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第二章
第五話 ちゃんと居るよ
「皆無事かァ!」
少しして。村に辿り着いた桜花は、開けた場所に暁を着地させた。茜鶴覇の結界のおかげで村が襲われた形跡はない。
桜花の呼び声に気が付いた村人たちが、色んな所から集まってきた。何があってもいいようになのか、皆農具を手にしている。
「桜花さん!」
「ねぇちゃん!」
不安げな顔で走り寄って来る女子供に、桜花は下馬してひとまず状況を聞くことにした。
「怪我してる人今いる?軽い怪我ならここで直すよ」
「居ないよ、大丈夫。皆無事だ」
がっしりとした女が答える。彼女の言う通り皆に目立った怪我は見られない。
「良かった。変わったこともない?」
桜花が問いかけると、皆顔を曇らせる。
「アンタが来る少し前。山の中へ神否抗派の奴らが大人数連れて登って行ったんだ。アタシら村の者には目もくれずにね」
その情報に桜花は目を見開く。
「もう山の中に入ったの⁉」
「ええ、すごい剣幕だったわ。何かに取り憑かれたように怖い顔してた…」
足にしがみ付く幼い子供を撫でながら、桜花の隣に立っていた女が答えた。
「まずいな……」
思ったよりも進みが早い神否抗派の人間達は、恐らく社まで後半分もない。この山の標高は然程高くないので、屈強な男が走って登れば四半刻どころかその半分で登れるだろう。空を飛んできてしまった桜花は、木陰のせいで彼らを見落としてしまったのかもしれない。
桜花は茜鶴覇達が人間相手にやられるとは思っていないが、逆に人間相手に乱暴するとも思えなかった。泥沼状態になった所に懺禍率いるあやかしの軍が来たとしたら、こちらはかなり不利となる。
あやかしとの話し合いは不可能。時間の無駄となるのは目に見えている。村長たちが人間達だけでも押さえられた良いのだが、簡単にはいかないだろう。その辺りは祈るばかりである。
その時。
「おーーーーうかァ!」
大声で名を叫ばれ、振り返る。そこには見覚えのある人影が走ってきていた。
「風牙、爪雷…!それに嶄と六花も!」
やってきたのは風神雷神の兄弟と、圓月に忠誠を誓った鬼と雪女の四名である。
茜鶴覇の簡易的な結界は、ある程度の妖力や神力を持ってさえいれば出入りが出来るものだ。神力を持つ体質の桜花と、そもそも神獣である暁は問題なく通ることが出来る。彼らも条件を満たしているので、楽に入ってこれた筈だ。
「皆がここに居るって事は、河原の方は何とかなったって事?」
「察しが良くて助かる。ひとまず全員地に伏せてきた。死んでは無いだろうが、暫く動けまい」
風牙が簡単に事後報告をすると、桜花は「流石」と短く褒める。
「…そうだ、四人に聞いてほしい事がある」
そう一言挟み、話を始める。
「神否抗派の人間達が今一斉に動き出してる。既に入山を許してしまった後だ」
桜花の簡潔な説明に、風牙達は顔を歪める。
「人間の武器が、神力や妖力に勝てると思ってんのか?死にに来てるようなもんだ。そこまで人間が馬鹿だとは思えねぇが」
爪雷が眉間にシワを寄せると、桜花は茜鶴覇達が出した仮説と状況を話す。邪気を纏っているかもしれないという事、懺禍が焚き付けたかもしれないという事、そして対懺禍戦の為に天大蛇命が封印を解除しに行っているという事。
それらを聞いた四人は、益々顔を強張らせた。
「とんでもない事になっていますね…」
「社にいる連中がそう簡単にやられるとは思えねぇが、懺禍が来るとなりゃ一騒動ありそうだな」
六花と嶄がそれぞれ反応すると、風牙が腕を組む。
「俺達も早めに社へ戻った方が良さそうだ」
「ああ。この村の人間が社に居るなら、恐らく茜鶴覇達はあやかしから守りながらの戦いになる。数も作戦も、俺達にはかなり不利だ。……まぁ、そうなるように仕向けたのは懺禍の野郎だと思うが」
爪雷も同じように推測しているのを聞き、桜花は蟀谷に青筋を浮かべる。
「全て作戦通りって?……どこまでもふざけた真似しやがって…」
「元々ああいうやつなんだ。自分が頂点に立たなきゃ気が済まねぇ戦闘狂。前の長が懺禍に敗れて以来、あやかしは皆あいつにビビってる。勝てねぇから下に着くんだ」
嶄がそう言うと、六花も珍しく瞳に怒りの色を滲ませていた。
