23 / 26
第23話
しおりを挟む魔王城の中、魔王はずっと生気を失った顔をしていた。
「魔王様、侵入者です」
「ああ‥」
重い腰は上がってくれない。メーベルを失った日から、魔王の時間は止まっていた。
ーーー人間なんてすぐ死ぬ哀れな生き物。なのに時折勇者という特殊な力を持った者が生まれる。面倒だったがわざわざ出向くことの方が面倒だった。だから、人間側の方が勇者の母の首を持ってきた時にはラッキー、と思った。ついでにグレイディ家の方も全滅させるなら協定を組んでやると言った。ただしグレイディ家の娘は連れてこい、と魔王らしい条件を出した。魔族にまで名が轟く程の美人がどんなものか見たかったのだ。
見てすぐに殺してしまおうと思っていた。だが一目見た途端に心が奪われた。メーベルからすれば俺は悪でしかない。勇者一族の娘だから尚のこと。だが俺はメーベルを求めずにはいられなかった。すぐさま求婚するもメーベルは速攻で己自身を凍らせた。
約50年間。俺はずっと氷の前に張り付いていた。炎でも溶けない氷の前に。
その間、人間と魔族は手を取って生活していたらしいが、俺は人間と共存する社会なんて心底どうでもよかった。本当ならば協定を結んだその時に笑いながら人間を殺してやろうと思っていたのだ。だが、メーベルに釘付けになったせいでそれはできなかった。
毎日毎日氷の中のメーベルに触れたいと願い続けた。いつしか50年が経ち、メーベルの魔力は尽きた。
氷から出てきたメーベルは弱っていて俺を突き放す力も残っていなかった。50年前と変わらない美しい姿。俺はメーベルを一方的に愛した。メーベルはきっと、死ぬまでずっと俺を憎んでいただろう。
だけど一度だけ、小さく笑ってくれたことがある。
抱かせてくれと懇願したあの日だ。
やがて宿った小さな命に、弱り切った己の生命力を全て持っていかれたようだった。そんな弱った体で、メーベルは腹の中の赤子を全力で守ろうとした。
きっと子供が生まれた時、メーベルは死ぬのだろう。
直感的にそう思った。だけど、反対もできなかった。恐らく子どもが流れても、その時メーベルは死ぬ。もう命の蝋燭は、わずかしか残っていない。
まともに話しかけてくれたことがなかったくせに、最後の最後に彼女は言った。
「この子を殺さないでください」
と。そう言って彼女の蝋燭は消えた。
俺は俺たちの子どもの顔を見れなかった。
苦しくて苦しくて苦しくて、死にそうだったからだ。
ずっと放置していたけど、一度偶然見かけてしまった。
メーベルに似て美しかった。だけど側にいれば苦しくなるだけだった。
メーベルの約束通り殺しはしない。だが遠くへ行ってくれ、と突き放した。
ぼーっとメーベルのことを考えていると知らないうちに数年経ってしまう。
下界を覗いて、ああそういえば協定を結んでいたんだったと思い出す。
だがもうそんなもの必要ない。最初から必要ないのだ。メーベルに心を奪われて、人間を殺すのを忘れていただけ。
だから魔族たちに命令する。協定などもうよい、と。
それからまた暫く時間が経ったと思うが、やはりメーベルのことを考えているといつのまにか季節が変わっている。
ーーーバァン!!
あ、そういえば臣下が「侵入者です」と言っていたな。
そう思って扉に目をやる。
ああ、帰ってきたのか。
メーベルにそっくりなその子を見て、すとん、と何かが心に落ちたようにそう思った。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます
楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。
伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。
そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。
「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」
神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。
「お話はもうよろしいかしら?」
王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。
※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m
さようなら、私の愛したあなた。
希猫 ゆうみ
恋愛
オースルンド伯爵家の令嬢カタリーナは、幼馴染であるロヴネル伯爵家の令息ステファンを心から愛していた。いつか結婚するものと信じて生きてきた。
ところが、ステファンは爵位継承と同時にカールシュテイン侯爵家の令嬢ロヴィーサとの婚約を発表。
「君の恋心には気づいていた。だが、私は違うんだ。さようなら、カタリーナ」
ステファンとの未来を失い茫然自失のカタリーナに接近してきたのは、社交界で知り合ったドグラス。
ドグラスは王族に連なるノルディーン公爵の末子でありマルムフォーシュ伯爵でもある超上流貴族だったが、不埒な噂の絶えない人物だった。
「あなたと遊ぶほど落ちぶれてはいません」
凛とした態度を崩さないカタリーナに、ドグラスがある秘密を打ち明ける。
なんとドグラスは王家の密偵であり、偽装として遊び人のように振舞っているのだという。
「俺に協力してくれたら、ロヴィーサ嬢の真実を教えてあげよう」
こうして密偵助手となったカタリーナは、幾つかの真実に触れながら本当の愛に辿り着く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる