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第5話 ジェナの恐るべき能力
しおりを挟むネルとセルマとジェナ。3人とも生まれ故郷はバラバラなものの、歳は然程変わらなかった。
ネルとセルマが16歳、ジェナは15歳。身長はセルマがネルより頭ひとつ分背が高く、ジェナはネルより頭2つ分小さい。
当然のことながら3人ともラスカについての細かな情報は持っておらず、この屋敷から逃げ出す方法すら思い浮かばなかった。
ジェナが突如として部屋から姿を消したことが気付かれたらしく、先程から廊下はやや煩い。
セルマとジェナには何かあった時にすぐセルマの能力で姿を消せるようにしてもらいながら、3人はひたすら作戦を考え続けることにした。
「つーか本当あの狼キモい。俺らの他にも番がいるんだろ?俺らが気付かない、逃げられないっての前提で好き放題しすぎだよな」
「‥‥‥‥おなかすいた‥‥」
「‥いつからこんなことしてるのかわからないけど、他の番たちはアリスターさんの本性に全く気が付いてないのかな」
「さぁな‥。俺もジェナも、ネルの話聞かなきゃ他の番の存在には気付かなかっただろうけど」
「‥‥‥ふんふふふーん‥‥ふーんふふーん」
ネルとセルマが真剣に話してる一方で、ジェナは窓辺に咲く花瓶の花を見ながら鼻歌を歌い出した。
出会ってまだ1時間も経っていないが、ジェナが相当な自由人であるということを2人は既に受け入れていた。
「こうして本性を知って、そのうえここから逃げ出そうとしてる私たちって、もし捕まったらどんな扱いをされるんだろうね」
「‥んー。まぁまず他国に知られたくないだろうから、消されるだろうな。そもそも俺らの家族って俺らが嫁がされた時点で今生の別れを済ませたって思ってるようなもんだし。ラスカで死んだってそれすら知らされるかも分からねぇよな」
冷静なセルマの意見に、ネルは小さく頷いた。聞かずとも頭では分かっていた意見だったが、セルマも同じように考えていたことがわかり、ネルの心は一層ずしりと重くなった。
ネルは小さく俯き、セルマは自身の顎に当てた指を時折トントンと動かし、ジェナは御機嫌そうに鼻歌を歌い続けた。
「‥‥アリスターさんだけなのかな‥こんなことしてるの。そもそもラスカ全体でこんな思考が通用してるなら、屋敷を出たところで詰むよね」
「まぁな。‥屋敷の外の獣人に保護して貰えるって考えは持っておかない方がいいだろうな。最悪、この屋敷よりも酷い環境の場所に売り飛ばされる可能性もある。‥‥チッ、ほんとだりぃぜ。やっと家を出られたと思ったらこれか」
ネルとセルマは元々楽観的だし性根も明るい。だが2人で答え合わせのように“自身が思い描いていた最悪のパターン”を照らし合わせていく度に、置かれた環境の惨さを感じて希望を失いかけていた。
2人が突如として暗い雰囲気を醸し出している最中、ジェナはふと鼻歌をやめて2人を見て笑った。窓からの光を背後に浴びて、まるでフワッと咲いた花びらのように笑うジェナ。
女性であるネルでさえ、ジェナにときめきそうになる程の神聖な美しさが彼女にはある。
「‥‥‥‥‥セルマの力で透明になって、ジェナの力で惑わす。ネルの力で心を読みながら‥良い方に向かう。‥‥それで、よくない‥‥?」
何をそんなに迷う必要があるの?と言いたげにジェナは平然とそう言い放った。
「‥惑わす‥‥?ジェナの能力は相手を惑わせることなの?」
ネルは目を丸めながらジェナに問い掛けた。先程聞いた際にはジェナは大きな欠伸をして質問に答えなかったのだ。
「‥‥うん。長い時間は無理‥‥。‥‥昨日あの狼に、本当は噛みついてない‥‥」
ジェナの言葉を聞いて、セルマが閃いたように目を見開いた。
「もしかして、“噛み付いた”ように惑わせたってことか?!」
「‥‥うん。だって、モジャモジャだから‥‥口の中に毛が入るのイヤ‥‥」
“噛み付きたい”けど“噛みたくない”
そんな葛藤が、相手に幻想を見させることによって叶ったということなのだろう。ジェナは人間の中でも小柄だし、顔も小さく顎も細い。
全力で噛み付いたとしても、体が何倍にも大きい狼に何の痕跡も残せなくたって不思議ではない。
だからこそアリスターをはじめ、その場にいた使用人たちは皆、ジェナが見せた幻想を真実だと思い込んだのだろう。
「じゃあこの屋敷を抜け出した後、俺たちを獣人だと思い込ませるのも可能なのか?!」
「‥‥‥一度に何人まで騙せるのか、わかんない‥‥」
ジェナはぽわんとした口調でそう言い放った。だがジェナの言うことは最もだった。広場のようなところで周囲に幻想を見せたとしても、どこまでの範囲の獣人たちにどれだけの時間効果を発揮できるのかは分からない。
「確かにまだ分からないことだらけだけど‥、すごいよジェナ!セルマの能力も!!2人の力があれば屋敷からは出られそうだね」
「あぁ。その後のことは、今ここにいたって分かんないな。また捕まっても俺ら3人揃ってればまた逃げ出せるだろ」
「‥‥‥眠い‥」
ジェナの能力をきっかけに、ネルとセルマにも明るさが戻ってきた。3人揃えばなんとかなるのではないか、と漠然とした希望を抱くことができたのである。
その後二、三度猫のメイドやオランウータンの兵士が部屋に来た。逃走したセルマとジェナを探すためと、ネルに食事を届ける為だった。
全くお腹が満たされないのだと訴えるネルに、猫のメイドは少々面倒臭そうな顔をしたが食事量も増やしてくれた。
3人全員が満足になるほど食べられたわけではないが、3人とも十分な栄養を摂取することはできていた。
その後、猫のメイドが再びやってきて、ネルは体の隅々を綺麗にされ、新たなネグリジェを着させられた。
チャンスだと思い心を覗くものの、重要な情報は手に入れることができなかった。
唯一掴んだ情報といえば、今日このあとアリスターがネルの元にやってくるということだけだ。
セルマとジェナにはクローゼットの中に移動してもらった。もちろん大人しく抱かれる気なんてあるはずもない。
何も詳細は決まっていないが、もうこのままこの屋敷から逃げ出すしかないかもしれない、とネルは半分覚悟していた‥‥のだが。
「うわぁ、な、なんて素晴らしい!!!」
『こんな極上の体を味わったことはない!!!10秒も持ちそうにない!!!』
数分後、部屋にやってきたアリスターは然程ネルに興味を示さないままベッドに上がった。‥のだが、まさかクローゼットの中にいるジェナに妄想を見せられているとは気が付かずに、ベッドの上で身悶えていた。
ネルはネグリジェに身を包んだまま彼の横に正座で座り、心を読む為にそっと彼の腕に触れているだけなのだが、よほど素晴らしい妄想を見ているのかアリスターは涎を垂らして痙攣している。
クローゼットの扉の隙間からその様子を見ているセルマとジェナ。セルマはあまりの様子に息を呑み、ジェナはくすくすと小さく笑っていた。
ジェナ自身は経験はないのだが、彼女は生まれ育った環境によりそういった知識を豊富に持ち合わせていたのだった。
結果、アリスターはジェナに見せられた数分程度の幻想により『腹上死』一歩手前で緊急搬送されることになった。
ネルが屋敷内の獣人たちに一目置かれることになったのは言うまでもない。
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