《完結》私の愛した夫には、秘密がありました。

ぜらちん黒糖

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①レオン、表へ

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 うっ!、と声にならないうめきが漏れる。

 頭を抱えうずくまるコーネル・サンダーの視界がぐらりと揺れる。鈍い痛みが頭頂部に響き、思わず床に膝をついた。

「痛い……」

 司書であるコーネルは、棚から分厚い本を取り損ね、それが無情にも自身の頭に直撃したのだ。視界の端で、床に転がる本の茶色い表紙が恨めしい。

 その時、背後から駆け寄る足音がした。

「先輩!大丈夫ですか!?」

 心配そうな声とともに、後輩のターナーがすぐにコーネルのそばに駆け寄る。

「ああ、もう大丈夫だから、あはは……」

 コーネルは痛みをこらえ、引きつった笑みを浮かべた。ターナーは床に落ちた、辞書のように分厚い本に目を落とす。

「頭に当たったんですか?本当に大丈夫ですか?医務室へ行った方がいいんじゃないですか?」

「いや、本当に大丈夫だから」

 コーネルは努めて平静を装い、本を拾い上げて題名を確認した。

「あ、間違えた。これじゃないよ」

 ターナーは棚の上を見上げ、コーネルが指差した場所を把握する。

「先輩、俺が戻しておきますよ」

 そう言って、ひょいと手を伸ばして分厚い本を棚に戻した。

「いいな、ターナーは背が高くて」

 コーネルは羨ましそうに呟く。ターナーは棚の奥に手を伸ばし、コーネルが探していたらしい一冊を取り出した。

「先輩、取りたかった本はこれですか?」

 差し出された本を受け取りながら、コーネルはふと尋ねた。

「お前、優しくていいやつなのに、なんでまだ独身なの?」

 ターナーは少し困ったような顔で、しかし悪びれる様子もなく答える。

「そんなことは俺にも分かりませんよ。女性に聞いてください」

 そう言うと、ターナーは自分の席へ戻って行った。

 ここは王立図書館。コーネル・サンダーはここで司書として、主に古文書の解読と管理を仕事にしている。

 彼の人生は、長年平穏そのものだった。愛する妻マリカと共に、絵に描いたような幸せな日々を送っている。

「しかし、さっきの本、痛かったな……」

 そう呟いた時、コーネルは突然の目眩に襲われ、再びしゃがみ込んだ。

 視界が急速に狭まり、意識が遠のく。

 その時、コーネルの潜在意識の中で、別の「彼ら」が騒ぎ始めていた。

 閉じ込められた小さな部屋の扉が、音を立てて激しく叩かれる。

「コーネル!いつになったら俺たちはここから出られるんだ!?」

 荒々しい声で扉を蹴りつけるのは、別人格のレオンだ。彼の声には、抑えきれない焦燥と苛立ちが滲んでいた。

「だからもうちょっと待ってよ、ね?もう少しで君たちの出番も来るから……」

 コーネルは必死になだめる。だが、もう一人の人格、オネエのリアナがレオンの隣に現れた。

「もう我慢できないわあ~。あたしだって、外の世界で素敵な服を着て、美味しいものを食べたいのよ!」

 リアナは唇を尖らせて、コーネルを射抜くように見つめる。

「いや、君も、もう少し待ってよね?必ず出番はあげるから」

 コーネルの言葉に、リアナは疑わしげに目を細めた。

「ほんとに~?」

「ああ、ほんとだ、ほんとだから!」

 その時、レオンが我慢の限界に達したように、扉を突き破って飛び出してきた。

 そして、コーネルの頭を思い切り叩いた。その衝撃は、コーネルの意識の奥底にまで届くほど強烈だった。

 床に崩れ落ちたコーネルを、レオンは荒々しく引きずって、小さな部屋の中に閉じ込めた。

 鍵を乱暴にかけ、満足げにニヤリと笑う。

