前世は勇者の母だった(完)

えだ

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第16話

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 どう反応するのが正解なのかわからない。

 ひとりでそんな危険なことをするんじゃないと叱るべきなのか、勇者になるノアがそれ相応の功績を成し遂げたことを褒めるべきなのか。

 ただ私は、疲れ切って眠たそうにしているノアを見ながら頬が濡れていくのを感じた。

 だばだば、だばだばだば、と猛烈に何かが滴り落ちている。

「なんだこれは!」

 鼻もなんだか感覚がなくなり、そのうち鼻呼吸ができなくなった。

「え、え?え、え、待って、アデル?ちょ、」

 眠そうにしていた筈のノアが飛び起きて、私の異常事態に慌てふためいていた。

「ノア、わ、わた、私は、泣いてい、るの、か?!」

 鼻が言うことを聞かないせいで、まともに言葉が落とせない。
視界は歪みに歪んでいるけど、だばだば、ぼだぼだ、と雫が床に落ちて弾む音が鳴り響いている。

「待って、いやだ、アデル、泣かないで」

 いつも強気なくせに、ノアは初めて泣きそうな声を出した。
私に本気で縋るような必死な声だ。私だって泣きたくて泣いているのではない。私だって何故泣いているのか、どうすれば泣きやめるのかも分からない。

 ただ、じたばたと大いに慌てたノアが血だらけの装束を脱ぎ捨てて私を強く抱きしめた時、私は生まれて初めて声をあげて泣いた。

「うぅぅぅ、うわぁぁぁん」

 こんな子どもみたいな情け無い泣き方を、私がするなんて。自分自身に驚きを隠せないが、それでも声は止まらなかった。

「泣かないで、アデル‥お願い」

 抱きしめてくれるノアの背中にギュッと強く腕を回す。
ノアの肌に直接触れて力強い心音を聞いた時、私はやっと涙の訳に気がついた。

「ひ、ひとりで、勝手にっ‥行くな、馬鹿!」

 離れたくない。怖い。
ノアがいなくなったら耐えられない。

「‥うん、ごめん‥‥。もうひとりでは行かない。ごめん‥」

 ノアは私をぎゅっと抱きしめたまま、申し訳なさそうに優しい声でそう囁いた。
 私は無性にノアが恋しくなって、好きで好きで堪らないのだと実感した。

「うぅ‥どうすればいいのだ」

「‥ん?」

 子離れできぬ‥!!愛しくて堪らん。離れたくない。離れられない。ずっと一緒にいたい‥!!

「‥‥ばか!」

「うっ‥」

 ノアは困った声を出しながらも、私のことを強く抱きしめながら、ずっと私の背中を摩ってくれていた。

 ‥いつか、無事に魔王を倒したあと‥‥。私はノアを解放してやらねばならないのだろうな。私が執着し続けた“勇者”という役目を終えたら、もう流石にそれ以上拘束し続けることはできないだろう。
 武勲がたてば奴隷だなんていう取ってつけたような肩書きなど一緒で消える。魔王を倒した勇者となれば、一気に人類のヒーローだ。
 そのうえこいつは顔がいい。もの凄くいい。鍛えあげている体も素晴らしいものだ。生意気で高圧的で心配性で執着が凄いけど、根はもの凄く優しいやつだ。
 さぞかし見目麗しい令嬢たちからモテにモテまくり、すぐに縁談を実らせて遠くへいくのだろう。

ーーーーズキッ!!!!

「うぅ!痛いっっ!」

「アデル?!大丈夫か?」

 ノアが私の顔を覗き込む。すぐ目の前に、愛しい天使の顔がある。
眉を下げ、本気で私を心配してくれているのが伝わってくる。

「胸が、ズキッとしたのだ‥」

 何故だろう。当然の未来を予想しただけなのに。

「胸が?医者を呼ぼう」

「いや‥回復魔法を使ってみる‥」

 ここでやっとノアと私は抱きしめ合っていた体を離した。
途端に寂しくなり、またくっついてしまいたくなったが、それでは胸の痛みは治らない。

 自分自身に回復魔法を使うなんて‥。

 自分の胸に手を当てながら、魔法をかけていく。

「‥どうだ?よくなったか?!」
 
 何で泣きそうなんだよ、ノア。心配性すぎだ。

「‥‥‥よくならない。どうすればいいのだろう。
私の欲深さに呆れてしまう‥。この胸の痛みは、私が欲深いからだ」

「ん?え‥えーっと、説明してもらっていい?」

「‥‥私は、お前が将来巣立つのが堪らなく嫌なのだ。
ずっと側にいて欲しいと思っているダメ人間なんだよ」

 私が自分のダメさ加減を伝えたというのに、ノアは嬉しそうに頬を染めた。

「‥‥喜ぶな」

「‥喜ぶに決まってるだろ。死ぬ程嬉しい」

 私たちは自然とまた目と目が合って、そして自然と抱きしめ合った。
ずっとこうしていたい。朝が来ても、ずっと‥。

「俺はずっと側にいるよ、アデル。ずっとアデルと一緒に過ごしたい。アデルの為に生きて、アデルの為に死にたい。アデルを全てのことから守って、アデルを幸せにしたい。アデルのこと、本当に愛してるから」

 あぁ、どうしよう。
母離れしろと思っていたのに。執着しすぎだと思っていたのに。

「死ぬ程嬉しい‥」

 そう思ってしまった。

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