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⑤二日酔いと覚醒
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ギブソンは勤務を終え部屋に戻った。牢番は基本、城に住み込むことになっていた。
部屋の中で、今日のアンジェリカの「ありがとう」のお礼の言葉を思い出していた。
(なぜなんだろう?誰もが普通に使う言葉、「ありがとう」が俺の胸をざわつかせる)
ギブソンは部屋を出て街へ繰り出すことにした。晩飯を食べるためだ。
城を出て、少し歩いたところに大衆食堂があった。そこへ入るギブソン。いつものように酒と焼き肉、そして野菜スープを頼む。
テーブルに並べられた料理を見て笑った。
「こんな俺でも肉を食べたり酒を飲んだりできるのに、アンジェリカに出される食事は硬いパンに水だけの粗末な食事か……」
アンジェリカの顔を思い浮かべながら、「本当にあいつ、ロミン様を毒殺しようとしたのだろうか」
(どうにも信じられない)
焼き肉も野菜スープも食べ終え、酒も飲み終えた。店員に手を上げて頼む。
「酒をもう一杯くれ」
「は~い」
注がれた酒を見つめて手に取ると、ギブソンは一気に飲み干して席を立った。
❖
アンジェリカ(エリザベス)は牢の中で藁を敷いて横になっていた。
(私は王太子妃を毒殺しようとした罪で裁かれようとしている)
(誰が考えても処刑しかないと思う。でも私はやっていない。やっていないけど、この体のアンジェリカは毒殺しようとしたんでしょうね。こうやって捕まっているんだから……)
(この世界はアンジェリカとギブソンのように、前にいた世界と全く同じ姿の人間がいる)
(そして運悪く、私だけがこの世界に飛ばされた……ついてないわね。本当に)
その時、足音が聞こえた。
(誰か来る)
ロウソクの明かりだけの鉄格子の前に誰かが立ち止まった。アンジェリカにはその輪郭だけで誰か分かった。
「ギブソン。私、まさか今から処刑されるの?」
「こっちに来い、アンジェリカ」
アンジェリカがゆっくりと立ち上がり、鉄格子のところで立ち止まると、その鉄格子の間を越えて、ギブソンの手が何かを掴んで伸びてきた。
「?」
目を凝らして手にぶらさがっている布袋を受取り、中を覗いてみる。
見るだけで分かる柔らかいパンと干し肉、バナナ、そして蓋をしたコップが入っていた。
ギブソンがぶっきらぼうに声をかけた。
「腹が減ってるんだろう?食べろよ」
「……いいの?」
「ああ。だから早く受け取れ」
「うん」
「あと、これも受け取れ」
「?」
ギブソンの手に厚手の靴下が握られていた。
「寝る時だけでも履けば?」
アンジェリカはギブソンの思わぬ親切に胸が熱くなり、咄嗟に返事ができなかった。
ギブソンはアンジェリカが受け取った途端、踵を返して立ち去ろうと歩き出した。すかさず声をかけるアンジェリカ。
「ありがとう。ギブソン」
その声を背中に受け、噛みしめるように返事をした。
「気にするな」
姿が見えなくなるまでじっと見つめていたアンジェリカ。すぐに牢の奥へ戻って袋を開く。
柔らかいパンをちぎって口に入れる。
「美味しい……」
バナナも食べてみる。甘くて美味しかった。そしてパンを噛みしめるように食べて、お腹が空いていたのもあるがあっという間に食べきってしまう。
「干し肉は保存食にして少しだけ食べて残そうかな」
一口だけ口に入れ噛み切る。「あ」
美味しすぎて口が止まらなかった。全部食べてしまったアンジェリカ。
「くっ……食欲には……勝てないわ」
意思の弱さを嘆くも、後はコップに入った飲み物に手を伸ばし蓋を開けてみる。
「水かと思ったら……お酒だった」
(もしかして……明日処刑なのかしら……)
思わず愚痴るアンジェリカ。
「アンジェリカの馬鹿。なんで王太子妃を毒殺しようとするかな」
そしてアンジェリカは、ちびりちびりと酒を飲んで……合間に、もらった靴下を履いた。
「暖かぁ~い」
❖
朝、いつもどおりにギブソンは自分の部屋で目覚めた。
ゆっくりと起き上がるギブソン。ベッドの下に酒瓶と茶碗が置かれていた。
ぐらぐらと二日酔いで頭が揺らぐ。それでも立ち上がるギブソン。
「う~ん、頭痛がする。頭が痛い」
酒瓶を足で払い除け「ちっ、飲みすぎたか」と服を着替えようとした時、茶碗を踏みつけてしまう。
「うわぁ!」
思い切り背中から床にひっくり返るギブソン。後頭部をしたたか打ちつける。
「う」
頭を両手で抱え込みうずくまる。二日酔いで頭が揺れるようにぐらついていたときに、後頭部を床に思い切りぶつけて、脳の奥底に眠る意識が目覚め始める。
痛みが少しずつ引いて立ち上がるギブソン。壁に掛かっている鏡で自分の顔を見る。
「間違いない。私だ。そして知らない記憶が……。何だこれは……」
ギブソンの頭に今、ウィルの記憶が上書きされていった。
鏡の中に映るギブソンの表情には、知性と落ち着きが垣間見えた。
ウィルの記憶が上書きされたことで、全てを理解したギブソン。
