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第三章
⑰精算
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二十歳過ぎの青年だろうか、その男性客にリンダがすぐに声をかけた。
「いらっしゃいませ」
青年は戸惑うようにリンダに話しかける。
「すみません、この辺に宿屋はありませんか?」
「宿屋ですか?それなら真向かいの建物が宿泊施設です」
「え?」
青年はすぐに玄関の扉を開けて外を見つめる。
「あ、本当だ」そう言ってまた扉を閉め、店の中に入って来ると苦笑いしながら口を開いた。
「コーヒーのいい匂いに誘われて、ついここに入ってしまった。目の前に宿屋があったとは……面目ない」
「それで、どうします?何か注文されますか?」
「そうだな、ではコーヒーを一杯ください」
「はい、かしこまりました」
青年が店のカウンター席に座っていると店の奥からデビンが現れた。
青年の姿を認めてデビンが挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
軽く会釈をする青年の目がデビンを見て鋭くなる。
そんな青年の目つきなど見ていないデビンがリンダに声をかける。
「何かすることあるかい?」
「あ、じゃあ食器の洗い物がたまっているの、お願いできる?」
「ああ」
リンダがコーヒーを入れて青年に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
一口飲んで青年が大げさに褒める。
「美味しいですね。本当に。旅の疲れが飛んで行くようだ」
「まぁ、ありがとうございます」
デビンが口を挟む。
「お客さんはどこから旅をされて来たんですか?」
「王国。スティービー王国から来たんです」
「スティービー王国……」とデビンが呟く。
リンダが懐かしそうに口を挟む。
「あら、私たちと一緒じゃない。私たちも王国から来たのよ。ねぇ、あなた名前は?私はリンダ、この人はデビン」
青年がゆっくりと答える。
「私はアレス。アレス・ウッド」
洗い物をしていたデビンの手が止まる。
「……ウッド?」
デビンがアレスを見つめたまま顔を動かせない。
「ええ、私の顔、似ているでしょう?姉に」
リンダが少し驚いた表情で口を挟む。
「デビンの知り合いの弟さんなの?」
「ええ、ウッド伯爵家の嫡男です」
「おぉっ…と!」デビンが持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「ちょっと、気を付けてねデビン、割らないでよ?」
デビンはリンダの言葉に返事をせずにアレスに話しかけた。
「君は、もしかして、グレイスの…」
アレスは静かにコーヒーカップを受け皿に戻すと、憎しみのこもった眼差しで睨んだ。
「そうです、私はグレイスの弟ですよ、デビンさん」
「あ、あの……」口ごもるデビン。そのままデビンに話しかけるアレス。
「デビンさん、あなたは姉を振った後、エバンス伯爵家のキャサリン様と結婚して、幸せに暮らしているとばかり、私は思っていたんです」
「だけどそのキャサリン様から逃げるように姿を消して……こんな寂れた街で息を殺して生きていたんですね」
「しかもまた違う女性と……」
デビンが焦るように言い訳をする。
「待ってくれ、アレスくん、これには色々と事情があって」
「事情?ではその事情を聞かせてもらいましょうか、私の姉を振った事情とやらを」
「そ、それは……」
リンダが思わず口を挟む。
「待って、アレスさん、デビンはもうすっかり後悔して反省しているの。許して上げてくれませんか?」
「後悔?反省?リンダさん。良いですか?あなたもこの男と一緒にいるといつ捨てられるかわかりませんよ?」
デビンが自分のしたことを棚に上げて少しムキになる。
「アレスくん、いい加減にしてくれないか。私がしたことは本当に申し訳ないと思っている。この通り君の気が済むまで頭を下げるから、リンダに噛みつくのはやめてくれないか」
そんなデビンを冷ややかな眼差しで睨み返すアレス。
「デビンさん、あなたが姉を振った日、姉は泣きながら帰って来ました。あなたとキャサリン様が腕を組んでいたところに姉が出くわし、あなたは姉に言ったそうですね、『私と別れてくれ』と……」
「姉が事情を話してくれて……その後、姉は疲れたからもう寝ると言って部屋にこもりました」
「翌朝、なかなか起きて来ない姉を呼びに行ったら……姉は首を吊っていました。体はもう冷たくなっていた」
「夜のうちに首を吊ったのでしょう。私があともう少し側にいて話を聞いて上げていれば死ななかったかもしれない」
「デビンさん。あなたは姉と結婚するつもりだったのに、それでもまだ女性との出会いを求めて社交パーティーに参加していた。婿養子に入れるところを探していたんでしょう?」
「……」
「なぜ姉や父上に相談してくれなかったんですか?父上からすれば、姉が婿を取って爵位を継ごうが、弟の私が継ごうがどちらでも良かったんですよ」
「え?……そ、そんな……」
アレスの頬が涙で濡れていた。
