも、ここに一番よく来る執事さんの日給に比べたら少ないと笑っていたのだから、どれだけ大富豪は、稼いでるのかと気になるほど。
そんな超々お金持ちの大富豪と、いつ会うのかと聞いたところ、その方はとても忙しいから、中々会いに来れないらしい。
でも、会いたいと思ってくれている…。
そう話を聞いていたから、少なからず楽しみでもあった。
けれど……。
「 おい……。湊 」
「「 !!! 」」
初めて聞いた、この執事さんの名前。
それに驚くより先に、彼は右手を振り、手の甲で執事さんの頬を引っ張いた。
流石に、驚いたのだろう。
執事さんは目を見開き、赤くなった頬に指先を滑らせていると、彼の手は胸ぐらへと移動したんだ。
そして、さっきの話に戻る。
「 本当に、私が…呼んでみただけです!なんて、お呼びしたらいいか…分からなかったので…。だ、だから…執事さんが、呼べとは…言ってません! 」
この一ヶ月、とても親切にしてくれていた執事さんが、叩かれる必要なんて無い。
本当は、すごく怖いけど…。
彼を止めるしかないと思ったから、懸命に話すと、その視線は私をじっと見詰めては、執事さんへと向けられた。
「 …俺への呼び方を教えてなかった、御前の責任でもあることを忘れるなよ 」
「 ……はい、重々承知しております 」
胸ぐらを掴んでいた手はやっと解かれ、執事さんは燕尾服の襟元を軽く整えては、何食わぬ顔で私の方へと向き直し、片手を男性へと向けた。
「 改めて…。貴女様を御迎え致しました…。金鈴院 実那斗様です 」
「 みな、と…様? 」
苗字は、聞き覚えもなく言い辛い名前だったけど、下の名前は何方かと言えば馴染みがあるから、小さく口に出して言うと、彼は眉に力が入り、眉間に皺が寄った。
「 別に様付けは必要ない。実那斗で構わない。お前にだけ許可を出す 」
「 えっ、ですが…私を買ってくださったので 」
「 許可を出すと、俺が言ったのにか?」
「 すみません……み、みなと…さん 」
流石に呼び捨ては出来ないから、さん付けで言い直すと、彼はほんの僅かに怒っている雰囲気が薄れた気がする。
「 それならいい。立ち話をする気はない、少し邪魔をする 」
「 えっ、はい…( あれ、彼の家では? )」
何故…お客さんの様な言い方をするのか分からず、
頭に疑問符を浮かべたまま、彼の後ろを着いていき、リビングへと行く。
ソファの中央で堂々と座った彼は、まるでそこだけが玉座に思える様な錯覚をしてしまうぐらい、我が物顔で座っていた。
そんな彼の横に座ることが出来ず、床のカーペットへと腰を下ろそうとすると、彼は首を傾げる。
「 何故、床に座ろうとしている?御前は、此処だろ 」
「 えっ、と……はい… 」
彼が言ったのは、当人の右側。
そこに座る許可を得たのは疑問だけど、
触れ合う為に買われたのなら無理ないのかも知れないと、そっと腰を下ろした。
「 で、この一ヶ月。部屋から出なかったみたいだが…少しは気が休まったか? 」
「 そう、ですね……。はい、凄く…リラックス出来ました 」
今、貴方に会ったことで、
この一ヶ月の間に経験したリラックス効果が、
全て無効になるぐらい緊張してるけど…。
其れでも、後半には気を休めるようにはなっていたのは事実。
「 ならいい 」
「 ……はい 」
私が落ち着いたかどうかを確認したかっただけなのだろうか…。
いつの間にか二人分の紅茶を、私達の手元に置いた執事さんの顔を見ると、彼の頬は明らかに腫れていた。
相当な力で叩かれてしまったことに、申し訳なく思う。
「 まぁ…出るのは、もう少し落ち着いてからでもいいが、今日来たのは…ある報告をしに来た 」
「 報告……? 」
「 御前、戸籍が無かっただろ。だから新たに作った 」
「 作った……? 」
彼は、スーツの上着ポケットから、四つ折りぐらいにされた紙を取り出して広げると、それをローテーブルの上へと置いた。
目線を落として見ると、私の戸籍らしい。
「 嗚呼、御前は孤児院に居た里子と言う形にし、里親を新手に決めた 」
「 里親…ですか? 」
「 取り敢えず、表向きの戸籍があればいいと思い、適当に此奴にした 」
「 こいつ………え!!?? 」
ここ数日の中で、一番驚いた。
親指を向けた彼の指を目で追えば、そこには顔馴染みになってる執事さんがいるじゃないか。