牢番の制服に着替えると、ギブソンは部屋を出て行った。
部屋の中で、今日のアンジェリカの「ありがとう」のお礼の言葉を思い出していた。
(なぜなんだろう?誰もが普通に使う言葉、「ありがとう」が俺の胸をざわつかせる)
ギブソンは部屋を出て街へ繰り出すことにした。晩飯を食べるためだ。
城を出て、少し歩いたところに大衆食堂があった。そこへ入るギブソン。いつものように酒と焼き肉、そして野菜スープを頼む。
テーブルに並べられた料理を見て笑った。
「こんな俺でも肉を食べたり酒を飲んだりできるのに、アンジェリカに出される食事は硬いパンに水だけの粗末な食事か……」
アンジェリカの顔を思い浮かべながら、「本当にあいつ、ロミン様を毒殺しようとしたのだろうか」
(どうにも信じられない)
焼き肉も野菜スープも食べ終え、酒も飲み終えた。店員に手を上げて頼む。
「酒をもう一杯くれ」
「は~い」
注がれた酒を見つめて手に取ると、ギブソンは一気に飲み干して席を立った。
❖
アンジェリカ(エリザベス)は牢の中で藁を敷いて横になっていた。
(私は王太子妃を毒殺しようとした罪で裁かれようとしている)
(誰が考えても処刑しかないと思う。でも私はやっていない。やっていないけど、この体のアンジェリカは毒殺しようとしたんでしょうね。こうやって捕まっているんだから……)
(この世界はアンジェリカとギブソンのように、前にいた世界と全く同じ姿の人間がいる)
(そして運悪く、私だけがこの世界に飛ばされた……ついてないわね。本当に)
その時、足音が聞こえた。
(誰か来る)
ロウソクの明かりだけの鉄格子の前に誰かが立ち止まった。アンジェリカにはその輪郭だけで誰か分かった。
「ギブソン。私、まさか今から処刑されるの?」
「こっちに来い、アンジェリカ」
アンジェリカがゆっくりと立ち上がり、鉄格子のところで立ち止まると、その鉄格子の間を越えて、ギブソンの手が何かを掴んで伸びてきた。
「?」
目を凝らして手にぶらさがっている布袋を受取り、中を覗いてみる。
見るだけで分かる柔らかいパンと干し肉、バナナ、そして蓋をしたコップが入っていた。
ギブソンがぶっきらぼうに声をかけた。
「腹が減ってるんだろう?食べろよ」
「……いいの?」
「ああ。だから早く受け取れ」
「うん」
「あと、これも受け取れ」
「?」
ギブソンの手に厚手の靴下が握られていた。
「寝る時だけでも履けば?」
アンジェリカはギブソンの思わぬ親切に胸が熱くなり、咄嗟に返事ができなかった。
ギブソンはアンジェリカが受け取った途端、踵を返して立ち去ろうと歩き出した。すかさず声をかけるアンジェリカ。
「ありがとう。ギブソン」
その声を背中に受け、噛みしめるように返事をした。
「気にするな」
姿が見えなくなるまでじっと見つめていたアンジェリカ。すぐに牢の奥へ戻って袋を開く。
柔らかいパンをちぎって口に入れる。
「美味しい……」
バナナも食べてみる。甘くて美味しかった。そしてパンを噛みしめるように食べて、お腹が空いていたのもあるがあっという間に食べきってしまう。
「干し肉は保存食にして少しだけ食べて残そうかな」
一口だけ口に入れ噛み切る。「あ」
美味しすぎて口が止まらなかった。全部食べてしまったアンジェリカ。
「くっ……食欲には……勝てないわ」
意思の弱さを嘆くも、後はコップに入った飲み物に手を伸ばし蓋を開けてみる。
「水かと思ったら……お酒だった」
(もしかして……明日処刑なのかしら……)
思わず愚痴るアンジェリカ。
「アンジェリカの馬鹿。なんで王太子妃を毒殺しようとするかな」
そしてアンジェリカは、ちびりちびりと酒を飲んで……合間に、もらった靴下を履いた。
「暖かぁ~い」
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朝、いつもどおりにギブソンは自分の部屋で目覚めた。
ゆっくりと起き上がるギブソン。ベッドの下に酒瓶と茶碗が置かれていた。
ぐらぐらと二日酔いで頭が揺らぐ。それでも立ち上がるギブソン。
「う~ん、頭痛がする。頭が痛い」
酒瓶を足で払い除け「ちっ、飲みすぎたか」と服を着替えようとした時、茶碗を踏みつけてしまう。
「うわぁ!」
思い切り背中から床にひっくり返るギブソン。後頭部をしたたか打ちつける。
「う」
頭を両手で抱え込みうずくまる。二日酔いで頭が揺れるようにぐらついていたときに、後頭部を床に思い切りぶつけて、脳の奥底に眠る意識が目覚め始める。
痛みが少しずつ引いて立ち上がるギブソン。壁に掛かっている鏡で自分の顔を見る。
「間違いない。私だ。そして知らない記憶が……。何だこれは……」
ギブソンの頭に今、ウィルの記憶が上書きされていった。
鏡の中に映るギブソンの表情には、知性と落ち着きが垣間見えた。
ウィルの記憶が上書きされたことで、全てを理解したギブソン。
牢番の制服に着替えると、ギブソンは部屋を出て行った。
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