最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

文字の大きさ
103 / 123

102話

しおりを挟む

 サマンサ達がいる野原に現れたのはジャンヌとグレースだった。
 グレースは突然飛ばされたことに驚いたようで、腰が抜けたように野原にしゃがみ込んだ。

 透き通った白い肌を持つグレースは、こんな時でもどこか華やかにすら見えてしまう程恐ろしい美しさを持っている。

 この帝国の皇族の男どもが惚れるのも無理はない、とジャンヌは心の奥深くで笑った。
 ジャンヌはカマルの為なら何でもする女だが、決してカマルを恋愛対象として見ているわけではない。

 カマルがまだ幼かった頃から近くにいたジャンヌは、彼の真っ直ぐな野心に心を奪われた。そのくせカマルは純粋なところがあり、ジャンヌの意見を簡単に受け入れる男だった。

 野心を持って志高く生きようとする皇子が、自分を頼ってくる。ジャンヌにとってはそれがとても快感だったのだろう。

 崇高なカマルは、ジャンヌの意見を第一に取り入れているからこそ更にのし上がっていく。そんな歪んだ認知からか、ジャンヌはいつしかカマルに自身を投影させているような気になっていった。

 だからこそ、グレースの存在が邪魔なのだ。

 ーー改変前のグレースの不審死。
その真相は、カマルを失ったジャンヌがグレースを人知れず殺害したことによるものだった。

 改変前にカマルたちが王宮に突撃した際にも、子どもたちと共に逃げようとするグレースの姿をカマルは目撃していた。
 もちろん改変前のカマルは心が折れて涙することもなく王座に向かって突き進んだのだが、その心が酷く動揺していたことをジャンヌは見逃さなかった。

 グレースのせいでカマルは負けた。そう強く思い込んだジャンヌがグレースを殺したのだ。



「突然申し訳ありません」

 すらりと背の高いジャンヌは、腰を少しだけ折り曲げてグレースを覗き見た。

 グレースは野原に腰を下ろしたまま、困惑気味のままである。

 ジャンヌは視界の端に3人の人影を見つけ、チッと舌打ちをした。風貌からしてサマンサ達が例の魔法でここに飛んできたのか、とすぐに察した。

 前回サマンサ達が消えたあと、カマル達はすぐに拠点を離れ各地に潜伏していた仲間達と合流しながら王宮に向かった。期間にして半年程だろうか。

 10年以上間が空いたと思いきや今回は半年。一体どんな法則性があるのだろうか、とジャンヌは怪訝そうな表情を浮かべた。


 ジャンヌのワープ魔法は好きな時に好きな場所に飛べる大変便利なものだが、連続して使用することはできない。だいたい10分くらいの間がなければ次のワープをすることができないのだ。


