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脅威、狂気、恐怖
その13
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ハァ……とため息を吐く。どっ、と嫌な汗が噴き出ていた。もしもこんな狭い場所で奴らに襲われたら、逃げ場はない。後ろからなら尚更。ケツからガブリ。それはあまりに厭な想像だった。
ふたたび進む。心臓がバクンバクンと暴れ狂っていた。掌に、汗が滲む。今は視界に収まっていないとしても、常に見張られている感じが拭えない。職員室でのことは、完璧なトラウマと化していた。
「…………ぐぅ」
不意に、涙が溢れてきた。
理由がわからない。なぜこのタイミングなのか。もう自分の感情は、壊れていたのだろうか。きっと体の機能もその半分くらいはイカれているのだろう。流れる涙はそのまま頬を伝い、アゴを辿り、パイプの底まで落ちていった。声だけは漏らさないように、必死に堪えた。音を発することだけは、どうしようもないくらいにマズい。
「っ……く、ぐ……ぅぅ――!」
ギャルを想った。好みとかではなかったが、悪い娘ではないと思っていた。この状況下で文句一つ、泣き言一つ言わず行動していた。イマドキなのは見た目だけだと内心感心していた。
「は……ぁ、っう……!」
ヤンキーを想った。ソリは合わないと思われたが、嫌いではなかった。何かあるたび彼は先頭に立って、皆を守るように行動していた。無口なそこに、矜持を秘めていた。
「ぅ……ぅう……ぅぅぅ!」
近藤を想った。ずっと皆を指揮し、まとめていた。面識もない自分を偏見の目で見ることなく仲間に迎え入れ、緊張を解くように話かけてくれた。多少鼻につくところはあったものの、2-Aを思わせる優秀な人物だと思っていた。
「ぁ……あぁぁ……あぁああ!」
それに他の七人も、悪いところなんて無かった。自主性はなく勇気もなかったのかもしれないが、当たり前に弱く、生きたいと願っていた、普通の人間たちだったんだ。
誰一人として、死んでもいいやつはいなかった筈なんだ。
「はっ……く、くっそ――!」
小声で謙一は、呟いた。呪詛を、吐き出した。許せなかった。この状況を、作り出したヤツに。もう恐怖だけじゃなかった。トラウマは、それに比する憎悪を、怒りを、謙一に芽生えさせていた。
――遊月、怜華。
通気口を真っ直ぐに行くと、突き当たりにいきあたった。右に行くか左に行くか悩む。現在位置を脳内に。教室以外の場所で最も近くにあるものは――
右に行き、しばらく進みさらに十字路に行き着きそこを左に進み、しばらくして下に繋がる通気口から、様子を覗く。金属製のいくつかのテーブルに、シンク、そして巨大冷蔵庫と鍋フライパン、コンロ。
厨房。
「…………」
左右に目線を走らせ、誰もいないことを確認する。そして右足から静かに、テーブルの上につける。着地。そして部屋の隅にある食器棚に駆け寄る。引き戸を開け、目当てのものを探す。ない。続いてテーブルの引き出し。あった。その中で一番大きいものを、拝借する。
刃渡り36センチ、全長48センチ。一般に牛刀、シェフナイフ、他にも洋刀、剣型とも呼ばれている厚く刃渡りが長い、洋式の万能包丁。その中でも謙一が手にしたのは、最大級のものだった。
ずくん、と胸が震えた。
「――――」
さきほどの感覚が、右手に蘇った。生まれて初めて、人を刺した。切った。いや、確かに既にアレは人ではなかったのかもしれないが、それでもその肉の感覚は手にこびりついて、離れない。
血が逆流するような思いに、目眩がした。
「…………っ」
テーブルに手をついて、堪える。フラついている場合じゃない。良心の呵責だとか、考えている場合じゃない。そんなことはわかっている。わかっていても――やっぱり心の準備というものは、必要だった。
「…………フッ」
気分を変えるという意味でも、牛刀を振ってみる。ひゅん、という風を切る音。少し、驚く。ここまでの刃渡りがあれば、これはもはやちょっとした刀剣の域だった。となれば、昔取った杵柄。両手で持つことこそ苦しかったが、牛刀を正眼に、構え直す。
袈裟に、一閃。放った軌跡は、視界に美しい残像をのこした。
