最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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59話

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 無限の命ではなくなった魔女の母。
サマンサの体を乗っ取ったり、バートン卿に暗示のろいを掛けたこともあり、他人に力を授ける余裕は正直もう残っていなかった。

 それでもサマンサに力を授けたのは、復讐をやり遂げる為。魔女の母と言いつつも彼女の魔法は決して万能ではなく、何十人を一斉に服従させられるものでもないし、その効果が長く続くわけでもない。
 自身の手で戦う力もない彼女は他者を操って復讐を行うしかないが、皇室全体にダメージを負わせられるほどの復讐というのは、なかなか難しいものだった。

 そもそも皇室の中枢に近い者を操らなければ復讐を果たせないが、何十人と一斉に操ることができない彼女にとっては中枢に近づくことすら難しい。

 ーーそこで考えついたのが、サマンサを利用することだったのだ。

 サマンサの体を乗っ取りながら、皇族の人々が青ざめていく姿が何とも快感だった。体の芯の部分から感じるサマンサの悲しみの心。サマンサが傷付いていく度に、サマンサは自分と同じの底にいるのだと嬉しくなった。


 サマンサの体を解放したあと、魔女の母は山の中に身を隠していた。サマンサに力を授けたことで消費した魔力が戻ってきたら、最後の仕上げをしてやろうと心に誓っていた。


 ーー魔女の母は山奥の澄んだ空気に包まれながら、深い緑のなかに寝そべっていた。

 幼い頃のレオンの姿を思い返していたのだ。


「‥ねぇ、俺は今からどこに行くの」

「剣術を教えてるジジィがいるんだよ。あんたはそこで剣を習って、ゆくゆくは騎士になる」

「ふーん。‥‥ていうかさ、俺の名前覚えてる?」


 この時のレオンはまだ8歳程。両親に愛され、甘え盛りだったはずの少年はすっかり心に影を抱いていた。

 それでも1年ほど共に過ごしていた魔女の母との別れに、少し感情が揺れたのだろう。出会って1年が経つのに名前を一度も呼ばれたことがないことが不服だったのかもしれない。

 魔女の母はレオンを小馬鹿にするように笑った。

「猫だろ?」

「‥は?猫じゃねーし。レオンだし」

「あんたねぇ‥レオンって名前はライオンが由来なんだよ。そんな細くて小さくてひょろひょろなのにライオンだなんて笑われるよ」

「はぁ?うっざ。てかお前の方がチビじゃん。全然背も伸びてないし。お前に言われたくないね。そもそもなんで猫なわけ?意味わかんねーし」

「あらあんたライオンが猫の仲間だって知らなかったのぉ?」

「っ!!知ってるし!!!!」


 剣術の師範の元にレオンの身を置かせても、魔女の母は頻繁にレオンの元に通っていた。姿の変わらない自分を怪しまれても厄介だった為、人には見られないようにしながらもレオンの成長を見守っていた。

 魔女の母にとってレオンは最後の家族のようなもの。レオンが思っている以上に、魔女の母はレオンのことを大切にしていた。

 それから数年後、魔女の母がサマンサの体を乗っ取ると、2人はめっきり会わなくなった。

 レオンは道端で見つけたテッドに声を掛け、2人で騎士になることを目指して剣術の稽古に打ち込んだ。魔法を使えばするすると話もうまく進んでいく。

 皇女の悪い噂を聞く度に、魔女の母が暴れているのだと感じていた。魔女の母が復讐の為に頑張っているのだから、自分も頑張ろう、そう思った。

 幼い頃に全てを失って、焼け焦げた両親の元から離れられない程に傷付いたレオン。彼は魔女の母に出会って導かれ、復讐の為だけに生きてきた。

 ーーー体を乗っ取られた哀れな皇女様は、一体どんな心境なんだろうか。魔女や自分と同様、辛い思いをしているのか。

 無事に騎士になり離宮に配置されることが決まると、段々とレオンの思考が具体的になっていった。

 離宮に配属されて皇女の姿を見た時に、その可憐さと神々しさに、レオンは思わず呼吸するのを忘れてしまった。美貌であると聞いていたがここまでだとは思っていなかったのだ。

 夜には度々部屋に招かれて、魔女の母からを聞かされていた。

 ーー今この間にも、哀れな皇女様はこの体の中で嘆いているのだろうか。皇女の姿を見る度にそんなことを思うようになっていた。

 幼女の体ではなくの体を手に入れた魔女の母は、皇女の体を大切にせずに夜な夜な男を連れ込んでいた。

 レオンは夜になって部屋に招かれた時だけ、昔のような言葉遣いをした。

「おい、その体をもっと大切にしろよ」

「はぁ?煩いね。あんた皇女の顔が好きなんだろ?この面食いが。目が合う度に頬を染めやがって」

「別にそういうのじゃねぇよ。復讐と関係ないだろって言ってんだよ」

「関係あるに決まってるさ。男と酒に溺れていく度に周りがガッカリしていくんだから。‥‥あんたまさか復讐心がなくなったのかい?」

「‥‥そういうわけじゃ」

「誰がここまで面倒見てやったと思ってるんだ。皇女が可哀想だとでも思ってるんだろ?じゃあ今すぐにでもこの体を解放してやるか?解放した途端、絶望して自害するかもしれないけどね!」

「‥‥」


 幼いながらに“復讐”という言葉を生きる糧にしていたレオンは、この時に初めて無知で無力だった自分に震えるほどに腹が立った。

 縋るところが魔女の母しかいなかった。
だけどそれが一体どんな道だったのか。


「もう乗る気がないならとっととここから出ていきな。もうあんたとはお別れだよ。私ひとりでやってやる」

「‥何言ってんだよ。俺まだ何も復讐してない」

 レオンはこの時、自分の心に蓋をして目を細めて笑った。何の綻びもないその笑顔を見て、魔女の母は満足そうな顔をしていたという。


 魔女の母の復讐を止められるのは自分しかいないと、レオンはこの時強く思った。その為には魔女に怪しまれないよう協力しながら、近い距離に身を置いてその時を待つしかない。

 レオンはひとり心の中で、幼い頃に自分を救い出してくれた魔女の母と決別する道を選んだのだった。
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