最も死に近い悪女になりました(完)

えだ

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118話

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 ーーーこの帝国では、ピアノはまだほとんど普及されていない。
 およそ10年前のこの場で‥ピアノを弾ける人は私以外にほぼ存在しない。

 魔女の拠点にもピアノはなく、それは観光地化した今なら多くの人が証言できること。
 つい数年前まで魔女狩りに怯え、多くの時間を拠点の中で過ごしていた魔女たちはピアノと触れ合う時間すらなかったはずだ。

 そしてもしも私の他にピアノを愛する者がいたとしたら、その人は間違いなく周囲からも“この人はピアノ奏者なのだ”と認識されているはず。

 ピアノ奏者が少ないからこそ、私と同等の技術を持っているとするならば、必ず周囲はそのピアノの音色を聴いている。


 つまり、魔法で私の姿を偽装することができたとしても‥私を真似てピアノを演奏できる人は限られている上に身元がすぐに割られてしまう。
 だからここでピアノを演奏することが、私が私であることの何よりの証拠になる。



 私はお父様に一礼した後に会場の端にあったピアノを視界に入れた。周囲からの視線を浴びながら、椅子に腰を掛ける。


 過去を旅しているせいで随分と昔の話のような気もするけど、キャットマスクとしてピアノの練習に勤しんでいたのは指が動きを忘れるほど昔のことではない。

 暗譜するほど朝から何度もやり直し、ただひたすらに弾き続けた経験がここで生かされるなんて‥。


 私はフゥと小さく息を吐いた後に、鍵盤に指を置いた。目を瞑り、勢いよく目を開くのと同時に指は踊り始めた。

 周囲のざわつく声が聞こえる。幼い私が少し驚いたような表情で私を見つめている。
 幼いノエルが泣いている。そんな彼の背を、幼いロジェが撫でてあげている。

 不思議な程に頭の中が綺麗に透き通って、視界も研ぎ澄まされているような気がした。

 指は時折もたついたけど、それでも幼い頃の私より演奏は上手だと思う。



 ーーー最後に両指を沈ませて動きを止めた途端、会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 その光景に、思わず目が潤んでしまう。改変前には叶わなかった、素顔を出したままのピアノ演奏。

 改変前は悪女と名高かった私のせいで、ピアノがますます普及されなかったのだと落ち込む日もあった。

 でもきっと‥この世界ではもうそんな心配もいらないわよね。



 私は立ち上がって周囲に向かって深々と頭を下げた。拍手はいつまでも鳴り止まなかった。



***



 あのあとお父様はすぐに私を本物の娘であると信じてくれた。まぁお父様はピアノを弾く前から私を疑ってはいなかったけど、会場中の人たちもさすがに認めるしかなくなったみたい。

 おかげで私たちはすぐに体にピリピリと刺激を受けて、その場から飛ばされることになった。‥この時代でやるべきことを達成できたのだと思う。


 それでもポロポロと泣き続けるノエルが不憫に思えて、私は消える間際にノエルに声を掛けた。

「ノエル、気持ちに応えられなくてごめんなさい。貴方の幸せを誰よりも願っているわ」

 その言葉だけを何とかギリギリ残すことができた。傷は直ぐには塞がらないかもしれないけど、それでも彼が前を向く一歩に繋がれば良いと思う。


 さて、飛ばされた後の私たちは今どこにいるのかと言うと‥実はまだ飛ばされている最中だったりする。

 私とレオンとバートン卿は、まるで幽霊のように半透明なまま時空の狭間を揺れていた。
 こんなことは初めてで最初は驚いたけど、私たちは次第にこの状況を受け入れ始めていた。

 きっと私たちがやるべきことが全て終わって、元の時代に戻ろうとしているんだと思う。

 過去に戻ってやり直したいと足掻いていたあの日に。

 その証拠に私たちの視界にはぬるぬるとそれまでの世界が映り込んでくる。断片的になのか、それとも1日1日の全てを眺めているのかも分からない不思議な感覚。

 私たちは恐らくそれぞれ見えているものも違う。同じものを見ているようで、それぞれが自分の物語を見ているのだと思う。

 どれほどの時間をこうして過ごしているのかも分かっていなかった。相応に長い時間を彷徨っているようで、でももしかしたらいつもの如く一瞬だったのかもしれない。


 私は時空の間から見える景色にひたすらヤキモキしていた。


 レオンは宣言していた“魔法騎士団長”を目指すべく、昼夜剣を振るって努力をしていた。

 私はといえば、そんなレオンを影から眺めては頬を赤らめているようだ。

 恐らく真面目で汚れのない改変後の私は、大人のレオンに言われた「待ってて」という言葉をひたすら大切に守り抜いているみたい。

 もうすっかり今の私と変わらないほどに大人になってからも、決して自らレオンに近づくことはなく、ただただ遠くからレオンを見つめ続けていた。


 片やレオンは、恐ろしい程に真面目に鍛錬を重ね続けていた。騎士道を貫いているのか、あの幼い日に皇帝に宣言した話の内容を偽りなく達成させようとしている。

 宣言の内容はこの長いのか短いのかわからない時空の狭間で私も聞かされた。レオンは私と結婚すると宣言した後に、“その前に”魔法騎士団長になると断言していた。


 その為なのか、レオンは私を想っていても指一本触れようとしなかった。まだ自分にその権利はないのだと、レオンもレオンで本来かなり真面目な性分らしい。



 私たちの婚約自体はあのパーティーのあと割と早い段階で済んでいた。
 だけど私たちは周囲に心配されるほど、デートというデートすらしたこともない。


 10歳の時点であんなにも大々的に公言したのだから、私たちが元の時代に戻る頃までにはとっくに子供もいるかもしれないとまで思っていた。

 ーーーだけどどうやら手すらまともに繋がないまま、私たちは元の時代へと戻されるらしい。


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