桜咲く社で

鳳仙花。

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第二章

第六話 水神、天大蛇命



 少し戻り、桜花が社を離れた後。
「封印はするのも解くのも骨が折れる」
北玄ペイシュアンの更に奥にある山には、天大蛇命アマオロチノミコトいた。大きな滝が激しくしぶきを上げて唸っている。その滝を囲う様に木々が生い茂り、岩にはこけが張り付いていた。
 その滝の裏には深い洞窟があり、肌寒い冷気と湿度が漂っている。所々に松明を燃やし、薄暗い洞窟内で天大蛇命は顎に伝った汗を拭った。
 彼女の視線の先には頑丈な岩の箱がある。その上に手をかざすと神力で重たい蓋を外した。
「……」
溢れる熱気に思わず顔を歪める天大蛇命。そこに入っていたのは刀だった。太陽のように熱いその刀は、数千年の時が経っても変わらずそこに在る。
 先程まで肌寒く湿った空気が漂っていた洞窟は、一気に乾いて気温を上昇させた。天大蛇命は目を細め、水の大蛇を出して刀を持たせる。ジュワッと水が蒸発する音と共に水蛇の肌から白い水蒸気が立ち上った。
「アタシが持っていくより、お前が持って行った方が早い。行きな」
そう命令すると、蜷局とぐろを巻いていた水蛇がとてつもない速度で洞窟を去っていく。
 その後ろ姿を見送り、天大蛇命大きくため息を吐いた。そして火を灯していた松明を消しながら洞窟の入り口に向かう。滝の裏から出て苔の張り付いた岩に降り立つと、何かを感じた天大蛇命は跳躍して大岩に乗った。その瞬間、先程まで彼女が乗っていた岩に謎の液体が掛かり、シュウシュウと音を立てて溶けていく。
「……随分な挨拶じゃないか」
天大蛇命がそう言うと、木の陰から数体のあやかしが気味悪く笑いながら出てきた。その一番最後尾には、感情が一切確認できない無表情のあやかしが居る。狐の耳と九本の尾を持ったその男のかんばせは、恐ろしい程に整っていた。
 「ここまで来るなんて懺禍の野郎は本当に用意周到だねぇ。…それとも、水神アタシが怖くて先に潰しに来たかい?ビビリなこった」
不敵な笑みを浮かべ、袖で口元を隠して笑う。その仕草にいら立ったのか、笑っていたあやかし達が黙った。
「懺禍様に対し、なんと失礼な」
「殺そう殺そう、歯向かうやつは皆殺し」
「刀の前にまずはお前だ」
口々にそう言って騒ぎ始めたあやかし達を、まるで醜い物を見るかのような目つきで天大蛇命は見つめる。そして嘲笑う様に口を開いた。
懺禍が悪けりゃ部下手足も悪くなる。だがこればかりは懺禍の馬鹿に同情すべきかねぇ。…脳ミソがおめでたい奴らばかりだ」
煽りに煽る天大蛇命に我慢が出来ず、あやかし達は怒号を上げて一斉に飛び出す。
「このアタシを本気で狩れると思ってる辺りが、って言ってるんだよ」
そう一言言うと、天大蛇命は背後から数体の水蛇を呼び出し、あやかし目掛けて襲い掛からせた。水蛇の牙は鋭く、うねる身体はすばやい。あやかし達は水蛇を消そうと攻撃したが、爪で引き裂かれても元に戻り、吐いた毒は水に取り込まれた。
 なす術もないあやかし達に対し、水蛇の勢いは収まるどころか空腹の獣のように獰猛になっていく。瞬く間にあやかし達は、水蛇に首をがれ、体を食いちぎられ、断末魔を上げながら跡形もなく消滅していった。
 シンと静まる山には、滝の轟音ごうおんのみが響き渡る。
「目の前で仲間が死んだってのに、少しも悲しくないのかぃ。なんと非情な男よ」
「俺はやつらを仲間と思ったことは無い」
「それはそれは。一匹狼ならぬ一匹狐か。大層なこった」
天大蛇命は煽るが、狐のあやかしは表情を全く変えなかった。
 再び静けさを戻す山中。天大蛇命は誘うように口を開いた。
「さてどうする?アタシを狩ってみるかい」
「…」
目を細める彼女を男はジッと見つめ返す。ゴウゴウと激しく水がぶつかり合い、滝つぼには白い水しぶきが吹き上がった。
 男は呆れたように息を吐き、スッと目を閉じる。
「……冗談はやめてください、天大蛇様。そもそも俺と貴女では相性が悪すぎますよ。勘弁願います」
先程とは違い、口調が丁寧になった男はどこか面倒くさそうに返事をした。
「おや、やる前から負けを認めるとは。火響かきょうお前、さては肝っ玉が小さいな」