こうして得物を振るうのはだいたい半年振りのことだったが、腕はそれほど錆びついていないようだった。それにより条件反射的に謙一は、幼い頃に聞いた祖父の言葉を思い出していた。
ふたたび進む。心臓がバクンバクンと暴れ狂っていた。掌に、汗が滲む。今は視界に収まっていないとしても、常に見張られている感じが拭えない。職員室でのことは、完璧なトラウマと化していた。
「…………ぐぅ」
不意に、涙が溢れてきた。
理由がわからない。なぜこのタイミングなのか。もう自分の感情は、壊れていたのだろうか。きっと体の機能もその半分くらいはイカれているのだろう。流れる涙はそのまま頬を伝い、アゴを辿り、パイプの底まで落ちていった。声だけは漏らさないように、必死に堪えた。音を発することだけは、どうしようもないくらいにマズい。
「っ……く、ぐ……ぅぅ――!」
ギャルを想った。好みとかではなかったが、悪い娘ではないと思っていた。この状況下で文句一つ、泣き言一つ言わず行動していた。イマドキなのは見た目だけだと内心感心していた。
「は……ぁ、っう……!」
ヤンキーを想った。ソリは合わないと思われたが、嫌いではなかった。何かあるたび彼は先頭に立って、皆を守るように行動していた。無口なそこに、矜持を秘めていた。
「ぅ……ぅう……ぅぅぅ!」
近藤を想った。ずっと皆を指揮し、まとめていた。面識もない自分を偏見の目で見ることなく仲間に迎え入れ、緊張を解くように話かけてくれた。多少鼻につくところはあったものの、2-Aを思わせる優秀な人物だと思っていた。
「ぁ……あぁぁ……あぁああ!」
それに他の七人も、悪いところなんて無かった。自主性はなく勇気もなかったのかもしれないが、当たり前に弱く、生きたいと願っていた、普通の人間たちだったんだ。
誰一人として、死んでもいいやつはいなかった筈なんだ。
「はっ……く、くっそ――!」
小声で謙一は、呟いた。呪詛を、吐き出した。許せなかった。この状況を、作り出したヤツに。もう恐怖だけじゃなかった。トラウマは、それに比する憎悪を、怒りを、謙一に芽生えさせていた。
――遊月、怜華。
通気口を真っ直ぐに行くと、突き当たりにいきあたった。右に行くか左に行くか悩む。現在位置を脳内に。教室以外の場所で最も近くにあるものは――
右に行き、しばらく進みさらに十字路に行き着きそこを左に進み、しばらくして下に繋がる通気口から、様子を覗く。金属製のいくつかのテーブルに、シンク、そして巨大冷蔵庫と鍋フライパン、コンロ。
厨房。
「…………」
左右に目線を走らせ、誰もいないことを確認する。そして右足から静かに、テーブルの上につける。着地。そして部屋の隅にある食器棚に駆け寄る。引き戸を開け、目当てのものを探す。ない。続いてテーブルの引き出し。あった。その中で一番大きいものを、拝借する。
刃渡り36センチ、全長48センチ。一般に牛刀、シェフナイフ、他にも洋刀、剣型とも呼ばれている厚く刃渡りが長い、洋式の万能包丁。その中でも謙一が手にしたのは、最大級のものだった。
ずくん、と胸が震えた。
「――――」
さきほどの感覚が、右手に蘇った。生まれて初めて、人を刺した。切った。いや、確かに既にアレは人ではなかったのかもしれないが、それでもその肉の感覚は手にこびりついて、離れない。
血が逆流するような思いに、目眩がした。
「…………っ」
テーブルに手をついて、堪える。フラついている場合じゃない。良心の呵責だとか、考えている場合じゃない。そんなことはわかっている。わかっていても――やっぱり心の準備というものは、必要だった。
「…………フッ」
気分を変えるという意味でも、牛刀を振ってみる。ひゅん、という風を切る音。少し、驚く。ここまでの刃渡りがあれば、これはもはやちょっとした刀剣の域だった。となれば、昔取った杵柄。両手で持つことこそ苦しかったが、牛刀を正眼に、構え直す。
袈裟に、一閃。放った軌跡は、視界に美しい残像をのこした。
こうして得物を振るうのはだいたい半年振りのことだったが、腕はそれほど錆びついていないようだった。それにより条件反射的に謙一は、幼い頃に聞いた祖父の言葉を思い出していた。
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