「姉は自殺したんじゃない、あなたに殺されたんだ!」
「なのになぜ、あなたはこんなところで、幸せに暮らしているんだ!」
デビンがゆらゆらとカウンターから出て来るとアレスの前で土下座をした。
「すまなかった。どうか許してほしい。この通りだ」
アレスが怒りのあまりデビンの頭を踏みつけた。
無言でこらえるデビン。何度も何度も踏み続けるアレス。
「なんで、お前なんか、なんでお前なんかにお姉様は惚れたりしたんだ!なんで……」
「あ!」
足を上げて踏みつけようとした時、リンダがデビンをかばうように覆いかぶさった。
アレスは慌てて足をそらして床に振り下ろした。
「何をしてるんだ!もう少しで君を踏みつけるところだったじゃないか!」
「お願いです。デビンを許してください」まるで命乞いをするように リンダがデビンを庇う。
呆気に取られるアレス。
「なんでこんな男のために……」
必死で土下座をしたままのデビン、それをかばうリンダ。
アレスの表情から怒りが取れ、そんな二人を嘲るように見つめ、言葉をかける。
「あなたにどうしても文句を言いたくてここまで来たけど……どうしてあなたみたいな男が女性にモテるんだろうな……」
アレスはしゃがみ込むとデビンの耳元で囁くように言葉をかけた。
「もう二度と王国へは戻って来るなよ。もし王国であんたを見かけたらこのぐらいじゃ済まさないからな」
アレスはそのまま出口へ向かった。扉を開けて閉める前に、もう一度言葉を投げかけた。
「あんたにはこの街がお似合いだ。せいぜい二人で幸せに暮らすことだな」
アレスは涙を手で拭きながら帰って行った。
重い空気が二人を覆う。
リンダがデビンを立ち上がらせると、椅子に座らせた。
デビンが口を開く。
「リンダ、私が嫌いになっただろ?別れてもいいんだぞ……私は明日、この店を出て行くよ」
リンダは無言で動き始めた。乱れたテーブルと椅子を直し、布巾で拭き始める。
「さぁ、デビンいつまでも座ってないで仕事仕事」
「え?リンダ?」
その時、常連の三人連れのお客が入ってきた。土下座をしたままのデビンを見て呟く。
「あ、夫婦喧嘩の最中だったの?出直そうか?」
リンダが懸命に釈明する。
「違うの。うちの人は今そこで腕立て伏せをしていたんです!」
デビンもリンダに合わせる。
「そうなんだよ。運動不足でね。あはは」
❖
リンダは、前にデビンから過去の話を聞いてある程度知ってはいたが、自殺をして亡くなったグレイスの弟から直接聞いて、デビンの酷くて卑劣な過去の行いを知って、正直ショックだった。
だが、そんなデビンが自分をキャサリンから守ってくれたのも事実だと思った。
過去は変えられないけど、未来はこれから始まる。
とりあえずこの頼りないデビンとこれからも暮らして行こうとリンダは思った。
「いらっしゃいませ」
青年は戸惑うようにリンダに話しかける。
「すみません、この辺に宿屋はありませんか?」
「宿屋ですか?それなら真向かいの建物が宿泊施設です」
「え?」
青年はすぐに玄関の扉を開けて外を見つめる。
「あ、本当だ」そう言ってまた扉を閉め、店の中に入って来ると苦笑いしながら口を開いた。
「コーヒーのいい匂いに誘われて、ついここに入ってしまった。目の前に宿屋があったとは……面目ない」
「それで、どうします?何か注文されますか?」
「そうだな、ではコーヒーを一杯ください」
「はい、かしこまりました」
青年が店のカウンター席に座っていると店の奥からデビンが現れた。
青年の姿を認めてデビンが挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
軽く会釈をする青年の目がデビンを見て鋭くなる。
そんな青年の目つきなど見ていないデビンがリンダに声をかける。
「何かすることあるかい?」
「あ、じゃあ食器の洗い物がたまっているの、お願いできる?」
「ああ」
リンダがコーヒーを入れて青年に差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
一口飲んで青年が大げさに褒める。
「美味しいですね。本当に。旅の疲れが飛んで行くようだ」
「まぁ、ありがとうございます」
デビンが口を挟む。
「お客さんはどこから旅をされて来たんですか?」
「王国。スティービー王国から来たんです」
「スティービー王国……」とデビンが呟く。
リンダが懐かしそうに口を挟む。
「あら、私たちと一緒じゃない。私たちも王国から来たのよ。ねぇ、あなた名前は?私はリンダ、この人はデビン」
青年がゆっくりと答える。
「私はアレス。アレス・ウッド」
洗い物をしていたデビンの手が止まる。
「……ウッド?」
デビンがアレスを見つめたまま顔を動かせない。
「ええ、私の顔、似ているでしょう?姉に」
リンダが少し驚いた表情で口を挟む。
「デビンの知り合いの弟さんなの?」
「ええ、ウッド伯爵家の嫡男です」
「おぉっ…と!」デビンが持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「ちょっと、気を付けてねデビン、割らないでよ?」
デビンはリンダの言葉に返事をせずにアレスに話しかけた。