「現実を見てるって言ってくれませんか」
ケタケタと子供をいじるように笑う天大蛇命に、火響と呼ばれた男は青筋を立てた。天大蛇命は大岩から降りて火響の元へと向かう。
 「それにしてもアタシに雑魚の駆除を押し付けるとは、いい度胸だね」
「俺が直接手を出したら意味ないでしょう」
「はは、それはそうだな。間者かんじゃも楽じゃないねぇ」
妖艶な笑みを浮かべる天大蛇命に、火響はもう一度ため息を吐いた。
 「……それで。何故今回の件についての報告が無かったんだい?」
クスクスと笑い終えた後、天大蛇命は真面目な顔に戻る。その問いかけに火響は少し目を細めた。
「それは…」
そう一言挟むと、後ろを振り返る。
「こういう理由です」
その視線の先を辿ると、木の陰に隠れる人影が見えた。
「…ほう?気付いていたか。拙者は気配を消すのが得意なんだがな」
そう言って出てきたのは巨大な翼を持った初老の男。それをみて火響は口を開く。
「懺禍の両翼の大天狗。あれは右翼うよくと呼ばれているほうですね」
双子なので見分けるのが難しいんですよと要らぬ情報まで丁寧に伝える火響。天大蛇命は青筋を浮かべて応える。
「右翼でも左翼でもどっちでもいい。何故その天狗が居るんだ。まさか正体がバレていた等とふざけた事は言わんだろうな」
「バレてました」
「良い度胸だな貴様」
天大蛇命がそう言うと、火響は淡々と話した。
「俺が間者だと疑われたのはここ数週間の事です。その頃から常に誰かしらの気配を感じていました。いくら懺禍とはいえ、疑いの余地のある者に態々重要な情報を与えたりしない。監視の目があった事と、そもそも聞かされていない作戦だった事もあり、連絡が取れませんでした」
「なるほどな。それで今ので完全に黒になっちまったって事か」
「まあ、あそこに居るのは分かってて話したんですけどね」
「本当に貴様ふざけてないよな」
「俺はいつでも真剣ですが」
 その瞬間、風のやいばが二人目掛けて飛んできた。お互い離れる様にして避けると、飛んできた方角を見る。
「やはりお主、茜鶴覇の部下だったか。あやかしが神の部下に成り下がるとは…」
その発言に、火響は目を細めて口を開いた。
「俺は茜鶴覇様の部下じゃない。俺が忠誠を誓ったのは圓月様だ。勘違いするな」
「圓月だと?あんな阿呆あほうな若造に着くとは、お主…余程命が要らぬと見た」
天狗はそう言うと、翼を大きく広げる。
「……誰が阿呆だって」
「なんだ、聞こえなかったのか?あの生意気な烏天狗の小僧を阿呆といったのだ」
大天狗は火響に答えるなり、風の刃を飛ばしてきた。しかし、二人に刃が届く前に火響の炎によって刃は燃え落ちる。大天狗は眉間にシワを寄せ、更に多くの風の刃を操って攻撃を仕掛けた。
「主を悪く言われて黙ってる程、俺は優しくないぞ」
「おい火響!」
火響は天大蛇命の制止を無視し、火の玉を飛ばして刃を相殺する。熱風が巻き起こり、木々をざわざわと揺らした。天大蛇命は顔を袖で覆って熱風をしのぐと口を開く。
「馬鹿が。挑発に乗る気か、落ち着け」
「落ち着いてますよ。今すぐあいつを消しに行ってきます」
「それを落ち着いてないというんだよ、本物の馬鹿かお前は」
天大蛇命が突っ込みを入れると大天狗が嘲笑う様に口角を上げた。
「茜鶴覇のいぬにここまで言われてちゃオシマイだな」
そう言って冷ややかに笑みを浮かべる大天狗に、天大蛇命は蟀谷こめかみに青筋を浮き上がらせる。
「……へぇ、アタシを狗呼ばわりするとは。貴様こそ命が惜しくないようだな、天狗。望み通り嚙みちぎってやる」
そう言うと、巨大な水蛇を滝つぼから出現させた。水蛇は大天狗に威嚇するように牙を向ける。
「貴女さっき落ち着けとか言ってませんでしたか」
「それはそれ、これはこれ」
「懺禍と同じくらいたちが悪いですね」
「一緒にするな、気色悪い」
 天大蛇命は火響にそう言うと大天狗を見た。そしてニヤリと口を歪めて笑う。その口元には蛇の様に鋭い八重歯が見えた。
「……さてと、天狗狩りを始めようか」
「ええ、そうですね。丸焼きにでもしましょう」

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