桜咲く社で

鳳仙花。

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第二章

第三十六話 白家

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 史に一言断りを入れ、薫子は梅雨の庭へと向かう。
 梅雨の庭は境内に二つ存在し、ひとつは台所の勝手口がある庭の隣、もうひとつは境内正面の鳥居から真反対の場所に位置している。恐らく伊吹が指している梅雨の庭というのは、距離を考えるに前者の方で合っているはずだ。そもそも梅雨の庭が正確にどこにいくつあるかは、伊吹は知らぬはずである。
 (そういえばあまり通ったことがない)
普段景色を見てはいても、あまり中へ踏み込んだ事が無いので少しだけ新鮮な気持ちになる。
 草履に履き替え、勝手口から出て歩いていると見知った後ろ姿が見えた。その隣には先程軽く紹介してもらった兄弟も伊吹と共に会話している。三人の表情はお世辞にも楽しげとは言えなかった。
 「薫子さん」
いち早く気がついた伊吹はパッと顔を明るくさせて薫子へ近づく。
「伊吹さん、お待たせして申し訳ありません」
「いえ、こちらこそバタバタしてる中呼び出してしまってすみません」
伊吹は申し訳無さそうに頬を掻いた。
「皆さんこそ、ここに居ても大丈夫なのですか」
集団から孤立しても良いのだろうか。彼らはそれなりの地位の人間である。そんな立場の男達が抜け出して問題ないのだろうか。
「それこそ問題ないですよ。寧ろ俺達だから自由を許されてるのです」
銀髪の男がケラケラ笑いながら答えた。薫子は首を傾げる。
「どういう……」
「…僕達はその辺の貴族より強いから、ある程度の行動の自由は許されてるって事」
茶髪の男はため息をついた。彼の冷たい声音で返された回答に、薫子は「なるほど…」と返す。そのやり取りを見て銀髪の男は眉を潜めた。
「月船、もうちょっと笑顔大事にしような。普通に失礼だろう?それに彼女は茜鶴覇様の神女様なんだからな」
「い、いえ、あの」
まだ違いますと言おうとしたのだが、その前に月船と呼ばれた男が言い返す。
「だから僕達が下手に出てよく知りもしない女にへりくだれと?冗談じゃない。やりたければ兄上だけでやればいい」
つっけんどんに言葉を並べて薫子を見る月船。銀髪の男は「お前なぁ…」と額を抑えた。
「すみません。こいつは俺の弟の月船つきふねと言います。俺は黎明家の長男、雪丸ゆきまるです」
「私は薫子です。…後、私はまだ神女では無いので楽にしていただいてもよろしいでしょうか…」
(じゃないと申し訳無さで胃が痛い)
薫子がそう言うと、伊吹はクスリと笑う。
「まだ、ってことはその内神女になるって事ですよね」
「………ご想像にお任せします」
薫子は視線を流して無かったことにしようと思ったが、雪丸もニヤニヤと口角を上げながら「へえ?」と言っている。なんだかバレてはならない人間に知られたような気がした。伊吹と雪丸の意地の悪そうな表情に思わず、ミミズか何かを見るような目をしてしまう。あまりにもスンとした薫子の顔に気がついたのか、二人は肩をビクつかせて悪人面を引っ込めた。
 「…月船様も今のままでお願い致します」
「当たり前だ。僕は理由もなく謙る行為はしない。僕を屈服させたければ、それ相応の姿を見せろ」
「いや、別に屈服なんて…」
「大丈夫今にわかるよ。彼女の凄さは」
(なんでこの人らは私の言葉を遮るんだ)
薫子が反論する間もなく伊吹が自信ありげに胸を張る。本人である自分を置いてああだこうだと言い合う男達を見て薫子は色々と諦め、生暖かい瞳で見守ることにした。状況が混沌としてきていると心の底から思う。
 そうして再び薫子の発言権が勝手に排除された所で、雪丸が「さてと」と話を打ち切った。
「お遊びもこの辺にしようかね」
(そういえば、私がここに呼ばれた理由は黎明家と白家の話だったような)
黎明家の長男と次男がここに居て、白家の者は居ない。そして神来社 伊吹が共に居る事を踏まえると、問題があるのは白家なのかもしれない。