「主はあのような輩よりも、上に立つ素質のあるお方。彼があやかしを纏めなければ、いずれ天界とも完全に背を向けてしまう事になる。それだけは避けねばなりません」
それを聞いた桜花は「そうだね」と頷く。
「兎に角今は社に戻ろう。上が心配になってきた」
桜花の意見に賛成なのか、四人は頷いて見せた。
「皆、警戒を怠ったらだめだよ。自分たちの身を最優先で考えて行動して!」
「ああ、アンタも気をつけなね。今の話聞いてる限り、相当まずいんだろう?無事に帰っておいでね」
ガッシリとした女がそう言うと、子供たちも不安そうな顔で「気を付けてね」と口々桜花に投げかける。
その中で一人、暗い表情で俯く竜太郎を見つけた。桜花は暁の側を少し離れ、彼の元へ行く。目の前まで来ると、膝を着いて両肩を掴み、竜太郎の顔を覗き込んだ。
「竜太郎、アンタがこの村の子供の中で一番大きいんだ。下の子たちを守ってあげるんだよ。いいな?」
「……桜花ねぇちゃん」
「ん…?」
ぼそりと名を呼ぶ竜太郎。桜花は首を傾げて応える。
「桜花ねぇちゃんも、守ってくれる人……ちゃんと居るよね?絶対、無事に帰ってくるよね…?」
目に涙をいっぱい溜めた竜太郎は、視線を上げた。心配してくれているのだと気づいた桜花は、ワハハと笑って見せる。
「なんだそんな事か。大丈夫だよ。ちゃんと居る。私を守ってくれる人は、ちゃんと居る」
桜花は竜太郎の目をじっと見つめた。
「本当?」
「ああ、本当だ」
すると、子どもの頭には大きすぎる手のひらが竜太郎を撫でる。見上げると、そこには爪雷がいた。
「竜太郎、桜花は俺達が守ってやる。この世で一番安全な場所だぞ?心配なんてするだけ損だ。お前は下の子供のことだけ心配してろ」
「うん」
鼻水と涙を着物の袖で乱暴に拭うと、竜太郎は大きく頷く。爪雷は「おっし」といって最後にポンポンと頭を撫でた。
「こういう時だけいっちょ前な事いうよなアイツ。普段は雷ゴロゴロ鳴らしてガキをビビらせてるくせに」
「風牙様が居られるので、兄心が擽られるのではないでしょうか」
「じゃああれか。雷ゴロゴロ野郎は子供を目の前にすると、風牙と重ねて甘くなるって事か」
「ええ、恐らく」
「聞こえてんだよ馬鹿が。妙な推測してんじゃねぇよ」
すかさず突っ込みを入れる爪雷に、六花は「はて」と首を傾げる。
「違いましたか?」
「何もかもが間違いだ。そもそも子供ビビらせるために鳴らしてんじゃねぇんだよ俺は」
「そりゃ悪かったな」
ガハハと笑う嶄。そのやり取りを見て、村の物たちも少しだけ顔が穏やかになった。爪雷はなんだか居心地悪そうに後頭部を掻くと、桜花の腕をグッと引いて立ち上がらせる。
「……さっさと社行くぞ」
「爪雷、女性をそんな乱暴に扱ってはいけない」
「ちッ」
風牙の指摘に隠すことなく盛大な舌打ちをかまし、小声で「悪かった」と謝罪した。そして掴んだ桜花の腕を、ポンポンと優しく撫でる。それを見た嶄は呆れた顔をした。
「おめーはさっきから何してんだ」
「そんな事俺が一番聞きたいわ」
怒りを滲ませた爪雷の言葉に、桜花は少し笑う。
「痛くもないし、大丈夫。それより早く行こう」
桜花は暁を呼ぶと、鞍に跨った。そして六花に声を掛ける。
「六花、私の後ろ乗ってって」
「ありがとうございます」
六花はそう答えると軽い身のこなしで乗馬し、着物の裾が引っかからぬようにして鞍に横向きで座った。
それを横目に見た爪雷は、目の前に黒い雲をモクモクと発生させる。
「嶄、お前は俺と来い。風牙は自分で飛べるな」
雲に乗った爪雷は、嶄と風牙に問いかけた。
「すまねぇ、助かる」
「俺も大丈夫だ」
嶄が雲に飛び乗ると、風牙は風を巻き起こして宙に浮く。
「…行こう」
そう言うと風牙は、まるで羽が生えているかのように軽く飛んでいった。それを追う様に爪雷の雲が村を離れる。その背中を見送った桜花は村に声を掛けた。
「後は任せた」
「ああ、分かった。気ぃつけな桜花!」
その返事を聞くと、桜花は風牙達に後れを取るまいと手綱を強く引く。暁はダンと地面を蹴り、空へ向かって勢いよく駆けて行った。
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