《完結》異常な女に好かれた男

ぜらちん黒糖

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⑤もう一人の女

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結菜はすでに西山の部屋に上がっていた。一ヶ月前、結菜の部屋へ連れ込んだ時に西山の家の合鍵を作り、スマホの情報を抜き取り、カバンの中も全て調べていた。

食卓には、冷蔵庫にあった有り合わせのもので料理を作り、テーブルに並べてある。西山が帰ってくればレンジで温めれば良いだけになっていた。

(メールもしたし、電話もかけた。私からだと分かっているはず)

壁にかかった時計を見ると、時間はもう20時を回っていた。

結菜は立ち上がると、先にお風呂に入っておくことにした。

脱衣所で服を脱ぎ、着替えとタオルを揃える。全てここへ来る途中で買ってきたものだ。

洗面所の明かりをつけたままにして、浴室の電気は消した。洗面所の明かりだけを頼りに、薄暗い浴室に入ると、髪と顔と体を洗って、湯船に浸かる。

結菜が入るとお湯が浴槽から溢れ出た。

「気持ちいい~」

結菜は天井を見上げながら、ゆっくりと目を瞑った。

(私は、また、一人の男を追いかけている。でも突然好きになってしまうのだから仕方がないわ)

そんなことを考えていると、次第に眠くなり、浴槽の縁に頭を預け、体を湯船に浮かせて眠ってしまった。

暗闇の中、眠ったはずの結菜の目がゆっくりと開いて、立ち上がり、浴室の戸を開け洗面所の前に立った。

結菜は鏡を見つめ、冷たい目でほんの少し口角を歪め、笑みを浮かべた。

「あの男は、結菜をこんなに待たせて、今頃どこで何をしているのかしら?」

そこに立っていたのは、湯船に浸かっていた、少しおっとりとした結菜の表情ではなかった。

その目は、結菜よりも強烈に執着心の強い眼差しで冷ややかな笑みを浮かべていた。

梅沢結菜には人格がもう一つあったのだ。

小学5年生の頃、結菜は学校でいじめを受けていた。毎日毎日、執拗にいじめられる毎日だった。

結菜の態度が、男子に媚びていると女子の間で不満がたまり、いじめとへ発展していった。

教科書やノートを隠され、体操着を汚され、机には落書きをされ、話しかけても無視される。最初は女子の間でだけ行われていたいじめが、男子にも波及し、いつの間にかクラス全員が結菜を無視していた。

結菜は思い詰めて首吊り自殺をしようとした時、もう一人の自分が突如現れた。

梅沢詩織。もう一人の人格はそう名乗っていた。

翌日から結菜の代わりに、詩織が登校した。

詩織は結菜と違ってやられたらやり返す性格だった。

教室に入ると詩織は大きな声で挨拶をした。

「おはよう」しかし誰も挨拶を返してこなかった。

自分の席について、机の中を見るとゴキブリの入った透明のビニール袋が入れてあった。ガサガサと動き回るゴキブリの音が、静まり返った教室に虚しく聞こえた。

クラス全員が結菜の机の中に、ゴキブリ入りのビニール袋が入っていることを知っていたのだろう。

結菜が泣いて怖がるのを、見てやろうと固唾を飲んでいたのだが、詩織はその袋を無言で机の中から取り出すと、手に取り立ち上がった。

「これ誰のですか?自分の机と間違えて入れちゃダメじゃないですかぁ」

この詩織の言葉に誰も茶化したりしなかった。いつもの梅沢結菜と雰囲気が違ったからだ。

「このゴキブリは、誰のゴキブリですか?名乗り出てもらえますか?」

誰も返事をしなかった。

「名乗り出てくれないと返せないじゃないですかぁ」

次の瞬間、詩織はそのビニール袋を引き裂いた。

一斉に逃げ出すゴキブリたち。悲鳴を上げるクラスメート。ちょっとした地獄絵図のようになっていた。

その後、担任がやってきて詩織は大目玉を食らったが、それでもはっきりと言い返した。

「ゴキブリ入りのビニール袋を私の机の中に入れた人が一番悪いんじゃないんですか?先生」

その一言で、ゴキブリを入れた生徒を先生が見つけ出した。

結菜をいじめていた女子生徒の中のボスの緑川喜美子だった。

放課後、詩織は喜美子たち女子生徒に囲まれ、罵詈雑言を浴びせられた。

「このブス」
「変態」
「気持ち悪いんだよ」
「死んじゃえ」
「学校に来るな」
「このブリッコ」等々。

詩織は無表情のままその言葉を聞いていた。喜美子たちは結菜がそろそろ泣き出す頃だと期待していたのだが、全く泣き出さなかった。しびれを切らした女子生徒の一人が詩織を押し倒した。それをきっかけに、尻餅をついた詩織を全員で蹴り始めたのだ。

「うふ、うふふふふ」

突如笑い始めた詩織に女子生徒たちの動きが止まる。

気味悪がった喜美子たちが詩織をそのままにして、教室を出て行こうとした時、詩織が、スカートのポケットからハサミを取り出し、喜美子の背中に飛びついた。

「なんだよ、放せよ、ブス!」

喜美子が狂ったように、背中にしがみついた詩織を振り下ろそうとしたができなかった。見かねた仲間たちが詩織に掴みかかろうとした時、詩織が叫んだ。

「誰も私に触れるな!触れたらこいつを殺すぞ!」

詩織は右手にハサミを持っていた。

詩織は喜美子の耳元で囁き続けた。

(お前なんかいつでも殺せるんだぞ)

(二度と私に構うな)

(もしまたふざけた真似を私にしたら……)

(その時は、その瞬間にお前の喉にハサミを突き刺してやる)

喜美子にすれば、大人しいイメージしかなかった結菜の口から、脅しとは思えない言葉を聞かされ、気がつくと、お漏らしをしていた。

喜美子の背中から飛び降りると、全員に向けて大きな声で言った。

「今度また結菜をいじめると、こんなものじゃ済まないからね。お前たちが死ぬまで、どこまでも追いかけて行って殺すから」

そう言って詩織は教室を出て行った。翌日から結菜へのいじめはなくなった。





そして……今…

結菜を子供の頃から見守り続けた詩織が、鏡の前に立っていた。









    
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