桜咲く社で

鳳仙花。

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第三章

第九話 中央

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 時はやや遡り、社にて。
 「……」
屋根に登り、各方面に散っていった仲間を見渡していた夢幻八華。グッと上に伸び、屋根から飛び降りる。湿った足元には桜が貼り付き、お世辞にも美しいとは言えなかった。
 夢幻八華は溜息をひとつ吐く。
「俺はここの守護だから、前線に出る気は無かったんだけどな」
ボリボリと後頭部を搔き、桜の大樹を見上げた。
「おい、出てこいよ。居るのは分かってんだ。それとも引っ張り出してやろうか」
夢幻八華は地面から水を吸い上げるようにして手の平に集めると、刃の如く鋭くし、桜の中へ弾き飛ばした。
それと同時に花弁を大きく揺らして何者かが飛び出す。夢幻八華は目で追った。
 「ほう?よく気づいたな」
空中で留まった男は目を細める。背に鷲の翼を持ち、獅子の腕は毛深く剛腕だった。異形のその姿に夢幻八華は眉間にシワを寄せる。
「何だお前。見ねぇヤツだな」
「だろうな。ただの神如きが俺を知るわけがない」
傲慢なその態度を前に、夢幻八華は考えた。彼の異質な気配からは、汚泥のような禍々しい邪気しか感じられない。まさかこれ程までの気配を今の今まで隠していたとは。
 夢幻八華は鋭い気配を肌で感じながら、自身の記憶と知識を辿たどり、七つの大罪という答えにたどり着く。しかし、夢幻八華の記憶が正しければ、彼のような姿の悪魔を把握していなかった。だから「見ねぇヤツ」と言ったのである。
「七つの大罪だろ。お前。俺はぞ。」
「だから、と言っている」
ニヤリと笑ってみせた悪魔。
「貴様の能力は知っている。だから俺がここへ参上したのだ」
「………なるほどな」
夢幻八華は大方察しがついた。
 恐らく、夢幻八華が知る悪魔の中の内、誰かがその地位を退いた。もしくは消されたのだろう。彼はその後釜である可能性が高い。
「お前の能力は名を知られなければ良い。俺は唯一貴様の記憶に存在しない。つまりお前を無力化できるってことだ」
腕を広げ、得意げに笑う悪魔。夢幻八華は腕を組む。
「だからなんだってんだ。俺が能力使えず負けるとでも言いてぇのか」
「ああ、その通り。お前は今日死ぬ。決定事項だ」
「そうかよ。舐められたもんだ」
夢幻八華はパッと手を合わせると、横一文字に手を離す。そこには金色の大太刀が現れた。
「それがお前の神器とやらか」
「まぁな。こうデカくちゃほぼ使わないが」
キン、という音を立てて引き抜くと鞘を宙に放る。光の粒となって消えた鞘を横目に、悪魔は「へえ」とだけ返した。
「敗北の言い訳にするなよ?」
「……ンだぁからそういうのは」
溜息混じりに夢幻八華が口を開く。そして臆する事無く地面を蹴って悪魔の懐へと飛び込んだ。
「俺に勝ってから言え」
「…上等」
獅子のような剛腕で夢幻八華の太刀を受け止める悪魔。ギリギリと力で押し合い、夢幻八華は弾き返された。宙で体勢を整え桜の大樹に一度着地すると、左手に炎を纏い、空気を切り裂くように腕を振るう。
「!」
炎の一閃が悪魔の首目掛け走った。しかし悪魔は紙一重で躱して見せる。
「終わりか?」
「なわけ」
夢幻八華は木から飛び出して再び悪魔に接近した。それと同時に悪魔の背後から凄まじい熱を感じ、肩越しに振り返る。
「ほお?」
