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第一章
①AV男優、玉袋金五郎
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かつて「業界きっての持久力No.1」と称されたAV男優、玉袋金五郎。
38歳、身長178センチの筋肉質。笑うと覗く歯並びは綺麗で、異様に白かった。
ファンの間では「歯が命のAV男優」と呼ばれていた。
職業欄にはいつも「俳優」と記入していた。それは嘘ではない。彼はしっかりと劇団の研究生から劇団員にまでなっていた。
演技には自信があったが、劇団の給料だけでは生活ができない。だから、趣味と実益を兼ねて、生きていくために手っ取り早くAV男優になった。
だがAV男優の仕事はとても過酷だった。エッチなだけでは続けられない辛さがある。金五郎は命を削りすぎたのだろうか。ある雨の朝、彼の命は突然途切れた。
アパートの六畳間、畳の上に横たわる金五郎の手には、まだスマホが握られている。画面には今月のスケジュールと、プロデューサーからのメッセージが残っていた。
『金五郎さん、次回はロケモノでいかがですか?温泉旅館を借り切ってやろうと思います』と……
死因は心臓発作、突然死だった。誰にも知られず、誰にも看取られることなく、ひっそりとこの世を去った――はずだった。
はずだったのに、金五郎は目を覚ました。駅のホームのベンチに座っていた。
いつからここに座っていたのか覚えていない。
「……」
それに、なんだか体が軽く感じる。
金五郎はポケットからスマホを取り出し、画面をじっと見つめる。
「23時を回っているのか……なんで俺はここにいるんだろう?仕事の帰りだっけか?うーん、思い出せない」
ホームにはまだかなりの人たちがいた。
「お勤め人は大変だな」
その時電話の鳴る音がして習慣でつい自分のスマホを見たが違った。
「あ、あの子か……」
若くて綺麗な女性がスマホを耳に当てていた。
「!」
その女性を見て金五郎は覚えがあると思った。
「あ、確か……三ヶ月くらい前に一緒に仕事をした……名前は……思い出せないな……」
声をかけるつもりはないが、ただなんとなくその女性を目で追っていた。
カタン!
女性がスマホを落とした。なんだかボーっとしている。
「なにしてんだ?あの子、なんで拾わないんだろう?」
金五郎がそう思ったときに電車がホームに滑り込んでくる。
視線を女性から電車に移して、目の前を通り過ぎる電車を見ていると、電車が急ブレーキをかけた。
電車はかなり進んでやっと止まる。
人が集まってきて大事になっている。
誰かが飛び込んだようだ。
金五郎はあまりグロいのは苦手だったので、見ないようにしてホームから続く階段を上り、改札口へと向かった。
彼女のことは気になったが声をかけなくてよかったと思った。
(AV出演なんて思い出したくもないかもしれないし……)
気がつくと駅の外に出ていた。
「あれ?俺…改札口通ったっけ?」
振り返って駅を見ようとして金五郎は悲鳴を上げる。
「うわああああ!」
尻もちをつきそうなくらいの勢いで後ずさりをして、物音一つ立てず、真後ろに立っていた女に声を張り上げる。
「なんだよ!お前!びっくりするだろう!」
女はただ悲しそうにじっと金五郎を見つめていた。
「おい!ちょっと!お前……」
そこまで言ってやっと気がつく。先程声をかけなかったAVに出演した女の子だと……
「ああ、君か……」
「こんばんは、玉袋金五郎さん」
女は力なく暗い顔で挨拶をした。
唾を飲み込む金五郎。
「ああ、どうも」
「……ねえ、今から何処かで飲まない?」女が金五郎を誘う。
「そうだな……」
金五郎は少し迷った。
「どうしようかな」
金五郎はあまり人の出入りする場所が好きではなかった。
「俺のアパートへ来るか?この駅から近いんだけど……」
女は迷うこと無く答えた。
