《完結》初夜に異世界へ飛ばされた二人は、囚人と牢番になっていた。

ぜらちん黒糖

文字の大きさ
8 / 15

⑧馬車の傷と、なだれ込む記憶

しおりを挟む
ウィルはどうすれば帰れるのか考えた。こちらの世界へ来たきっかけは初夜のベッドでエリザベスのおでこが自分の顎に当たって気を失ったのがきっかけだった。

ならば、もう一度意識を失えば、今度は元の世界に戻れるかもしれない。

もうエリザベスを牢屋から連れ出して逃がすのは無理だ。しかしどうすればいいのか……。

処刑はもうそこに迫っている。生きるか死ぬか。

「一緒に生きることができないのであれば、後は死あるのみ」

(だが殺されるのはごめんだ。死ぬなら自分の意思で死にたい)

ウィルの目が輝く。

「一番の敵は恐怖だ。恐怖を取り除かなくては……そうだ!」

ウィルは城を抜け出して薬を買いに出た。精神を麻痺させ、苦しまずに死ねるという劇薬を買うために。



朝食を食べ終わり牢の奥で固まるエリザベス。そこへトレーを片付けに来たクリスに出会う。

トレーを持ち上げすぐに立ち去ろうとしないクリス。

エリザベスがゆっくりと鉄格子のところへ近づく。
「あの……ギブソンはどうしたの?」

「あいつは今、城の外へ出かけています」

「そう。ありがとう」

「あの、俺のことを覚えていませんか?アンジェリカ様」

「……」

「高等部の頃、同じクラスだったクリスです。クリス・カートです」

エリザベスにとってこの世界に来てからウィル以外の人と言葉を交わした初めての人だった。

「クリス・カート……ごめんなさい。私、何も記憶がなくて……」
「いいえ、いいんです。俺は影が薄い男でしたから」寂しそうにそう答えるクリスの首に大きな傷が目に入った。

その瞬間、頭の中が大きく揺れた。大きく、大きく……そして、アンジェリカの記憶が雪崩込んできた。

「あ!」うずくまるエリザベス。

「アンジェリカ様!」

焦るクリスはトレーを丁寧に地面に置いて鉄格子にへばりつく。

「アンジェリカ様!いかがされましたか!」

エリザベスがゆっくりと立ち上がった。表情が今さっきと変わって見えた。

「クリス、その首の傷はどうしたんですか?」

「え?あ、ああ、これは子どもの頃に女の子を助けようとして馬車にぶつかったんです。それよりもアンジェリカ様、お体は大丈夫ですか?」

「助けた女の子とは、ピンクのワンピースを着て、赤いリボンを付け、麦わら帽子を被っていませんでしたか?」

「はぁ?……えーっと……どうだったかな、あのそれが何か?」

エリザベス、いやアンジェリカが笑みを浮かべながら口を開いた。

「その事故って、ある貴族の屋敷の前で起こった馬車の暴走でしょ?」
「ええ、そうです」
「その女の子、私です」

「……えっ!?あの時の女の子がアンジェリカ様……?」

アンジェリカが頭を深く下げてお礼を言った。

「あのときは私を助けてくれてありがとうクリス」

「……」そんな昔から、アンジェリカと関わりがあったことに驚くクリス。

「でも、ごめんね。せっかくあなたに助けてもらったこの命を捨てることになってしまって」

憧れのアンジェリカを子供の時に助けていたことを知って、運命のいたずらに武者震いをするクリス。

クリスはポケットの中の牢屋の鍵の束を掴むと取り出し、鍵穴に鍵を差し込んだ。

「に、逃げて下さい。アンジェリカ様」

しかしその手をアンジェリカが押さえた。

「やめなさい。あなたまで死罪になるわよ」
「構いません。さ、逃げて下さい」

その時、鋭い声が飛ぶ。

「クリス!何をやっている!」

二人が声の方を振り向くと上司のダイズが立っていた。 

そしてその後ろには王太子妃のロミンが立っていた。二人は忍び足で入ってきたのだ。

ロミンはダイズの背中の横から顔を出して、明るい声で話しかけてきた。

「あらあら、男をたぶらかすのが相変わらずお上手ね、アンジェリカ」

意地の悪い笑顔を浮かべてロミンが呆れたようにアンジェリカの顔を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに

有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。 選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。 地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。 失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。 「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」 彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。 そして、私は彼の正妃として王都へ……

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない

もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。 ……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。

処理中です...