「君は、もしかして、グレイスの…」
アレスは静かにコーヒーカップを受け皿に戻すと、憎しみのこもった眼差しで睨んだ。
「そうです、私はグレイスの弟ですよ、デビンさん」
「あ、あの……」口ごもるデビン。そのままデビンに話しかけるアレス。
「デビンさん、あなたは姉を振った後、エバンス伯爵家のキャサリン様と結婚して、幸せに暮らしているとばかり、私は思っていたんです」
「だけどそのキャサリン様から逃げるように姿を消して……こんな寂れた街で息を殺して生きていたんですね」
「しかもまた違う女性と……」
デビンが焦るように言い訳をする。
「待ってくれ、アレスくん、これには色々と事情があって」
「事情?ではその事情を聞かせてもらいましょうか、私の姉を振った事情とやらを」
「そ、それは……」
リンダが思わず口を挟む。
「待って、アレスさん、デビンはもうすっかり後悔して反省しているの。許して上げてくれませんか?」
「後悔?反省?リンダさん。良いですか?あなたもこの男と一緒にいるといつ捨てられるかわかりませんよ?」
デビンが自分のしたことを棚に上げて少しムキになる。
「アレスくん、いい加減にしてくれないか。私がしたことは本当に申し訳ないと思っている。この通り君の気が済むまで頭を下げるから、リンダに噛みつくのはやめてくれないか」
そんなデビンを冷ややかな眼差しで睨み返すアレス。
「デビンさん、あなたが姉を振った日、姉は泣きながら帰って来ました。あなたとキャサリン様が腕を組んでいたところに姉が出くわし、あなたは姉に言ったそうですね、『私と別れてくれ』と……」
「姉が事情を話してくれて……その後、姉は疲れたからもう寝ると言って部屋にこもりました」
「翌朝、なかなか起きて来ない姉を呼びに行ったら……姉は首を吊っていました。体はもう冷たくなっていた」
「夜のうちに首を吊ったのでしょう。私があともう少し側にいて話を聞いて上げていれば死ななかったかもしれない」
「デビンさん。あなたは姉と結婚するつもりだったのに、それでもまだ女性との出会いを求めて社交パーティーに参加していた。婿養子に入れるところを探していたんでしょう?」
「……」
「なぜ姉や父上に相談してくれなかったんですか?父上からすれば、姉が婿を取って爵位を継ごうが、弟の私が継ごうがどちらでも良かったんですよ」
「え?……そ、そんな……」
アレスの頬が涙で濡れていた。
「姉は自殺したんじゃない、あなたに殺されたんだ!」
「なのになぜ、あなたはこんなところで、幸せに暮らしているんだ!」
デビンがゆらゆらとカウンターから出て来るとアレスの前で土下座をした。
「すまなかった。どうか許してほしい。この通りだ」
アレスが怒りのあまりデビンの頭を踏みつけた。
無言でこらえるデビン。何度も何度も踏み続けるアレス。
「なんで、お前なんか、なんでお前なんかにお姉様は惚れたりしたんだ!なんで……」
「あ!」
足を上げて踏みつけようとした時、リンダがデビンをかばうように覆いかぶさった。
アレスは慌てて足をそらして床に振り下ろした。
「何をしてるんだ!もう少しで君を踏みつけるところだったじゃないか!」
「お願いです。デビンを許してください」まるで命乞いをするように リンダがデビンを庇う。
呆気に取られるアレス。
「なんでこんな男のために……」
必死で土下座をしたままのデビン、それをかばうリンダ。
アレスの表情から怒りが取れ、そんな二人を嘲るように見つめ、言葉をかける。
「あなたにどうしても文句を言いたくてここまで来たけど……どうしてあなたみたいな男が女性にモテるんだろうな……」
アレスはしゃがみ込むとデビンの耳元で囁くように言葉をかけた。
「もう二度と王国へは戻って来るなよ。もし王国であんたを見かけたらこのぐらいじゃ済まさないからな」
アレスはそのまま出口へ向かった。扉を開けて閉める前に、もう一度言葉を投げかけた。
「あんたにはこの街がお似合いだ。せいぜい二人で幸せに暮らすことだな」
アレスは涙を手で拭きながら帰って行った。
重い空気が二人を覆う。
リンダがデビンを立ち上がらせると、椅子に座らせた。
デビンが口を開く。
「リンダ、私が嫌いになっただろ?別れてもいいんだぞ……私は明日、この店を出て行くよ」
リンダは無言で動き始めた。乱れたテーブルと椅子を直し、布巾で拭き始める。
「さぁ、デビンいつまでも座ってないで仕事仕事」
「え?リンダ?」
その時、常連の三人連れのお客が入ってきた。土下座をしたままのデビンを見て呟く。
「あ、夫婦喧嘩の最中だったの?出直そうか?」
リンダが懸命に釈明する。
「違うの。うちの人は今そこで腕立て伏せをしていたんです!」
デビンもリンダに合わせる。
「そうなんだよ。運動不足でね。あはは」
❖
リンダは、前にデビンから過去の話を聞いてある程度知ってはいたが、自殺をして亡くなったグレイスの弟から直接聞いて、デビンの酷くて卑劣な過去の行いを知って、正直ショックだった。
だが、そんなデビンが自分をキャサリンから守ってくれたのも事実だと思った。
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