「ええ、行くわ、あなたのアパートへ」
「そうか、じゃあ、行こうか」
女は金五郎の横に並ばず、後ろを付いてきた。
「ねえ、君、名前、なんて言ったっけ?」
「クミコです。クミコ……」
「あ、そうそう、クミコちゃんだったね」
金五郎は喋りにくかったので歩みを遅らせ、彼女の隣に並んだ。
「さっきの飛び降り自殺、びっくりしたよね、俺初めて、自殺現場に出くわしたのは」
女が少しトゲのある言葉で返事をした。
「でも、玉袋さん、素知らぬ顔で通り過ぎて行きましたよねぇ」
「あ、見てたんだ、俺のこと」
「……」
「俺、駄目なんだ、グロいの」
「……」
「君も見てただろう?あれは相当酷いことになってるよ」
「玉袋さんは、私のことなんてもう忘れていたでしょう?」
「いや、顔は覚えていたよ、名前までは思い出せなかったけど、俺、君がホームにいたの、気づいてたんだぜ」
「そうですか、私もあなたのことを一日も忘れたことはなかったですけどね……」
「あははは、まさか俺が初めての人だったわけじゃないでしょう?あ、仕事で寝たのは俺が初めてだったのかな?」
「……」
そして、気がつくと金五郎のアパートの前に来ていた。
「あ、ここが俺のアパート。隣も下も空き家だから少しくらい騒いでも安心だからね」
金五郎は、階段を上がって角部屋の自分の部屋の前に立った。ズボンのポケットから部屋の鍵を取り出すと鍵を開けて入っていった。
「狭いから気をつけてね、散らかっているから転ぶなよ」
そうクミコにおどけながら、玄関の明かりをつけて、部屋へ入り部屋の明かりを付ける。
古いアパート特有の、家屋の匂いと中年男の匂いが漂っていた。
部屋の中で、突っ立っている金五郎の後ろから、クミコが声をかける。
「どうかしたの?金五郎さん」
「あ……いや、その……畳の上に俺が寝ているんだけど……」
顔を金五郎の背中から覗かせてクミコが驚きもせずに言った。
「寝てるんじゃなくて、死んでるんじゃない?」
「え?」
金五郎は横たわる自分の体を見つめながら、頭の中が真っ白になっていた。
38歳、身長178センチの筋肉質。笑うと覗く歯並びは綺麗で、異様に白かった。
ファンの間では「歯が命のAV男優」と呼ばれていた。
職業欄にはいつも「俳優」と記入していた。それは嘘ではない。彼はしっかりと劇団の研究生から劇団員にまでなっていた。
演技には自信があったが、劇団の給料だけでは生活ができない。だから、趣味と実益を兼ねて、生きていくために手っ取り早くAV男優になった。
だがAV男優の仕事はとても過酷だった。エッチなだけでは続けられない辛さがある。金五郎は命を削りすぎたのだろうか。ある雨の朝、彼の命は突然途切れた。
アパートの六畳間、畳の上に横たわる金五郎の手には、まだスマホが握られている。画面には今月のスケジュールと、プロデューサーからのメッセージが残っていた。
『金五郎さん、次回はロケモノでいかがですか?温泉旅館を借り切ってやろうと思います』と……
死因は心臓発作、突然死だった。誰にも知られず、誰にも看取られることなく、ひっそりとこの世を去った――はずだった。
はずだったのに、金五郎は目を覚ました。駅のホームのベンチに座っていた。
いつからここに座っていたのか覚えていない。
「……」
それに、なんだか体が軽く感じる。
金五郎はポケットからスマホを取り出し、画面をじっと見つめる。
「23時を回っているのか……なんで俺はここにいるんだろう?仕事の帰りだっけか?うーん、思い出せない」
ホームにはまだかなりの人たちがいた。
「お勤め人は大変だな」
その時電話の鳴る音がして習慣でつい自分のスマホを見たが違った。
「あ、あの子か……」
若くて綺麗な女性がスマホを耳に当てていた。
「!」
その女性を見て金五郎は覚えがあると思った。
「あ、確か……三ヶ月くらい前に一緒に仕事をした……名前は……思い出せないな……」
声をかけるつもりはないが、ただなんとなくその女性を目で追っていた。
カタン!
