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第五章 二十年前の真実

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 ようやく唇を離すと、京亮はベッドに腰かけて私の手を取った。
「華奈ちゃん。僕はこれまで、気持ちを押し殺してきた。君は結婚しているし、特に今は、政治家として順調に突き進んでいる。でも、今度のことで反省したよ。スキャンダルには注意しなければいけないけれど、君が助けを必要とする時は、必ずそばにいるようにする。絶対に、守ってみせるから」
「どうして……?」
 私は、目を見張っていた。
「さっきの話、聞いたでしょう? 私を軽蔑しないの?」
「俊明さんの不倫スキャンダルは、自業自得だろう」
 吐き捨てるようにそう言った後、京亮は、俊明は今日の午前中に議員辞職した、とさらりと告げた。
「午前中って……。そういえば、今は一体何時?」
  時計を見ると、午後一時を指していた。そして改めて見ると、京亮は背広姿だ。仕事を抜け出して来たのか。
「君、ずっと意識を失っていたから……。ああ、僕のことは気にしないで。誰かに何か言われても言い訳できるよう、仕事を装っている」
 京亮は、私に紙袋を見せた。資料らしき大量の封筒が収められている。
「どうして、そこまでしてくれるの」
 私は、ぽつりと言った。すると京亮は、握っていた手を放すと、ベッド脇の椅子に腰かけた。
「実は、君の正体を知ってから、僕は小田切元大臣について調べたんだ。そして、色々なことがわかった。……まずは、秘書だった柳内雅明が裏切ったこと」
「じゃあ……、わかったのね? 私が、俊明と結婚した理由」
 うん、と京亮は頷いた。
「復讐だろう? 柳内雅明は、君のお母さんを押しのけて自らが代議士となった。恐らくは、佐久間仁と通じていたんだろう? 佐久間が農水大臣のポストを得るために協力、見返りとして選挙戦での支援を受けた、とかじゃないか」
「まったくその通りよ」
 京亮の推理は、辻村が告げた真実と、ぴたりと符合していた。
「……そして。君は小島前大臣も陥れたと言ったけれど、彼は確か、当時佐久間仁の秘書だったね? 理由は、それだろう?」
 そうよ、と私は答えた。
「父を陥れるために、小島はずいぶん活躍したのよ……。ねえ、聞いて。父のスキャンダルは、濡れ衣だったの。辻村先生から伺ったわ」
 私は、佐久間、柳内、進藤が手を組んで父を陥れた話を語った。
「進藤幹事長まで?」
 京亮も、さすがに驚いたようだった。
「そう。それは私も初耳だった。父の不正が、偽造だったことも」
  私は、ベッド脇に置いてあったバッグを指した。
「取ってくれる?」
 京亮が差し出したバッグから、私は辻村からもらった手紙を取り出した。
「辻村先生がくださったの。先生宛ての、父の遺書ですって」
「僕が読んでいいの?」
「是非、読んで」
 京亮は、真剣に目を通し始めた。時折頷きながら読み終えると、彼はうなった。
「すごいね。さすがに、小田切先生だ。こんな昔から、農政の未来を見通しておられる。とても勉強になるよ」
 京亮はそう言ったが、表情はどこか曇っていた。私は、怪訝に思った。
「何か、腑に落ちない部分でも?」
「……いや、何でもないよ」
 京亮はかぶりを振ると、私に手紙を返した。
「華奈ちゃんは、根は優しい女性だと、僕は思うよ。君が陥れたのは、恨んでいる人間だけ。それ以外の人には、君は誠意を尽くすだろう? 堀先生の時だって、一生懸命だった。それに、聞いたよ。君、政務官レクで、成果を出した職員に相応の評価を与えるようにと言ったんだろう? 僕が手柄を握りつぶされた一件があったからかな、と思っていた」
 京亮が、優しく語りかける。私は、うつむいてしまった。何だか、無性に気恥ずかしかったのだ。
「そろそろ帰るけれど……。その前に、聞かせてくれる? 昨夜、一体何があったの?」
 京亮が、一転深刻な表情になる。ひき逃げされたのだ、と私は説明した。
「そうそう、ナンバーを控えておいたから」
 撮った写真を見せると、京亮はすぐにそれを手帳に控えた。そこで私は、ハッと思い出した。
「そうだ! まずいことになってるんだったわ。実はね、どうして事故に遭ったのかと言うと……」
 私は京亮に、赤西の話をした。
「柘植君とは、何も無いのよ? でも、あのカメラマンを怒らせたら、どう報道されるかわかったものじゃない。それで焦って、道路へ飛び出す羽目に」
「なるほど。じゃあそのカメラマンを、早いことどうにかしないとね」
 京亮は考えを巡らせる眼差しをした後、言いづらそうに告げた。 
「ところで、それはそれとして。柘植さんを雇い続けるのは、まずくないか? そりゃ加賀山さんの例があるから、女性秘書だからいいとは限らないけれど。やはり、秘書が男性だと、こうしてあらぬ疑いをかけられるだろう。……それに」
 京亮は、一瞬言いよどんだ。
「柘植さんの方は、華奈ちゃんを好きなんだろう。僕に対しても、並々ならぬ敵意を感じる」
「……でも、今彼をクビにはできないわ」
 私は、力無くかぶりを振った。
「柘植君は、色々知りすぎているもの。収支報告書の偽造も、彼がやってくれた。怒らせるわけにはいかない」
 色仕掛けで協力させたことだけは、言えなかった。京亮には、そんなことを知られたくない。
「確かに、バラされるとまずいね……。けれどどうして、そこまでして早川さんを陥れたの?」
 私は思いきって、ピルのすり替えについて告白した。京亮が、唖然とする。
「柳内雅明が最低の男だということは、わかっていたけれど。まさか、そこまで……? 俊明さんも、俊明さんだ。父親の言いなりに?」
 京亮の瞳は、怒りに燃えていた。
「華奈ちゃんは、それでも彼と夫婦でい続けるつもり?」
「今は」
 私は、短く答えた。
「今離婚したら、築いてきた私のイメージが台無しになる」
 京亮は、それで全てを悟ったようだった。
「……わかった。じゃあひとまず、ひき逃げの件を調べるから。そして、カメラマンの対処についても」
 早口でそう告げると、京亮は身軽に席を立ったのだった。
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