背後から躱したはずの炎が軌道修正し、再びこちらへと迫って来ていた。前から夢幻八華が、後ろからは炎が。はさみ撃ちになった悪魔はニヤリと笑って見せる。
「やるじゃねぇの。だがそれじゃあ俺は殺せない」
夢幻八華の刃が悪魔の首に触れる瞬間、その姿は突如として消した。
「……ッ!」
炎が夢幻八華に炸裂し、火柱を上げて大炎上を引き起こす。地面に落ちた夢幻八華は炎を薙ぎ払うかのように大太刀を振るった。
「……」
舌打ちをし、火傷をした箇所を癒やしていく。その時、違和感に気がついた。
 パッと周りを見るとそこに社は無く、あるのは広大な草原だった。
「………」
悪魔の姿を探すように辺りを見渡すと、上空で腹を抱えて笑っているに悪魔を見つける。
「驚いたか?」
「……何やったお前」
「さあ、何だろうな」
教える気は無いのだろう。悪魔は楽しそうにゲラゲラと笑っている。夢幻八華は彼から目をそらさずに思考を巡らせた。
 ここは神央国から少し離れた場所に位置する大陸だろう。夢幻八華にとって見覚えのある場所だった。
「……俺の国、か」
夢幻八華が現在治めている国、華翔国かしょうこくである。
「あの場所だと色々とやり辛いだろう。俺が広い場所に引っ張り出してやったんだ。感謝しろよ」
悪魔は穏やかに揺れている草むらに足をつけた。その瞬間、邪気に充てられた草花はみるみる枯れていく。
「何故俺を社から引き離した」
「あ?一方的になぶるのは性に合わねぇ。強さを自負して見下してる奴を、心と魂が折れて潰れるまでひたすら殴り続けるのが一番面白い」
興奮し、笑みを浮かべる悪魔。夢幻八華は目を細めた。
「悪趣味なやつ」
「雑魚で遊んでやってるだけ優しいと思うがな」
「雑魚ねぇ。お前が?」
「この俺を舐めてかかるのは構わねぇが、死ぬぞお前」
「この俺って言われても知らねぇよお前のことなんて。誰だって聞いてるだろ最初から」
「だから俺は……」
悪魔はそう言って口を開いた瞬間ニヤリと笑い、口を閉じる。夢幻八華は何度目かの舌打ちをした。
「って、そうはいかねぇなぁ。危ない危ない」
わざとらしく口を塞ぐ悪魔は、とても楽しそうにしている。
「言ったろ。お前の能力は割れてるって」
悪魔は光のない瞳で夢幻八華を捉えると、翼を羽ばたかせ突進してきた。夢幻八華はそれをかわしたが、獅子の尾に胴を取られ宙に放り投げられる。
「!」
「せーーの」
夢幻八華の体勢が大きく崩れたところを狙い、重い拳の連打が身体に打ち込まれた。受け切れず、眉間に食らってしまった夢幻八華はぐらりと体を揺らす。
「まだ飛ぶなよ」
悪魔は睨みつける夢幻八華の鳩尾みぞおちに両手を組んで振り下ろした。咄嗟に太刀を間に挟んだが、屈強な剛腕には敵わない。地面に亀裂を生む程の威力で叩きつけられ、臓腑ぞうふが潰れる音がした。
 夢幻八華は顔を歪め、血を吐き出しながらもその場を離れる。その瞬間、追撃で追ってきた悪魔の右拳が地面にめり込んだ。
「あーーあ、外れたか」
「……」
砂埃を翼の風圧で吹き飛ばし、手についた砂利を払う。
「ちっこい見た目とは違って随分頑丈じゃねぇの」
「そりゃどうも」
夢幻八華は腹に手を当て、唾液と共に血を吐き出し口を拭った。
「一方的はつまらん。なんとか応戦してみろよ。それか隙でも作ってやろうか」
「要らねぇよ。必要もない」
「強がるな、みっともねぇ」
「強がってなんかないさ。お前が誰かなんて知らねぇが、大方予想は付く」
夢幻八華は潰れた臓腑を修復させると大太刀についた土埃と自身の血液を血払いする。