「残念ですがあの方々がここに来るまでに貴女様を殺さなくてはなりません」

 カマルの従者として戦いの心得はある。だが相手が悪いことはジャンヌも察していた。

 どうやら走ってこちらに向かっているようだ。邪魔をされる前にグレースを殺さなくては、とジャンヌは剣を抜く。


 座り込んだままのグレースの心臓目掛け、突き刺そうとしたその時のことだった。


「ーーーーお覚悟!!」

「‥‥はぁ。何故人間はこうも命を粗末にするんだか」


 やっと口を開いたグレースが発したのはそんな言葉だった。ジャンヌは一瞬目を見開いて、グレースの言葉の意味を脳内で巡らせてみた。‥が、やはり理解不能である。

 剣は勢いよくグレースの心臓に向かっていたが、ドレスに触れる寸前のところでピタッと動きを止めた。


「まさか他人の体を乗っ取れるとはな。試してみるもんだ!悪かったなぁジャンヌ。‥私はフェリシテだよ」

 そう言って、グレースの中に入り込んでいたフェリシテはにこりと微笑んだ。

「‥なっ‥‥」

 ジャンヌは体が動かないものの、意識は手放すことなく持っている状態だった。

「魔女達を守る為にもう既に散々魔力を使ってしまった。そのうえ皇后陛下を乗っ取ったから、お前を操る力までは残ってないみたいだね。動きを止めることで精一杯だ」

 フェリシテがやれやれと苦笑した時、サマンサ達がちょうど2人の元へ駆けつけた。

「ジャンヌ!!」

 サマンサが大きな声でジャンヌを呼ぶ。今まさに人を殺す寸前、という様子で固まり続けるジャンヌに3人は揃って首を傾げた。

「‥‥あんたたちかい。ちょうどいいところに来たね。‥というよりも、この場面に立ち会う為に来たのかもしれないね」

 その口ぶりを聞いて、3人は何かに気付いたように目を丸めた。

「まさか、フェリシテ様なのですか?!」

 フェリシテはサマンサの言葉に笑顔を浮かべながら頷いている。
 レオンがジャンヌの手から剣を取り上げると、ジャンヌは悔しそうに小さく唸り声をあげた。どうやら声を振り絞るのも大変なようだ。

「‥‥この体は皇后陛下のものだ。‥‥‥独断で申し訳ないが、私は皇后陛下を助けたかった」

 フェリシテはグレースの身に何かが起こるのだと予見し、ジャンヌがグレースを連れ去る前にその体に入り込んでいたのだ。

 各地にいるワープ魔法を保持する魔女たちが、続々と拠点に魔女を送り込むことも想定し、拠点がある森全体にも魔法を掛けてきた。

 “悪意のある者から認知されなくなる魔法”

 これもある種精神的な魔法に分類される。もちろん相当な魔力を使うものだ。
 フェリシテの声には張りが無く、膨大な魔力を持つはずのフェリシテがここまでの疲労感を見せることは滅多にないことだった。

 レオンはフェリシテに合図を送ると、「俺が」と言ってジャンヌに魔法を掛けた。唸り続けていたジャンヌは漸くフッと魂が抜けたように意識を失い、野原に倒れ込んだのだった。


「皇后陛下をお助けするということは‥本来あるべき歴史を変えることです」


 ジャンヌが倒れ込んだのを確認した後にそう言葉を落としたのはバートンだ。

 サマンサはごくりと息を飲み、事態を理解することに精一杯の様子だった。
 彼女も口にはしていないが、それが何を意味するのかを察したのだ。


 サマンサ達はまだ王宮で何が起こったのか、カマル達がどう行動したのかを知らない。

 だがジャンヌが皇后を殺そうとしていたシーンを見れば、“これが魔女狩りのきっかけ”だということが分かる。

 その皇后を助けるということは、恐らく始まった筈の魔女狩りがすぐに終息を迎える可能性があるということ。


「‥‥歴史は今まで散々変えてきただろう?」

「そうですが‥、私が言いたいのはそういうことではなく‥。恐らく皇后陛下の生死により魔女狩りの流れは左右されます。そうなると、その‥」

 バートンはちらりとレオンを見た。
レオンは口を開くこともなく、静かに立っているままだ。

「お前たちの気持ちを尊重してやりたい。‥けど、ひとついいか‥‥?‥‥‥何故魔女たちが迫害される前提で歴史が進むんだ。魔法で悪さをしたのはジャンヌ達だけじゃないか。私の知る他の魔女たちは皆、大切な人の力になりたくて力を手に入れた元人間なんだぞ‥?」

 フェリシテはぽつりぽつりと溢れ出す気持ちを吐露した。
彼女の訴えは間違いなく真っ当であり、その場で彼女を否定できる者はいなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら、伯爵家の嫡子で勝ち組!だけど脳内に神様ぽいのが囁いて、色々依頼する。これって異世界ブラック企業?それとも社畜?誰か助けて

ゆうた
ファンタジー
森の国編 ヴェルトゥール王国戦記  大学2年生の誠一は、大学生活をまったりと過ごしていた。 それが何の因果か、異世界に突然、転生してしまった。  生まれも育ちも恵まれた環境の伯爵家の嫡男に転生したから、 まったりのんびりライフを楽しもうとしていた。  しかし、なぜか脳に直接、神様ぽいのから、四六時中、依頼がくる。 無視すると、身体中がキリキリと痛むし、うるさいしで、依頼をこなす。 これって異世界ブラック企業?神様の社畜的な感じ?  依頼をこなしてると、いつの間か英雄扱いで、 いろんな所から依頼がひっきりなし舞い込む。 誰かこの悪循環、何とかして! まったりどころか、ヘロヘロな毎日!誰か助けて

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...