 それを見ていたオネエのリアナが、呆れたようにレオンに問いかける。

「レオン、なにやってるのよ」

「なにって、こいつを黙らせたんだよ」

 レオンはリアナに手を差し出した。

「オネエちゃんよ。俺たち二人、外の世界へ出ようじゃないか。もう我慢はできない」

「いやだ、そんなことしていいの?コーネル、怒っちゃうわよ?」

「かまわないさ」

 レオンはコーネルを閉じ込めた部屋を指差し、言い放つ。

「俺たちはもともと三つ子の兄弟だぞ?だが、俺とお前は、この世界に生まれ落ちることができなかった。肉体を持たずに、こいつの潜在意識の中に閉じ込められ、生きてきたんだ」

 リアナは悲しげに頷いた。

「ええ、お腹の中に生まれてすぐに死んだわ。その体をコーネルが吸収した。あの時、天国へ行けば良かったのに、あたしとあなたは、生き残った赤ちゃんのコーネルに取り憑いたのよね……」

「取り憑いたんじゃない。取り込まれたんだ。それに、俺はあいつを色々と助けてやったぜ?いじめっ子をとっちめたのは俺だ!あいつが弱虫だった時、誰が守ってやったと思ってんだ?」

 リアナも、うんうんとうなずきながら同調する。

「女子と仲良く出来たのは、あたしのおかげよね?あの子ったら、あたしがいなければ、一生独り身だったわ!」

「そうさ、な?だから二人で交代して外へ出て行こうぜ?俺たちの人生を取り戻すんだ。時間がないんだよ。コーネルの奴にはそれがわかっていない」 

 リアナは少し迷う素振りを見せたが、やがて決心したように言った。

「うん、わかったわ。最初はどっちから行く?」

「すまん、俺からにさせてくれ」

 レオンは、じっとオネエのリアナを見つめた。その瞳には、強い意志と、わずかな迷いが混じっていた。

「わかったわよ、お先にどうぞ、レオン。マリカはあなたの初恋の人だもんね。ずっと会いたかったんでしょ?」

「悪いな、じゃ、先に行かせてもらうぜ?」

「気をつけてね」

「ああ」

 図書館の本棚の間で、意識を失ったコーネルの体を借りたレオンは、立ち上がると自分の席へ戻って行った。

 彼は、何食わぬ顔で残りの仕事をこなし始めた。まるで何事もなかったかのように。

 仕事に没頭していたレオンだったが、終業の鐘が鳴ると、帰り支度を始めた。

「さてと、マリカの元へ帰るとするか」

 レオンは、コーネルの体で家路へついた。心臓が早鐘を打っている。

 夜、コーネル・サンダー邸。

 妻のマリカは、愛する夫の帰りを今か今かと待ちわびていた。食卓には、温かい料理が並んでいる。

「もうすぐ、コーネル、帰ってくる頃ね」

 その時、玄関から物音がした。カチャリと鍵の開く音。マリカは急いで玄関へ向かった。

「ただいま」

 いつもと変わらない夫の声。しかし、その声にはどこか抑えきれない熱のようなものが感じられた。

「おかえり、コーネル」

 マリカはコーネルのカバンを受け取ると、いつものように問いかけた。

「ご飯にする?お風呂にする?」

「お風呂にするよ」

「分かったわ。脱衣所に着替え出しておくからね」

 そう言ったマリカの腕を、レオンが突然強く引き寄せた。そして、彼女を抱きしめる。

「なに?どうしたの?」

 マリカは驚いて尋ねた。コーネルはいつも、ここまで積極的に愛情表現をするタイプではない。彼の腕の力も、いつもより強いように感じた。

「会いたかった、マリカ」

 熱を帯びた、それでいてどこか切実な声。マリカは、その言葉に戸惑いを覚えた。

「え?」

 マリカが返事をする間もなく、レオンは彼女の唇を塞いだ。

 そのキスは、マリカが知るいつものコーネルのキスとは、まるで違っていた。

 とても濃厚な口づけだった。

     
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