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第二章 学園生活始動
25 攻略対象達 ③
しおりを挟む場の空気が一気に凍り始める中、レイラ様はにっこりと微笑んだまま話を続けた。
「ドヤ顔で妾くらいにはしてやってもいい?え?何様のつもりですの?そんなふざけた言葉を囁かれても、世の淑女の皆様はトキメキませんわ。ま、一部の稀な性癖をお持ちの方には需要があるかもしれませんが。もう少し、そうね。女心というものを学んでみては如何です?」
「なっ!!お、お前はな~~ほんと~に昔からだな~~!不敬にも程があるぞ!この皇太子である俺様に向かっていつも!」
「あら、今更ですわね。私は殿下の婚約者として行動しているだけですわ。それに陛下ともお約束してますし。特に学園に入学を果たしたら婚約者として殿下の行動を諌めよ、と」
レイラ様がそう言うと、殿下は突然ハッと何かに気が付いたような表情を浮かべて、何故かニヤニヤとニヤつきながらレイラ様に近づいた。
「な、なんですの」
レイラ様は思わず一歩後ろへと下がった。が、次の瞬間。殿下はスルッとレイラ様の腰に手を回してグッと自分の身体にレイラ様の身体を密着させた。
「な!!」
驚くレイラ様をよそに、殿下は先ほどフローレス嬢にしたようにレイラ様の顎もクイッと持ち上げて顔を近づけた。先ほどよりも身体が密着してる分、今にも口付けをしそうなくらい距離が近い。……この糞野郎が。今にも殴り掛かりそうだ。しかし、平民の従者がそんな事できる筈もない。俺は拳をグッと握り締めて堪えた。
「ハッ婚約者としてねぇ。お前も可愛い所があるじゃないか。嫉妬心を抱くだなんて」
「……は?何、言って……」
「フッ誤魔化さなくてもいい。仕方ない奴だな」
殿下はそう言って瞼を閉じながら、自分の唇をレイラ様の唇に近づけていった。レイラ様は慌てて必死に逃れようとするが、がっちりと抱き締めている殿下の腕はビクりともしない。
「……ぃ、ぃや」
レイラ様がそう言ってぎゅっと瞼を閉じた瞬間、俺は「tonnerre」と小さく呟いて後ろで右手の親指と人差し指を弾いた。すると、殿下の顔面にバチィッ!と音を立てて電気が走った。
「い!!?いてぇ!!!!!」
殿下は悲痛な叫び声を上げながら、レイラ様の身体から離れた。そして俺はすかさず、レイラ様の両肩にそっと自分の両手を置いて自分の身体へと引き寄せた。
「ノァ……」
「大丈夫ですか、お嬢様。静電気でしょうか?春先は乾燥していますから」
俺は何食わぬ顔でそう言った。
「くそ!お前……魔法を使いやがったな!よくも俺様に向かって!!」
「魔法など使っておりません。恐らく静電気かと。それとも恐れながら殿下、何か証拠がおありでしょうか」
「な!この、ぬ、ぬけぬけと!!」
「おっと、もう始業の時刻ですね。お嬢様、参りましょう。皆様、それでは失礼致します」
俺はそう言って深く頭を下げて、レイラ様の右手をぎゅっと握り締めた。
「ノ、ノア……っ」
そしてそのままフローレス嬢に「行きますよ」と口パクをしながら、レイラ様の手を引いて歩き出した。フローレス嬢も慌てて頭を下げて俺達についていった。
「糞っ!!どいつもこいつも!」
「……殿下、私達も教室に参りましょう。遅刻になってしまいます」
「うるせぇ!俺はこのままサボる!」
殿下はそう言い放って何処かへと行ってしまった。そんな殿下に対し、シュバリィー様はやれやれとため息を漏らした。
「まったく……先に向かっていよう、ジャック」
「あぁ」
そしてお二人もそのまま教室へと向かい始めた。シュバリィー様は歩きながらフムと右手を口元に当てて、俺の後ろ姿をじっと凝視した。
