愛よりも深い情

及川雨音

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冒涜せよ

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 突き上げられた身体が、散らばる紙片の上を滑った。
 衝撃に吐精すれば紙が濡れた。威厳ある字が滲んで汚れる。これを貼り付けた青年の心情を想像してみたが、何も思い浮かばなかった。そしてそんな自分はやはり異常なのだと、改めて実感した。
 律動する手は休めず、彼女が右胸に食らいつく。全体を頬張り吸い上げる。時々舌が乳首を掠めると敏感に反応してしまい、上擦った声が出た。籠った熱い息を吐き出す。

 「……どこまで堕落させればっ」

 恨みが耳を貫く。弱い所を抉られて、背中が浮く。腹の中が圧迫される。
 彼女に纏う闇が深みを増した。
 指の根元まで含んでいたが、更に肉を掻き分けて押し入れられ、とうとう手首まで咥え込んだ。隙間なくみっちりと詰まっている。怒りながらもどこか満足げな彼女に良かったねと笑いかけると、途端に不機嫌な表情をして、苦しげな感情に変わった。

 「苦しいくせに。なんで笑うの」

 体内を占領する部分から、哀しみが広がる。優しい子だから、自身を責めているのだ。般若の顔をしているがこのままだと泣いてしまうかもしれない。大丈夫だと伝える為に頭を撫で、膣肉を蠢かせ手を愛撫した。にちにちと音が鳴る。愛液があふれる。それを見てようやく、そぅっと手を進めながら、胸の縛り跡を噛んできた。


 少女や青年からは、一般的に鑑みれば好意が読み取れるのだろう。恋情や性欲その他。だがそれは憶測だ。人の心は読めない。行動や言動が必ずしも感情に沿っているとは限らない。ほんとうのことは当人しか分からないのだ。いや本人でさえ分からぬ感情に突き動かされる時もある。確かめようがない、解釈によって変わるもの。勘違いや思い込みがある、不確かなもの。感情の答えを証明する方法は無い。不可能だ。ほんとう以外は紛い物だ。欲しくないし要らない。だから私は人を求めたことはなかった。
 しかし彼女はほんとうを、私に教えた。それは醜くかったり切実だったり純粋だったりして、それを知った瞬間、自分でも理解出来ない初めての感情が胸に湧いた。
 苦しみ赦しを求める彼女を少しでも癒せれば、と傷ついた魂を抱きしめた。自分が死ぬまでは寄り添って傍に居てあげたい、孤独にさせたくないと感じた。彼女のほんとうを味わうという打算も勿論あるが、報われるのを見届けたかった。
 未だ一向に救われる気配はなく、寧ろ苦悩が増しているようだが、手助けになれればとこの身を与え続けている。戒めが効かぬと嘆かなくても良いのだと。厳しすぎる彼女を全身で甘やかす。この世と自身の中の神が彼女を赦さないのなら、私だけは赦そう。罰するのなら、飴をあげよう。安らかでいられるように努めよう。
 だから毎回青年の御札を剥がして破く。彼女は知らせないし教えてもこないが、それは私が見つけてどうするか試しているのだ。効力が無いただの紙だと互いに分かっている。だが行為にこそ意味がある。信仰心を持つ彼女は、私が神に背く決定的な証を求めている。
 白濁液にふやけた紙はこれ以上ない冒涜になっただろう。

 長い黒髪が身体に擦れてくすぐったい。ちらちら私の顔色を伺いながら子宮の入り口で躊躇っている。迷う様は羊でなく猫だ。

 「おいで」

 どんなことでも受け入れてあげよう。



 本の世界に浸るため偏執的に何回も同じ文章を辿った。気に入った場面などそこだけを繰り返し見る。もはや文字ではなく脳内に視覚化された場面を再現するためそのページを開く。指圧や油でページを捲る部分の色が変わっているのが目印になっている。
 世界を創るくらい気に入った物だけが本棚には仕舞われている。つまり本の数だけ頭には自分だけのその世界が出来上がっている。

 私の箱庭を封じてあるのが、ここに納められている書物だ。

 生きてきた中で創られたそれらは余生を過ごすのに充分な量で、もう新しい本を探すことはしないだろう。新しい物を取り込むのには労力がいる。なのに大抵の物は二番煎じでつまらない。時間を無駄にするだけだ。だから馴染みを重ねた物のみを共に過ごす。

 太ももの重みを撫でる。
 目を細め、なすがままになっている。嬉しいと伝わってくる。
 彼女以外の霊的存在を私は視たことがない。だから、感情が分かる現象が彼女だけなのか、他の霊にも共通することなのかわからない。知りたいとも思わないし、興味もない。きっと彼女だから感じていたいのだ。

 果たして自縛を解いて脱け出せるのか。
 もしそれが起きたなら。

 奇跡と呼ぶものだ、と私は笑った。



 冒涜せよ・終わり
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