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第二章 学園生活始動
33 聖女候補 ②
しおりを挟む「あ、もしかしてニコル先生が仰っていた『魅了』の力……ですか?」
フローレス嬢にそう言われ、俺は静かに頷いた。
「魅了?そんな力、ヒロインにあるの?」
レイラ様は瞳をまだ潤ませたまま、顔を上げて訊ねた。うっ、俺はレイラ様の可愛さに一度顔を反らして咳払いをした。
「ゴホ……失礼しました。恐らくそのようです」
ニコル先生によると、フローレス嬢が水晶に触れた時に水晶を包み込んだあの白く眩い光……あの光を見た生徒の何人かが虚ろな目をして彼女をずっと見つめていたと……あの一番最初に聖女の発言をした彼もその一人のようだ。
聖女には聖なる魔力と『魅了』という力が備わっているらしい。本来聖女ほどの高い魔力を持っていれば、周囲に違和感を抱かれずに広範囲にその力を発揮できるみたいだが、フローレス嬢の場合まだ魔力が安定していない為、聖なる光を見た魔力が彼女よりも低い一部の者達がまるで中毒者のような信奉者と化すようだ。
その為、ニコル先生は授業を終えた後、歓迎の印と称して生徒全員と握手を交わし『魅了』の力を解除する魔法を掛けたそうだ。
「けど……自身の力をコントロールできるくらいまで魔力を上げなければいけませんね。ニコル先生が言うには、このまま中途半端に魔力が上がると、まるでフェロモンのように魅了の力を周りに撒き散らして『中毒者』を増やす羽目にもなるようですから」
「う……そうですよね。魔力上げ……あああああぁぁどんどん聖女ルートへと近づいていく……国王陛下にもニコル先生を通して聖女候補として報告されるみたいだし……うわぁ最悪だぁ。目立ちたくないのに。魔力上げなんてしたくないのに。私はただルウ様と、のんびりのほほんなハッピーライフを過ごしたいだけなのにいいぃぃぃ」
フローレス嬢はそう言って、頭を抱えながらうなだれている。ニコル先生はこの学園の教師であり魔法界を統治する『スルス館』の幹部だ。皆の前ではあくまでも聖女の候補に過ぎないと言っていたが、フローレス嬢はもう国にとって貴重な人材となった。ほぼ確定で聖女として育てるよう国王陛下から命が下るだろう。
しかし、この様子では聖女としての成長できるかどうか不安でしょうがない。それに、さっきも言ったがこのまま中途半端な聖女の力を持っていると、中毒者のような信奉者を増やし国の混乱を招く恐れだってある。
俺はふぅと息を漏らし、ゆっくりと口を開いた。
「フローレス嬢」
「あ、はい。なんでしょう」
「よく考えてみて下さい。ルウ様は侯爵家の御子息。その一方で今のフローレス嬢は何の肩書きも無いただの平民の小娘です」
「うっ!」
「そんな小娘がルウ様と本当に結ばれると思いですか?」
「ううっ!!」
「せめて私みたいに最高位魔道師という肩書きくらい持ち合わせないと釣り合いません」
「うううっ!!」
フローレス嬢は眉間に皺を寄せ、胸を押さえながら悶えた。しかし、ここで退くわけにはいかない。
「……フローレス嬢」
「うううぅ……な、なんでしょうか」
「私だって貴女を虐めたくて言っている訳ではありません。貴女の恋を応援したくて言っているんです」
俺は苦しむフローレス嬢を心配そうに慰めているレイラ様へと視線を移した。
応援したい……これは本心だ。俺と同じような身分の彼女を応援したい。俺だってあのお方と釣り合う男になりたくて、最高位魔道師上り詰めた。でも、まぁ……俺の場合、結局皇太子殿下の婚約者になってしまったけど。
「マーカス様……」
俺の視線の先に気が付いたフローレス嬢が小さく呟いき、そのまま少しだけ視線を落とた。
そして「私には聖女になる自信も度胸もありません」と言ってぎゅっと瞼を閉じた。しかし、すぐに頭を横に振り何かを決心したかのように顔を上げた。
「けど……けど、私もルウ様に釣り合う人になりたい!あの人の隣に立てる女になりたいです!!」
フローレス嬢はそう言って、強く真っ直ぐな瞳を俺へと向けてきた。そんな彼女の姿に対し、俺とレイラ様は思わず笑みを溢した。
「うん、頑張りましょう、アリス!」
「ええ、私も出来る限りのご協力は致します」
「……っ!おふたりとも、ありがとうございます!」
フローレス嬢はそう言って笑みを浮かべた。
この先どうなるかは分からない。しかし、今の彼女の様子であればきっと……俺に出来る範囲での協力は出来る限り努めようと思う。
「ま!その前にまずは明日の海鮮ね!」
「だーかーらーどうしてお嬢様はすぐ食べ物に話が移るのですか」
「なっ!ちょっと!いつもすぐそうなるみたいな言い方やめなさいよ!」
「え、違いましたか?」
「違うわよ!」
「あ、そうだ。それについてなんだけど……」
フローレス嬢は何かを思い出したかのように口を開いた。
「学園の食堂もなんだけど、やっぱりこの世界で海鮮丼が食べれるって変なんだよね。マードゥン様のマルセイル領では、天ぷらとか海鮮しゃぶしゃぶみたいな和食が食べれるって話してたし……マルセイル領に海鮮を食べに行く!なんて描写もイベントも乙女ゲームでは書かれてなかったんだよね」
「うーん。確かに、そうよねぇ。」
レイラ様は首を傾げながらそう言った。
まぁ、異国の料理がただ単に流れてきてるという線もあるが、あるいは__
「それか……マルセイル領におふたりのような転生者がもう一人いる、という事も考えられますね」
俺がそう言うと、フローレス嬢はこくりと頷いた。
「その可能性は十分あるかと思います。それに、ゲームではマードゥン様とルウ様もあんな風に仲が良いだなんて設定はなかったんです。多分、私達の知らない所で色々とシナリオが変わってきています。正直、今回とっても楽しみなんですが、マードゥン様の好感度を上げたく無いので、色々と慎重に動こうかと思います。あと特にレイラ!!」
フローレス嬢はそう言って、勢い良く右手の人差し指でレイラ様の事を指差した。
「ぅえっ!わ、私?」
「うん。あ、もしかして、レイラはリオルートの攻略はしてない?」
「う、うん。ネタバレとかもあんまり好きじゃなくてサイトも見ないようにしてた」
「そっか……あのね、実はリオルートはレイラも気を付けてほしいの。リオルートのトゥルーエンドでレイラがリオ……マードゥン様に毒殺される可能性があるから」
「「ど、毒殺!?」」
俺とレイラ様は思わず声を揃えて聞き返した。
皇太子殿下のルートではギロチン。マードゥン様のルートでは毒殺って……どうやら、『おとめげーむ』でのレイラ様は死亡率が極めて高いようだ。
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