 「薫子、でいいのかな。今はまだ」
「……ずっとそれでお願いします」
少しイジるように訊ねた雪丸に疲れた顔で薫子は返事を返す。雪丸は「わかった」と笑いながら答え、真面目な表情に戻った。
「あのな、薫子。今から俺達が話す事は前代未聞の話だ。恥ずかしながら、俺達黎明家だけじゃ解決は難しかった」
「前代未聞の話…?」
薫子は雪丸の言葉を繰り返し口にする。伊吹はまっすぐ見つめて頷いた。
「白家が、懴禍へ加担しているんだ」
その瞬間薫子は、目を見開いて硬直してしまった。白家とは古来からの伝説の三大神族。神と契約を交わし、民の安全を守り、神を敬う存在である。それが懴禍へ加担しているということはつまり、
「もっと大きな括りで行くと、神否抗派に属しているようなんです」
裏切りである。
 「そんな…でも、今日彼等はここに集って茜鶴覇様に忠誠を誓っています」
そう、社におもむき茜鶴覇の命令を了承した時点で忠誠を誓ったも同然だ。もし伊吹らの言うことが正しいのだとしたら、あの瞬間白家の当主は一体何を考えていたのだろうか。
「だから気味が悪いんだ。何しでかすかわかったもんじゃない」
月船が腕を組んで眉間にしわを寄せる。雪丸はそんな弟を見てから薫子へと視線を流した。
「薫子は白家についてどこまで知ってる?」
「尊き身分、ということしか…」
(言われてみれば何も知らない)
どちらかというと、薫子達のような下民が知る必要はないというべきか。とにかく一般的な三大神族の知識しか薫子は知らない。
「まあ、そりゃそうだよな」
雪丸は肩をすくめる。
「白家はこの国、いや…この世界で最も薬学に精通している家だ」
「薬学……」
薬というのは時に金以上の価値を有する代物である。だが調合するのは難しく、素人ではまず扱えない上に手に余す。
「白家は赤ん坊の時から薬剤のありとあらゆる事を身に着けさせられる。調合に種類の鑑定、副作用から解毒、抗体生成まで、薬物に関わる全てだ」
月船は相変わらずの不服といいたげな顔で説明してくれた。薫子は首を傾げる。
「その薬学と今回の件、何か繋がりがあるのでしょうか…?」
「君ほんとに社の人間なの?察し悪」
「おいこら月船、口には気をつけろよ」
腰に手を当てて叱りつける雪丸。月船は「ふん」と言って顔を背けた。見兼ねた伊吹が薫子に話しかける。
「不思議じゃなかった?どうやって懴禍と爪雷様が神殺しの実を見つけて、使用可能の状態まで持っていけたのか」
(言われてみれば、確かにそうだ)
特に爪雷からしてみれば、ひとつ間違えば命をおびやかす猛毒である。そんな物をおいそれと扱えるとは思えない。何かしらの力を借りていると仮定したほうが話の筋は通る。
 懴禍には命の危機は無いが、神殺しの実が現世で確認されたのは、彼が地獄から開放されるよりも前の話だ。時系列が合わない。
「もし、神殺しの実についての研究が白家で進められていたとしたら。使用が容易い粉末状にまで加工できたとしたら。解毒、もしくは抗体の発見に成功していたとしたら。そう仮定した時、奴らは今一番俺たち三大神族で最も怪しいものになる」
 そう雪丸がいった瞬間、パキッという枝を踏み折る様な音が聞こえた。四人は目を見開いて振り返る。
「おやおや、皆さんお集まりで。どのような楽しい話をしているのでしょう」
そこには左目に眼帯をした黒髪の男が立っていた。
「私も混ぜて頂けませんか」
結い上げられたその髪をサラリと揺らし、菫色の瞳で微笑んでいる。ふわりと香る香水が湿った土の匂いと共に鼻を掠めた。
 (あの人は確か)
先程の会議で見た顔である。彼が座っていたのは茜鶴覇から見て一番左の先頭。あの何かと失礼な老骨織斎の隣に居た男だった。つまり。
匡明きょうめい、なんでここに居る」
月船は嫌悪感を隠すことなくそう質問した。彼の名はつくも 匡明きょうめい。三大神族白家の時期当主である。

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