(……ふーん。あれが噂の高位魔道師『ノア・マーカス』か。なかなかの魔力コントロールだな。彼もいささか興味深い)
そう思いながらシュバリィー様は面白そうに笑みを浮かべた。
*****************
「まったく……とんでもない目に合いましたね」
俺はふぅと安堵のため息を漏らした。
「本当ですね。まさか攻略対象に3人も会うだなんて」
「3人……これで攻略対象は私も含めて全部ですか?」
「いえ!もう1人いますよ!でも、もう今日は攻略対象は懲り懲りですけどね~」
フローレス嬢はそう言って苦笑いを浮かべた。
あと1人か……まったく、面倒くさいな。
「でもマーカス様、流石でしたね!皇太子殿下に対してあの余裕っぷり!!私、とってもスカッとしました!」
「いや、別に余裕じゃなかったですよ」
それはまあ、本音だ。昔から殿下に対して敵対心を抱いていても、平民の従者である俺が皇太子殿下に向かって喧嘩を売るのはやはり勇気がいるものだ。まあ、あのままただ黙って見てるだけなんてするわけないけど。
「え、そうだったんですか?レイラを連れ去る時だなんて王子様みたいでかっこよかったですよ!」
「大袈裟ですよ。俺はただの従者ですし」
「え~そんな事ないよね?レイラ」
「えっ!……そ、そうね。うん」
レイラ様は何故か動揺しながらそう答えた。どことなくお顔も赤いようだ。俺は一度立ち止まり、レイラ様のお顔を覗いた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
「っ!」
俺が顔を近づけると、レイラ様は上体を後ろへと下げた。そんなあからさまに離れなくても……まあ、ガッチリ手を繋いでおりますんで?これ以上は離れられませんけどね?
「ん~~?あ!ははーん、さてはレイラちゃん……」
フローレス嬢はそう言ってニヤニヤとしながらレイラ様にゴニョゴニョと耳打ちをした。
「もしかして、マーカス様に惚れちゃった?」
「っ!そ、それはずっと前から!って、そうじゃなくて、その……」
(さっきノアに身体を引き寄せられたとき、ノアの身体が背中に当たって後ろから抱き締められたみたいに感じちゃったなんて……言えないわよ!それに……)
「手を繋ぐの、久しぶりで、嬉しくて……」
「え」
俺は思わず聞き返した。
レイラ様はしまった!という表情を浮かべて左手で口を覆った。そしてカァと頬を紅く染めながら、ブンッと勢い良く俺の手を振り払った。
「も、もう!先に教室行ってるから!!」
そう言ってレイラ様は顔を紅く染めたまま、パタパタと走りながらその場から離れていった。
「あ!待ってー!走ったら怒られるちゃうよー!」
フローレス嬢はそう言いながら、レイラ様の後を追って走っていった。いや、お前も走るんかい。
というか、レイラ様……
「……か、可愛いすぎないか?」
俺は振り払われた右手で自分の口元を覆いながら呟いた。すると、後ろからクスリと笑い声が聞こえた。振り返ると、そこには金髪の可愛らしい顔をした美少年が立っていた。
「あ!ごめんね!なんだか楽しそうだったから」
「あ、いえ。騒がしくしてしまって申し訳ありません」
「ううん!そんな、大丈夫大丈夫!」
美少年はそう言ってニコッと微笑んだ。なんだかちょっと癒される人だな。俺がそんな事を思っていると、彼の後ろから声が聞こえた。
「……あ!リオくーん!」
「あ、今行くよ!それじゃあ、僕はこれで。引き留めてごめんね」
そうして彼は、そのままその場から離れていった。
あの方は……確かマードゥン子爵家の……まさか彼も攻略対象、なのか?
「……また、今度お嬢様に聞いてみるか」
俺はそう言って教室へと足を運んだ。
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