(完)狂い咲きした桜のお礼

杏音-an-

文字の大きさ
2 / 2

後編

しおりを挟む




「……ねえねえ」

 開いている窓の外から、なんだか女の子の声が聞こえた。

 俺が花びらから窓の外に視線を移すと、銀髪の女の子がひょこっと上半身だけを出し、こちらの様子を伺っていた。


 んーーー


 ……誰ぇ?


 俺は思わず、目を細めた。

「ねえ、大丈夫?どうしたの?」

 その子はそんな俺に対して、心配そうな表情を浮かべて訊ねてきた。なんだか綺麗な子だなぁ。よく見ると銀色……というよりは白に近い色の綺麗な長い髪が風になびいて、太陽の光が当たりキラキラ輝いて見えた。

「ねぇったら!」

「あ。あぁ、ごめん。大丈夫だよ。ちょっとボールを顔面キャッチして気を失ってただけだから。えっと、その……君は?」

 俺がそう訊ねると、彼女はニコッと笑った。

「お礼」

「え?」

「お礼……と、お見舞いをしにきたの。それ」

 そう言って、彼女は桜の花を指差した。

「あぁ、これ……えっと、ありがとう。綺麗だね」

 俺がそう言うと、彼女は少し照れた表情を浮かべながら笑った。……かわいい。というか、俺は君が誰なのか聞いたんだけども。まぁ、いいか別に。お礼……もちょっとなんのお礼か分からないけど、まぁ、いいか別に。かわいいし。

 それから俺達はなんとなく会話を交わした。

 今日は天気がいいとか、天気がいい割にちょっと肌寒くなってきたとか、昨日徹夜したゲームの話だとか……本当、他愛ない話ばかりしていた。俺はまだ眠気が取れず横になり、寝ぼけながら話をしていた。

「……それじゃあ、もう行くね。ゆっくり休んで」

「ん……あ、なまえ……」

 俺がそう言いかけると、風が一気にぶわっと舞い上がりカーテンが大きく揺れた。あまりにも強い風だった為、俺は思わず目を閉じてしまった。そして目を開けた時には、もう彼女の姿はなかった。

 眠気の限界がきた俺は重い瞼を、そのままゆっくりと閉じていった。





「…………い……おーーい、柊ーおーーい」


 智也の声がする。うるせぇなぁ。

「おーい。おいってば、おーきーろー」

 智也はそう言いながら、俺の身体をゆさゆさと揺らした。

「……っん、なんだよぉ」

 俺は目を擦りながら瞼を開いた。

「やっと起きたか、全く。お前、顔面は大丈夫なんか?」

「ん~あぁ、もうバッチリ」

「なら、良かったよ。つか、お前さ~寝ながら何遊んでたわけ?」

「んあ?何のことだよ」

「いや、お前の枕元にある桜のことだよ。あー、しかもなんか枯れてるやつもあるじゃん」

「え、嘘!?」

 俺は思わず勢いよく身体を起こした。すると、確かに花びらが茶色に変色して、しおしおになっていた。

「あ~……ほんとだぁ。あ、でも大丈夫なやつもある」 

 俺はまだ綺麗な桜の花がついた枝を手に取った。あれ、これなんだか見覚えがあるような……

「お前、それどうしたの?」

「いや、なんか、さっき女の子がお見舞いにくれたんだよ。知らない子だけど」

「へぇ……ん?でも俺、体育終わってからすぐにここへ来たけど、女子となんてすれ違わなかったぞ」

 智也はそう言って、少しだけ首を傾げた。

「いや、窓の外からきたんだよ……」

 ……ん?あれ?

 俺は自分で言っていて違和感を感じた。

「……窓の外……?」

 智也は更に首を傾げた。

「「ここ2階だよな?」」

 俺たちはお互いに目を合わせながら、同時に口を揃えた。


 *****


 俺達は保健室を後にして、放課後、再び桜の木の元へ足を運んだ。

「夢見てたんじゃねーの?」

「んー……どうなんだろ」

 俺は適当に返事を返しながら、右手に持っていた桜の花がついている枝をギュッと握り締めた。

「……夢、だったのかな」

 そう呟き、右手に持っていた桜の枝を見つめた。

 あれ、そう言えば折られちゃって、昼間に立て掛けて置いた桜の枝が見当たらない。やっぱり、彼女がくれたこの桜の枝って……そう思った瞬間、ブワッと風が舞い上がった。

「………ありがとう」

 風が舞い上がったと同時に、頭上からあの彼女の声が聞こえた気がした。

 俺は驚いてすぐに上を見上げた。頭上では、白く、太陽の光でキラキラとしている桜が風になびいていた。その光景は、何故かあの彼女の髪色と重なって見えた。

「……こっちこそ、ありがとうな」

 俺は桜を見つめたまま、少しだけ微笑んでそう呟いた。

「ん?誰に言ってんの?」

 智也が隣で、不思議そうな表情を浮かべながら訊ねてきた。それに対し、俺は人差し指を口元に当てて「内緒」とだけ告げた。

「……あ~あ、俺卒業したらホワイトアッシュにでも染めようかなぁ」

「は。なんだよ、突然」

「ないしょだよ~!」

「……変な奴ー」

「うるせぇなぁ。さ、もう帰るべ帰るべ」

 そう言って俺は、桜の木彼女に背を向け歩き出した。

 この桜は家に帰ったら、花瓶に水を入れて指しておかないとかな。後でちゃんと調べて、ちゃんと大事にしよう。そう思いながら、俺は桜の木の枝をぎゅっと優しく握った。



しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...