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第3章
37話 ダン視点
しおりを挟むドロシーが屋敷を去ったその日から、俺に対する拷問は激しさを増した。それもそうだろう。ダニエルの計画の全てをぼろぼろに打ち崩したのが俺だ。
何度も何度も命を落とすぎりぎりで生かされながら、今が昼なのか夜なのかも分からない日々を過ごす。
ダニエルは毎日のように俺が何の加護を授かったのか聞いてきた。俺の舌をちょん切って、話せなくした張本人はダニエルのくせに。
もちろんろくな教育も受けずに子どもの頃から悪の道に進んできた俺はまともな読み書きすらできない。よって、ダニエルは顔を酷く歪めて苛立つ日々が続いた。
俺は、俺だけが自分の加護を理解してる。
試しに夜中に能力を使ってみると、驚くことに“舌”はあった。
つまり、俺は誰かに化けている時だけ話すことができる。
いくらドロシーやセレスト辺境伯が俺を生かしておくように働きかけても、不慮の事故を装えば簡単に殺されるだろう。
俺の加護の内容によっては生かしておこうと思っていたんだろうけど、加護が分からないのならもうこれ以上俺を生かす理由もない。
そろそろ、本気で殺される。
ダニエルをどう苦しめてやるかが決まらないうちは逃げ出すのは早いと思っていたが、もうこれ以上の時間の猶予はない。
監禁されたこの部屋から抜け出す算段はもうついていた。
毎朝7時、下っ端の奴がこの部屋に来て最低限の掃除をする。床に垂れ流れた血や嘔吐物やその他もろもろを、大雑把に拭き取るのだ。
締め切られたままのカーテンの隙間から漏れる陽の光は、今が朝であることを教えてくれた。もうそろそろだ。
ーーーノックもなく開かれた扉。
今日現れた下っ端はラナという女だった。ドロシーを逃す前までは一緒に働いていた、俺より年下の生意気なやつ。
ラナが俺の姿を捉えるよりも先に、俺は加護を使った。
「メリル?!なんでメリルがここに?!」
ダニエルを“親方様”と呼ぶ、この悪の組織の下っ端仲間の中で、ラナが最も仲が良い女、それがメリルだ。だがメリルは地方での情報収集にまわされている為、本来この屋敷にはいない人間だ。
「‥‥っ、分からないの‥。気付いたらここに‥‥。ダンの加護のせいかな‥。この縄‥解ける‥?」
俺がメリルに化けているだけだと気づかないまま、ラナは焦ったように縄をナイフで切り始めた。すぐに助けてあげるからね、とでも言いそうな表情だ。
「っ、ダンのやつ!!一体どんな加護なのよあのバカ!」
「‥‥なんだろうね‥。わたしがいた場所と、入れ替わったのかも‥」
「じゃあもう遥か遠くにいるのね!‥そんな便利な加護を持っていたならなんでもっと早く逃げ出さなかったのかしら‥?‥‥まぁ、いいわ、すぐに親方様に報告に行かないと」
「そうだね」
手足が自由になった俺は、ラナと共に部屋を出た。ラナが先に廊下の角を曲がったのを見送って、俺はその手前にある階段を素早く降りた。メリルに化けるのをやめて、今はどこかで見たことがあるようなメイドの女に化ける。
「あれ?!メリル?!どこ行ったの?!まさかまたダンの力で飛ばされたの?!」
上の階では、慌てふためくラナの声が響いていた。
この屋敷は異様だ。俺やラナのような見るからに素行の悪い奴らと、メイドや執事という一般の屋敷にいるやつな奴らもいる。もちろんメイドや執事たちもダニエルが裏社会の顔を持っていることはよくわかっているはずだが。
メイドの姿のまま一階を歩く。そのまま裏口に行き、裏口の扉を開ける瞬間にラナの姿に化けた。
「なんだラナ。もう掃除は終わったのか」
「終わったよ。ほんと汚かったわ」
下っ端仲間にそう声をかけて、ひらひらと手を振る。
「あんだよ、サボりか?」
「情報収集頼まれてんのよ」
「そうか」
そう言っておけば、誰も俺を止める人などいない。裏口付近で屋敷を守っている下っ端仲間も、何も気付かずに俺を見送った。
楽勝だ。あとは敷地を出て人目がなくなった後、道ゆく一般人に化けてやればいい。俺を逃したってことでラナが責められるかもしれないが、ダニエルは直ぐに俺が殺すから許して欲しい。
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