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⑧馬車の傷と、なだれ込む記憶
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ウィルはどうすれば帰れるのか考えた。こちらの世界へ来たきっかけは初夜のベッドでエリザベスのおでこが自分の顎に当たって気を失ったのがきっかけだった。
ならば、もう一度意識を失えば、今度は元の世界に戻れるかもしれない。
もうエリザベスを牢屋から連れ出して逃がすのは無理だ。しかしどうすればいいのか……。
処刑はもうそこに迫っている。生きるか死ぬか。
「一緒に生きることができないのであれば、後は死あるのみ」
(だが殺されるのはごめんだ。死ぬなら自分の意思で死にたい)
ウィルの目が輝く。
「一番の敵は恐怖だ。恐怖を取り除かなくては……そうだ!」
ウィルは城を抜け出して薬を買いに出た。精神を麻痺させ、苦しまずに死ねるという劇薬を買うために。
❖
朝食を食べ終わり牢の奥で固まるエリザベス。そこへトレーを片付けに来たクリスに出会う。
トレーを持ち上げすぐに立ち去ろうとしないクリス。
エリザベスがゆっくりと鉄格子のところへ近づく。
「あの……ギブソンはどうしたの?」
「あいつは今、城の外へ出かけています」
「そう。ありがとう」
「あの、俺のことを覚えていませんか?アンジェリカ様」
「……」
「高等部の頃、同じクラスだったクリスです。クリス・カートです」
エリザベスにとってこの世界に来てからウィル以外の人と言葉を交わした初めての人だった。
「クリス・カート……ごめんなさい。私、何も記憶がなくて……」
「いいえ、いいんです。俺は影が薄い男でしたから」寂しそうにそう答えるクリスの首に大きな傷が目に入った。
その瞬間、頭の中が大きく揺れた。大きく、大きく……そして、アンジェリカの記憶が雪崩込んできた。
「あ!」うずくまるエリザベス。
「アンジェリカ様!」
焦るクリスはトレーを丁寧に地面に置いて鉄格子にへばりつく。
「アンジェリカ様!いかがされましたか!」
エリザベスがゆっくりと立ち上がった。表情が今さっきと変わって見えた。
「クリス、その首の傷はどうしたんですか?」
「え?あ、ああ、これは子どもの頃に女の子を助けようとして馬車にぶつかったんです。それよりもアンジェリカ様、お体は大丈夫ですか?」
「助けた女の子とは、ピンクのワンピースを着て、赤いリボンを付け、麦わら帽子を被っていませんでしたか?」
「はぁ?……えーっと……どうだったかな、あのそれが何か?」
エリザベス、いやアンジェリカが笑みを浮かべながら口を開いた。
「その事故って、ある貴族の屋敷の前で起こった馬車の暴走でしょ?」
「ええ、そうです」
「その女の子、私です」
「……えっ!?あの時の女の子がアンジェリカ様……?」
アンジェリカが頭を深く下げてお礼を言った。
「あのときは私を助けてくれてありがとうクリス」
「……」そんな昔から、アンジェリカと関わりがあったことに驚くクリス。
「でも、ごめんね。せっかくあなたに助けてもらったこの命を捨てることになってしまって」
憧れのアンジェリカを子供の時に助けていたことを知って、運命のいたずらに武者震いをするクリス。
クリスはポケットの中の牢屋の鍵の束を掴むと取り出し、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「に、逃げて下さい。アンジェリカ様」
しかしその手をアンジェリカが押さえた。
「やめなさい。あなたまで死罪になるわよ」
「構いません。さ、逃げて下さい」
その時、鋭い声が飛ぶ。
「クリス!何をやっている!」
二人が声の方を振り向くと上司のダイズが立っていた。
そしてその後ろには王太子妃のロミンが立っていた。二人は忍び足で入ってきたのだ。
ロミンはダイズの背中の横から顔を出して、明るい声で話しかけてきた。