「お前、傲慢の悪魔だろ」
「………御名答」
悪魔は薄く笑う。夢幻八華は淡々と続けた。
「俺は、この世に存在する者の名を知る権利がある。知ったからには忘れることはない。無論てめぇら悪魔も生まれ落ち、名を持っているからには対象内だ」
「…そして、お前の力は挙動を強制させる能力、そうだろう幻想神。その発動条件はお前が名を呼ぶこと」
悪魔がそう言うが、夢幻八華は否定も肯定もしない。
「俺の名前さえ知る事ができれば一瞬でこの戦いに膜が下ろせる。お前の力はこの世において絶対的だ。恐らく逆らえるのは天照大御神か月読尊、地獄の番人閻魔くらいだろうな」
悪魔は得意げにそう言うと、夢幻八華を鼻で笑った。
「だがお前は、肝心の俺の名を知らない」
「そこだ、今一番の問題は」
夢幻八華は肩に大太刀を乗せる。悪魔は意地の悪い顔で見下した。
「だろうな」
勝ち誇った表情を崩さない悪魔は、ほくそ笑み、肩を竦める。その裏には確かな自信を感じられた。
「……俺は対象の魂に名を訊ねることができる。これは強制だ。拒む事はできない。万物に魂が存在する以上、必ず俺に応じる」
夢幻八華は悪魔の魂を見透かすように見つめたが、結果は先程と同じく邪悪な気配が渦を巻いているだけである。
「だが、貴様は名を答えない。大方、名をといったとこだろ」
「ほお?よくこの状況でそこまで読めたもんだ」
当たりのようだ。悪魔は感心したのか口笛を軽く鳴らす。
「正確には名を知らないって感じだな。知らねぇものは答えられない」
「その通り。だから俺はお前と戦いに来た。力が使えない幻想神がどのように対処し、戦い、そして負けるのか。それを見に来たんだ。他の奴らは皆名が知られているだろうからな。こんな楽しみ、俺にしか味わえない」
えつに浸りながらそう語る悪魔に、夢幻八華は汚物でも見るような目で反論した。
「負けるのはお前だ、お、ま、え」
「力の使えん神など俺の敵ではない。諦めて精一杯の足掻きを見せろ」
「お前随分力に拘るじゃねぇの、いい歳だろうにガキだな」
「そうやって会話で時間を稼いでいるのをみる限り何か手があるのはわかるが、そんなものに付き合っているほど俺は優しくなどないぞ」
 一切挑発に乗らない傲慢の悪魔は、高みの見物と言いたげに笑うと再び突進してくる。夢幻八華も悪魔に向かって走り出した。
 悪魔が振りかざした屈強な拳を紙一重で躱し、追撃で来た獅子の尾を大太刀で切り払う。
「大気よ、圧縮せよ」
夢幻八華がそう命ずると、悪魔の体がピタリと動かなくなった。
「お前の名を知らずとも、他は俺のモノだ」
夢幻八華は悪魔の首目掛けて刃を振るう。
 しかし、傲慢の悪魔はその腕に血管を走らせ、腕力のみで大気を振り払い、腕を盾にして大太刀を防いでみせた。

「!」
刃を引こうとしたがビクともしない。夢幻八華は一瞬焦りを見せたが、すぐに口を開く。
「大気よ」
「だから知っている」
悪魔は夢幻八華の顎を鷲掴みにすると、上に掴み上げた。
「俺の力は先の未来を知れる事。お前が何度避けようと、攻撃しようと、全ては無意味も同然だ」
夢幻八華は眉を潜めると、悪魔の腹を蹴り上げ、腕に炎を伝わせる。存外簡単に離れた腕を振り払い、夢幻八華は距離を取った。
「ほら、俺を倒してみろ。戦いはこれからだ」
瞳孔を開き、燃え上がる身体を気にすることなく笑っている悪魔。夢幻八華は冷や汗を垂らして大太刀を握りしめた。
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