今日も姉の物を奪ってやりますわ!(完)

えだ

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商談は一時保留ですの!!

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 私は心臓を落ち着かせた後、ドレスの裾をあげてもう一度階段を降りようとしました。いくら飼い猿だからって人に危害を加えないとは限らないですし、スーザンの顔に傷が付いたら大変です。スーザンだって、嫁入り前のひとりの女性なんですから。

「やめておきなよ」

 レックス様が少し呆れたように言いました。命の恩人と言っても過言ではありませんが、それとこれとは別です。

「やめませんわ!スーザンに何かあったら大変ですもの!」

「君に何かあったら侍女はどうなる?」

 レックス様の表情は、胡散臭いあの笑顔ではありません。本気で私を諭そうとしているのか、一切の柔らかさもない真剣な顔でした。

「そっ、それは!!」

「全部見てたわけじゃないけど、あの猿を追いかけてるんでしょ?侍女がせっかくすぐに飛び出して行ったのに、アレクサンドラ嬢が後ろで階段から転がったら、侍女はどれだけ責任を負うか。そんなに大切な侍女なら彼女を守る為にも危ないことをしちゃダメだろ。実際君はいま落ちかけたんだから」

 いつもは基本的に敬語なのに、レックス様の口から流れるように出てくるのは敬語じゃありませんでした。

 私はカァァ、と頬が赤くなっていくのが分かりました。もちろん自分の行動が間違いだったと気付かされ、恥ずかしい、と感じたからです。

 レックス様に諭されたのは癪ですが、レックス様の言葉は間違いじゃありません。いつものように威張って言い返すのは、自分を更に下げることだと思いました。よりによってレックス様に素直になるなんて本当は嫌だけど、でもここで素直になれない自分はもっと嫌でした。

「‥‥ご、ごめんなさい」

 私がそう言うと、レックス様の口角がやっと少しだけ上がりました。きっと私の顔は真っ赤だったと思いますし、唇は尖っていたかもしれません。けれどこれが今の私の精一杯の素直な状態なのです。
 頭の上にぽんっと手を置かれたので、流石にそれには噛み付いてやろうかと思いました。あ、もちろん物理的にではないですわ。言葉よ、言葉。でも文句を言ってやる前に‥

「素直でよろしい」

 と言ってレックス様は階段を降りていったのです。

 ま、まさか、スーザンの助太刀に行ってくれたんですの‥?!というか、なんで「素直でよろしい」だなんて言われなくちゃならないのよ!何様なのよっっっ!!!ああっ、顔が熱いわっ!何故っ?!

 階段の下を見下ろすと、スーザンが猿を必死に追いかけていました。レックス様も階段を降りるなりスーザンに加勢しています。2人はうまく連携して挟み撃ちを成功させました。‥が。

「えっ、やだ嘘でしょ?!」

 遠くなのでよく見えませんけど‥、レックス様の顔に猿が覆い被さっています。だ、大丈夫なのかしら‥。
 ‥え、レックス様の頭、噛まれてません?「この隙に!」とスーザンが猿の体をしっかりと掴み上げていますけど‥レックス様の頭からピューっと血が噴き出てるのは錯覚かしら‥‥?

「レ、レックス様ぁ?!」

 思わず欄干から声を張り上げました。顔面から猿を剥がされたレックス様はヘラヘラ~っと緩く笑いながら片手を上げています。無事だよとでも言いたいのでしょうか。

 な、なにヘラヘラしてるのよ~っ!!無関係の癖に、助太刀して!!か、カッコつけるなら最後までカッコつけなさいよ!!

 私が頭を抱えて狼狽えていると、後ろからツンツンと肩を突かれました。振り返るとそこにはジュリア‥と、見知らぬ金髪美男子が。いや、何処かで見たことあるような‥?

「よ、よかったぁ、アリー、見つかったぁ」

 たくさんの花が咲き乱れているような笑顔。満面の笑みですわね‥。肩で息をしていますけど、走り回っていたのかしら?

「お、お姉様‥そちらの方は‥」

「あ、あのね、マティアス殿下だよ、今一緒に走ってたの」

「で、殿下‥‥はっ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、ノーランド侯爵家次女のアレクサンドラと申します」

 マ、マティアス殿下ってあのマティアス殿下?!何故ジュリアと一緒に走ってたんですの?!た、確かマティアス殿下は‥つい先日まで隣国に長期留学していたのよね‥私たちよりで、この国の第三王子‥。

「いや、いいんだ!アレクサンドラ、宜しくな!」

 宜しく‥?何が??

 はっ、そういえばスーザンとレックス様‥!

 ぱっと階段に目をやると、2人はすぐ近くまで来ていました。
わぁ、やっぱり噛まれてますわ。髪の生え際あたりをがぶりと。額にも跡がくっきり‥

「レックス!久しぶりだな!って!!ジョーダン!!!ここにいたのか探したんだぞー!って、え、レックスまさか噛まれた?!」

「‥‥‥殿下の猿でしたかー‥‥」

「ジョーダンが迷惑をかけたみたいですまない!でも安心してくれ!ジョーダンは色々注射してるし、病気は持っていない!」

 マティアス殿下はスーザンからジョーダンを受け取ると、その背中を優しく何度も撫でていました。

 レックス様はスーザンがそっと懐に隠したものを見逃さなかったようです。

「‥‥それは?それを取り戻そうと必死だったんですよね」

 スーザンを見ずに私を見るレックス様。所有者が私であることは見抜いていたんでしょう。

「‥‥‥東洋の、その、頭皮に良い液体です」

 レックス様がなんだそれと言いたげに瞬きをしております。ええ、理解不能ですわよね、わかります。

 ジュリアがおずおずと挙手をしました。なんでしょう、嫌な予感がします。しかし既に全員の視線がジュリアに集中していました。

「‥たぶんそれは、発ーーー」

「お、お姉様!」

 寸前のところでジュリアの言葉を遮りました。ドゥドゥドゥ、とジュリアを落ち着けようとしますが、彼女はそもそも落ち着いていました。ええ、焦っているのはこの私です。

 全員の視線を感じましたが、まずそもそもこんな会話をしている場合ではありません。

「っ‥‥そんなことよりも!レックス様、手当を受けなくては!!!さぁ!!」

「いや、大丈ーー」

「大丈夫じゃないでしょう!早くしないと跡が残りますわ!!傷があった方が男の勲章だ!とか思っているならそれは勘違いですのよ!なんたってレックス様の傷跡はお猿の歯形ですからね!!それに化膿したら治りも遅くなりますし洗顔洗髪の度に痛みが続くのはいかがなものかと思いますわ!!!」

「あ、あぁ」

「ただ‥そのっ!!お、お願いしたわけじゃないですけど、取り返してくれたことは‥その、か、感謝致しますわ!お願いしたわけじゃありませんけどね!!」
 
「ふふっ」

 私はガーッと言い切るとはぁはぁと肩で息をしました。何故か笑われた気がしますけど、ちょうどレックス様のお付きの方がお見えになったので私は一旦口を閉じました。
 お付きの方にレックス様の症状をお伝えするとお付きの方は慌ててレックス様を連れて行きました。‥というかお付きの方、今まで一体どこに行ってたのかしら‥
 
 レックス様や殿下のご登場でパチェコ伯爵も遠目からおろおろしておりますし、今は商談も続けられません。何故かマティアス殿下がジュリアから離れないからです。そしてそんなジュリアは何故か私のそばから動きません。
 パチェコ伯爵も空気を読んでくださっているのか、私たちは「また次回の機会に!!」という視線を交わし合い、パチェコ伯爵はいそいそとその場を後にしました。

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