「あらあら、男をたぶらかすのが相変わらずお上手ね、アンジェリカ」
意地の悪い笑顔を浮かべてロミンが呆れたようにアンジェリカの顔を見つめていた。
ならば、もう一度意識を失えば、今度は元の世界に戻れるかもしれない。
もうエリザベスを牢屋から連れ出して逃がすのは無理だ。しかしどうすればいいのか……。
処刑はもうそこに迫っている。生きるか死ぬか。
「一緒に生きることができないのであれば、後は死あるのみ」
(だが殺されるのはごめんだ。死ぬなら自分の意思で死にたい)
ウィルの目が輝く。
「一番の敵は恐怖だ。恐怖を取り除かなくては……そうだ!」
ウィルは城を抜け出して薬を買いに出た。精神を麻痺させ、苦しまずに死ねるという劇薬を買うために。
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朝食を食べ終わり牢の奥で固まるエリザベス。そこへトレーを片付けに来たクリスに出会う。
トレーを持ち上げすぐに立ち去ろうとしないクリス。
エリザベスがゆっくりと鉄格子のところへ近づく。
「あの……ギブソンはどうしたの?」
「あいつは今、城の外へ出かけています」
「そう。ありがとう」
「あの、俺のことを覚えていませんか?アンジェリカ様」
「……」
「高等部の頃、同じクラスだったクリスです。クリス・カートです」
エリザベスにとってこの世界に来てからウィル以外の人と言葉を交わした初めての人だった。
「クリス・カート……ごめんなさい。私、何も記憶がなくて……」
「いいえ、いいんです。俺は影が薄い男でしたから」寂しそうにそう答えるクリスの首に大きな傷が目に入った。
その瞬間、頭の中が大きく揺れた。大きく、大きく……そして、アンジェリカの記憶が雪崩込んできた。
「あ!」うずくまるエリザベス。
「アンジェリカ様!」
焦るクリスはトレーを丁寧に地面に置いて鉄格子にへばりつく。
「アンジェリカ様!いかがされましたか!」
エリザベスがゆっくりと立ち上がった。表情が今さっきと変わって見えた。
「クリス、その首の傷はどうしたんですか?」
「え?あ、ああ、これは子どもの頃に女の子を助けようとして馬車にぶつかったんです。それよりもアンジェリカ様、お体は大丈夫ですか?」
「助けた女の子とは、ピンクのワンピースを着て、赤いリボンを付け、麦わら帽子を被っていませんでしたか?」
「はぁ?……えーっと……どうだったかな、あのそれが何か?」
エリザベス、いやアンジェリカが笑みを浮かべながら口を開いた。
「その事故って、ある貴族の屋敷の前で起こった馬車の暴走でしょ?」
「ええ、そうです」
「その女の子、私です」
「……えっ!?あの時の女の子がアンジェリカ様……?」
アンジェリカが頭を深く下げてお礼を言った。
「あのときは私を助けてくれてありがとうクリス」
「……」そんな昔から、アンジェリカと関わりがあったことに驚くクリス。
「でも、ごめんね。せっかくあなたに助けてもらったこの命を捨てることになってしまって」
憧れのアンジェリカを子供の時に助けていたことを知って、運命のいたずらに武者震いをするクリス。
クリスはポケットの中の牢屋の鍵の束を掴むと取り出し、鍵穴に鍵を差し込んだ。
「に、逃げて下さい。アンジェリカ様」
しかしその手をアンジェリカが押さえた。
「やめなさい。あなたまで死罪になるわよ」
「構いません。さ、逃げて下さい」
その時、鋭い声が飛ぶ。
「クリス!何をやっている!」
二人が声の方を振り向くと上司のダイズが立っていた。
そしてその後ろには王太子妃のロミンが立っていた。二人は忍び足で入ってきたのだ。
ロミンはダイズの背中の横から顔を出して、明るい声で話しかけてきた。
「あらあら、男をたぶらかすのが相変わらずお上手ね、アンジェリカ」
意地の悪い笑顔を浮かべてロミンが呆れたようにアンジェリカの顔を見つめていた。
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