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171話 過去
しおりを挟む俺は頭に手を当てる。
凪の頭は苦悩の表情に満ちたまま固まっている。
今までのあの気持ちの悪い笑みは無くなり、まるで普通の人間のような表情だった。
はぁ、こんな顔はしないで欲しい。
まるで俺が普通の人間を殺したみたいじゃないか。
俺はゆうちゃんの仇を討っただけであり、何も悪い事などしていない。
俺はいつも通りにスキルを使う。
【夢奪】
凪の力が俺の中に流れ込み、もはや気持ちが悪い。
凪の力などに頼りたくは無いが、この強大な力を利用する他ないだろう。
俺の中に力が流れ込むにつれてどんどんと違和感が広がってくる。
…………そうか、凪が言っていたのはそういうことだったのか。
俺の中で凪の力が入ってくるうちに、俺の中のナニカの力がどんどんと強くなっていくのを感じた。
勿論、凪が死ぬ事によって俺のの憎悪が薄れたため、俺の意識の持つ力が減ったというのもある。
が、それ以上に俺の中のナニカの力が強くなっていっている。
俺はもうもはや体の主導権や、色んなものが奪われていく。
そうやって行くうちに凪の力だけでなく、俺の見知った力も流れ込んでくるのを感じる。
…………あの箱の力だ。
俺はその力とともに何者かの記憶が流れ込んでくるのを感じた。
あぁ、凪が言っていたのは本当だったのか。
あの箱が俺の見方では無かったのが今更になってわかった。
だが、俺は後悔はしては居なかった。
そのまま沈みゆく意識に最後の最後まで抗いながら、押し寄せてくる記憶の波に飲まれて行った。
◇◇◇◇
俺の記憶の2つ目は貧しい家の生まれだった。
貧しいというのは日本で言うところの貧しいではなく、今で言うところのスラムという所の生まれだった。
俺の親が生きているうちはまだ良かった。
俺の親は俺に出来る限りの事をしてくれた。
だが、それがいけなかったのだろう。
俺の親は日に日に衰弱していった。
そして、俺の母は病気で死に、父は酒に狂った。
幼い俺にはその不味さには気づけずに、ただただお腹を空かせて日々を過ごしていた。
そんなある日、俺は深夜のうちに父にどこかに連れていかれていた。
何処に行くのかを聞いても父は黙ったままでただ俺の手を掴んだまま前へと進んでいく。
あの時は得体の知らない怖さに泣きそうになったのは覚えている。
しかし、俺は泣かなかった。
泣いたらまな父に殴られるから。
連れていかれた先はよく分からなかったけど、いつも俺が過ごしていた家よりも綺麗な場所だった。
父はそこに入った後、そこに居た老いた男とと言い合いになり、その人を殴ってどこかへ行ってしまった。
殴られた人は頬を擦りながらため息をついて俺に話しかけてきた。
俺は怖くて怖くてその場にしゃがみ込んだ。
その人は俺のそんな様子を見てか、俺の事を抱き上げた。
当然戸惑った僕は暴れ回り、その人を何回も殴ったり蹴ったりした。
それでもその人は優しく微笑みつつ、大丈夫と繰り返し僕の頭を撫でてくれた。
その姿を見るとなんだか昔の父を思い出して、なんだか安心した。
頭を撫でられたのはお母さんが生きていた時以来で、とても嬉しかった。
そのうちに俺はその人の腕の中で眠ってしまっていた。
気がつくと俺は何処か知らないところで目を覚ました。
地面には1枚の布が引かれていて、少しヨレヨレになった布を1枚羽織っていた。
見渡すとそこは椅子が沢山置かれた場所で、奥には銅像のようなものが置かれていた。
そこの前ではさっきまで俺の事を抱き上げていてくれた男の人が何やら熱心に何かに祈っていた。
俺がその様子を黙って見つめていると、祈りが終わったのか、立ち上がり振り返った。
そこで俺の事に気づいたのか、あの時と同じ優しげな笑みを浮かべた。
「おや、起きたのかい。」
「…………誰?」
俺は後退りながらそう問う。
「あぁ、私はオルクスだよ。苗字は無いから好きに呼んでくれるといい。君はなんて言うんだい?」
「…………。」
オルクスは俺に名前を聞いたが、俺は自分の名前を知らなかった。
父が俺の名前を呼んだことは俺の記憶の中では無いし、母が死んでしまったのも俺の自我が芽生えてすぐだったので、その間に呼ばれた自分の名前などとうの昔に忘れてしまったのだ。
俺は黙り込んでしまった。
「そうか…………名前が分からないのかい?」
俺はこくりと頷いた。
オルクスは少し悲しそうな表情をして、俺の元へ近づき、俺を抱き上げた。
今度は俺は抵抗しなかった。
「じゃあ、私が着けてしまったも良いかな? それとももっと若い人のセンスに任せた方が…………。」
「オルクスでいい。」
「…………そうかいそうかい、わかったよ。」
オルクスは俺の返答に酷く喜んだ様子だった。
俺は名前を付けてもらうということがどういう事なのか分かっていなかったが、つけてもらうならこの人がいいと思ったのだ。
オルクスは少しの間思案した。
「…………モルフィス、というのはどうだい?」
俺はよく分からなかったが、こくりと頷いた。
「そうかいそうかい、じゃあ今日から君はモルフィスだ、これからよろしくね。」
そう言ってオルクスは俺の頭を優しく撫でた。
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