《完結》人生を生き直し、恋に落ちる。

ぜらちん黒糖

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第一章

②幽霊

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金五郎は横たわる自分の体を揺り動かしてみるが、びくともしなかった。

「本当に死んでいるのか、俺は……俺は幽霊なのか?」

冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出してクミコが畳の上に座っていた。

「ねえ、金五郎さん、落ち着きなさいよ」

思わず大きな声を出す金五郎。

「落ち着けるわけないだろう!」

慌ててスマホを取り出し電話をかけようとする金五郎にクミコが言った。

「救急車を呼んでも、もう遅いと思うわよ?」

スマホを落としてしゃがみ込み、頭を抱え声を絞り出す金五郎。

「畜生!なんで俺が死ななきゃいけないんだ!なんで俺が……」

「自分は何も悪いことはしていないとでも思っているの?」

クミコが冷たい口調で言った。

「俺は何も悪いことはしていない、何も……」

その時、クミコの存在に疑問を感じる金五郎。

「おい、どうして君に俺が見えるんだ?君は霊能者か?霊感が強いのか?」

クミコは缶ビールを開け、ぐいっと飲んで返事をした。

「だって、私も幽霊だもん」

「……」

金五郎の肩が震え始める。誰かが、駅のホームから電車に向かって飛び降りた事件が頭をかすめた。

「それじゃあ、電車に飛び込んだのは……き、君だったのか!」

「そうよ、私」

金五郎は今朝の自分の様子を思い出し呟いた。

「俺は胸が急に苦しくなって……死んだ」

「ふーん、突然死か……まあ自然に……よくある死因よね」

「それに比べてお前と言う奴は……自分で死にやがって、しかもその若さで」

壁に背もたれしながらクミコが缶ビールを一つ金五郎に差し出すと、金五郎は無言で受け取りクミコの隣に座ると壁を背にして飲んだ。

「私だって、死にたくて死んだんじゃないわ」クミコはそう言うと缶ビールを飲んだ。

金五郎は受け取った缶ビールをしばらく見つめてから開けて飲んだ。

「俺たち、幽霊なのになんでビールが飲めるんだろうな。缶ビールは冷えてねえし、味も感じない」金五郎は寂しそうに呟くとクミコに尋ねる。

「それで?君の死んだ理由を聞かせてくれないか……」

クミコはゆっくりと話し始める。

まるで部屋の壁に大きなスクリーンがあるように金五郎の目にクミコの生前の姿が映っていた。







​女優を目指していたクミコは、芸能事務所に所属し、テレビドラマや映画、舞台に出ることを夢見て毎日を過ごしていた。

​ある日、事務所の社長から「不倫ものだけど、ドラマに出てみないか」と声をかけられた。

相手役は、劇団出身の役者、玉袋金五郎だと聞かされる。

​「どうする? 嫌なら断ってもいいよ。クミコがだめなら……そうだな……サユリに聞いてみるか……」 

​サユリは、クミコが内心ライバル視していた後輩の女の子だ。彼女に役が回るのが嫌で、クミコは思わず「やります」と返事をしていた。

​契約書にサインもした。

​そして、約束の撮影現場へ行くと、そこはAV撮影の現場だった。
 
すぐに断ろうとしたが、契約書にサインしている以上、無理に出演拒否をするなら違約金を払えと迫られる。それは、クミコにはとても払えない大金だった。

​一時間だけ時間をもらい、一人で考えていると、相手役の玉袋金五郎が話しかけてきた。

彼はとても口が上手い男だった。

「役者として食っていくなら、どんな役でもやらなきゃ」とか「今は辛いかもしれないけど、この体験は決して無駄にならない」などと、クミコを説得した。

​いつの間にか、彼の言葉に誘導されるように、クミコはAV撮影に臨んだ。

撮影は恥ずかしく、辛かったが、クミコは耐えた。

金五郎も優しい言葉をかけてくれた。

​それが、最初で最後のAV出演だった。

​三か月後、テレビドラマへの出演話が舞い込む。準主役級の役だった。撮影が始まり、夢のような現場で幸せだった。しかし三日目、プロデューサーに呼ばれ、役を降りてくれと言われた。理由を聞くと、プロデューサーは困った顔で言った。

​「君、アダルトビデオに出てたんだろ? それがバレると困るんだよ。だから悪いけど、降りてくれないか」

​クミコはその後、家に帰るため電車に乗ろうと駅のホームに力無く立っていた。呆然とただ電車が来るのを待っていた。すると、後輩のサユリからスマホに電話がかかってくる。

条件反射で電話に出るクミコ。

​「もしもし、先輩? 私、先輩の役をやることになりました。でも、どうして急に役を降りたりしたんですか?」

サユリからの電話に返事ができなかった。

「先輩?もしもし、先輩?」

持っていたスマホが手から滑り落ちた。呆然としている中、遠くに見える電車が駅のホームへ滑り込んできた。

​クミコは人生に絶望し、迫りくる電車の前に飛び降りた。

電車が通り過ぎて、急ブレーキをかけたがもう遅かった。

​クミコの思念が、金五郎の脳にはっきりと映像となって広がっていた。

彼女が体験した辛い出来事が、我が身のように金五郎の心を揺さぶる。

​軽い気持ちでクミコを説得し、さもそれが正しいかのように振る舞った金五郎。

あの頃の彼は、若い女の子が仕事とはいえ人前で裸になり抱き合うことが、どんなに辛いことなのかをまるで分かっていなかった。AV撮影に対して、後ろめたさも、世間体も、罪悪感も、何も感じていなかったのだ。

​金五郎の目から涙がこぼれ落ちる。

​「そんなに辛い思いをしていたなんて……知らなかったんだ」

​「……許してくれ」

​金五郎は心の奥底から、絞り出すように言った。

「本当に悪かった」と……

だが、クミコは無表情のまま金五郎を見つめた。

​金五郎の表情が恐怖に変わる。

クミコが駅のホームから電車に飛び込む映像が、頭の中に広がってきた。

​恐怖に顔を引きつらせたまま、金五郎は畳の上に横たわる自分の体に吸い込まれて行った。

その傍らで​クミコが、じっと金五郎を見下ろしていた……。
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