彼は、驚いてる私の反応を見て、笑みを向けてきた。
「 神樹 湊。戸籍上、御前の里親であり父親だ。そして、御前の名は…新たに、神樹 麗菜、だ 」
「 れいな…? 」
「 麗しい菜の花と書いて、麗菜。ついでに、俺達の共通点として…"な"を入れてみた。悪くねぇだろ 」
母親ですら、殆ど名を呼ばなかった過去の名。
けれど、今度は…彼等が新たに呼んでくれる、
それだけで嬉しく思えた。
「 とても…いい名前ですね。私には…勿体無いぐらい…。麗菜…うん、素敵です 」
自分の名を噛みしめるように頷くと、彼は少しばかり口角を上げた。
「 そうだろ。御前は綺麗な金の髪をしてるからな。菜の花によく似ている 」
「 地毛を、褒めてもらえて嬉しいです… 」
学生の頃は、多くの者に染めてると言われてたけど、元々ハーフだった私の特徴的な髪。
父ではなく…
実の母が、この国の人ではなかった証拠だ。
「 あ、えっと…。里親に、なって下さっていいのですか? 」
ハッとしてから、近くに立ってる執事さんに問えば、彼は目線だけで頷いた。
「 えぇ、もちろん。お役に立てるなら、形程度の里親など、いくらでもなりましょう。もちろん、本当の父の様に頼ってくれても宜しいのですよ? 」
「 それは、その…申し訳ないので…遠慮します… 」
父親が居なかったから、
今更…父親として誰かを頼るやり方なんて知らない。
ましては、年齢がそこまで離れてない男性を、
父親なんて思えるはずがない、
「 その話は後でゆっくりしろ。俺から話すのは、戸籍が出来た事と…此れから御前がすることだ 」
「 は、はい! 」
そう言えば、私ってなんの為に…買われたんだろう?
その役目を、改めて告げられるんだと、
ちょっと緊張しながら、彼に向き合った。
薄い青味がかった瞳が私を見つめては、そっと手を伸ばし、長い横髪を一束掴むように触れてきた。
「 幸せになれ 」
「 え…… 」
「 お前が幸せになる為に、俺はお前を買った。これからの人生、自分の為に生きろ。俺が買った目的は、それだけだ 」
「 え、ちょっと…待ってください。自分の為って、そんな… 」
急に言われても、分かるはずがない。
「 今はまだ難しいかも知れないが…此処では、誰も御前を否定しない。傷つけもしない。だから、自分のやりたいように生きろ。外に出るのも好きにしろ。今まで出来なかった事をしろ。分からないことは湊に聞いて頼れ。俺は只…それだけを言いに来た 」
「 そ、そんな… 」
スパン、スパンと言い放たれた内容は…
オークションで聞かされていた、どの結末にも当て嵌まらないものだった。
言うだけ言って立ち上がった彼が、玄関の方へと向かって行くのを追い掛けた。
「 待って、下さい… 」
「 なんだ? 」
どんな事を聞けばいいか分からず、いくつの質問の中で、
一番…気になることを聞いた。
どんな反応をされようとも構わない…。
それが、私が彼に聞きたかった問いなんだから…。
「 精密検査の結果を知ってるなら…知ってるはずです…。私に…幸せになれっていうのは…。私が、人間じゃないから…ですか? 」
視線を外そうとした彼の目が、床の方へと一点を見詰めた後、ちょっと驚いた顔でこちらを向いた。
それも、背後にいた執事さんも一緒に驚く様子を見て、頭の上でヒヨコが走り去った気がする。
「 あ……れ……。購入者の方って…検査結果、見ないですか…?え、私…てっきり……犬の獣人だから…高額で買われたのかと思ってました…。え… 」
この世界では、極めて希に獣人が存在する。
遥か昔の呪いかは、知らないけど…。
私は、生まれつき獣人であった。
実の両親は完全に人間だろうけど、その間にも獣人は生まれる。
知らなかったとばかりの二人の反応に、
私は墓穴を掘ってしまったことに、無意識に獣の耳と尻尾を出して、しょんぼりとしていると、
何故か実那斗さんは壁に頭を打ち付け、執事さんは口元に手を置き悶えていた。
「 100億以上の価値があるとは… 」
「 通りで…物凄く可愛がりたい訳ですね… 」
「 えっ、えっ…どういうこと、ですか? 」
驚きを通り越して、喜んでる雰囲気に戸惑うと、
実那斗さんの視線は、私の方へと向けられる。
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