女性がスマホを落とした。なんだかボーっとしている。
「なにしてんだ?あの子、なんで拾わないんだろう?」
金五郎がそう思ったときに電車がホームに滑り込んでくる。
視線を女性から電車に移して、目の前を通り過ぎる電車を見ていると、電車が急ブレーキをかけた。
電車はかなり進んでやっと止まる。
人が集まってきて大事になっている。
誰かが飛び込んだようだ。
金五郎はあまりグロいのは苦手だったので、見ないようにしてホームから続く階段を上り、改札口へと向かった。
彼女のことは気になったが声をかけなくてよかったと思った。
(AV出演なんて思い出したくもないかもしれないし……)
気がつくと駅の外に出ていた。
「あれ?俺…改札口通ったっけ?」
振り返って駅を見ようとして金五郎は悲鳴を上げる。
「うわああああ!」
尻もちをつきそうなくらいの勢いで後ずさりをして、物音一つ立てず、真後ろに立っていた女に声を張り上げる。
「なんだよ!お前!びっくりするだろう!」
女はただ悲しそうにじっと金五郎を見つめていた。
「おい!ちょっと!お前……」
そこまで言ってやっと気がつく。先程声をかけなかったAVに出演した女の子だと……
「ああ、君か……」
「こんばんは、玉袋金五郎さん」
女は力なく暗い顔で挨拶をした。
唾を飲み込む金五郎。
「ああ、どうも」
「……ねえ、今から何処かで飲まない?」女が金五郎を誘う。
「そうだな……」
金五郎は少し迷った。
「どうしようかな」
金五郎はあまり人の出入りする場所が好きではなかった。
「俺のアパートへ来るか?この駅から近いんだけど……」
女は迷うこと無く答えた。
「ええ、行くわ、あなたのアパートへ」
「そうか、じゃあ、行こうか」
女は金五郎の横に並ばず、後ろを付いてきた。
「ねえ、君、名前、なんて言ったっけ?」
「クミコです。クミコ……」
「あ、そうそう、クミコちゃんだったね」
金五郎は喋りにくかったので歩みを遅らせ、彼女の隣に並んだ。
「さっきの飛び降り自殺、びっくりしたよね、俺初めて、自殺現場に出くわしたのは」
女が少しトゲのある言葉で返事をした。
「でも、玉袋さん、素知らぬ顔で通り過ぎて行きましたよねぇ」
「あ、見てたんだ、俺のこと」
「……」
「俺、駄目なんだ、グロいの」
「……」
「君も見てただろう?あれは相当酷いことになってるよ」
「玉袋さんは、私のことなんてもう忘れていたでしょう?」
「いや、顔は覚えていたよ、名前までは思い出せなかったけど、俺、君がホームにいたの、気づいてたんだぜ」
「そうですか、私もあなたのことを一日も忘れたことはなかったですけどね……」
「あははは、まさか俺が初めての人だったわけじゃないでしょう?あ、仕事で寝たのは俺が初めてだったのかな?」
「……」
そして、気がつくと金五郎のアパートの前に来ていた。
「あ、ここが俺のアパート。隣も下も空き家だから少しくらい騒いでも安心だからね」
金五郎は、階段を上がって角部屋の自分の部屋の前に立った。ズボンのポケットから部屋の鍵を取り出すと鍵を開けて入っていった。
「狭いから気をつけてね、散らかっているから転ぶなよ」
そうクミコにおどけながら、玄関の明かりをつけて、部屋へ入り部屋の明かりを付ける。
古いアパート特有の、家屋の匂いと中年男の匂いが漂っていた。
部屋の中で、突っ立っている金五郎の後ろから、クミコが声をかける。
「どうかしたの?金五郎さん」
「あ……いや、その……畳の上に俺が寝ているんだけど……」
顔を金五郎の背中から覗かせてクミコが驚きもせずに言った。
「寝てるんじゃなくて、死んでるんじゃない?」
「え?」
金五郎は横たわる自分の体を見つめながら、頭の中が真っ白になっていた。
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