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③リアナ、女装
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朝、マリカが目を覚ますと、ベッドにはコーネルの姿がなかった。
「もう起きたのかしら……」
急いで着替えて台所へ行くと、トントントンと小気味良い包丁の音が聞こえた。目をやると、リアナが野菜を細かく刻んでいたのだ。
「おはよう、コーネル」
マリカが声を掛けると、リアナは包丁を止めて、くるりと振り向いた。
「あら、おはようマリカ、良く眠れた?」
マリカは返事をせずにリアナの隣に立った。
「なにやってるの?」
「見てのとおりよ、朝ご飯の支度と、お弁当の準備よ」
食堂に目をやると、もうテーブルの上には食事が用意されていた。
リアナは細かく刻んだ青菜を溶き卵に入れ、混ぜたものをフライパンに油を敷いて焼き始めた。
その手つきは驚くほど手慣れていた。
「手際、いいのね。コーネルってお料理上手だったんだ」
「まあね、卵焼きが出来たらおしまいよぉ~。座って待ってて~」
「わかった」
リアナはお弁当箱に卵焼きを入れ、残りを食卓のお皿に乗せた。席に着き、マリカに声をかける。
「さ、食べましょうか、マリカ」
「なんだか、恐縮しちゃうな、夫が妻に料理を作るなんて」
「気にしない気にしない」
料理を食べ始める二人。
「美味しい」
マリカが真面目な表情で言うと、リアナはにこやかに切り出した。
「ねえ、マリカ、あたし今日はお仕事休むわ~」
「え?どうして?頭、やっぱりおかしいの?」
「やっぱりって、どういう意味よ~」
「だって昨日、本を頭にぶつけたんでしょ?それに、今日はなんとなく女っぽいし、心配してるのよ、私」
マリカの言葉を聞いて、リアナは少ししんみりした。
他人から自分の体を心配されたことが、こんなにも温かいものだとは思わなかった。涙腺が緩むのを感じる。
「心配してくれてありがとう~。でも違うの。今日はマリカと一日、外で遊びたいなと思ってるの。駄目~?」
マリカはテーブルにお弁当箱が二つと小さいのが一つ置いてあることに合点がいった。
「そうね、いいわよ。二人で出かけるなんて久しぶりね」
「それからマリカにお願いがあるのよ~」
「なに?」
リアナはマリカの顔をじっと見つめ、少しもじもじしながら、意を決したように言った。
「あたし……したいの」
思わず椅子ごと後ずさりするマリカ。
「女装…したいの」
てっきり別のことを言われるのかと身構えていたため、拍子抜けしたのだ。
「ああ、……そっち?え?女装?」
そして、リアナはマリカの顔色を窺いながら尋ねた。
「あたし、気持ち悪い?」
「……」
マリカは返事に詰まった。正直なところ、そう言う気持ちも、あった。
しかし、コーネルは昨日、頭に強い衝撃を受けている。
このまま、何日経ってもこの状態なら心配になるが……。
仕事が古文書の解読だし、精神的な疲れも溜まっているのかもしれない。
「そんなこと……ないよ」
「ほんとに~?」
「え、ええ……まあ、取り敢えず朝ご飯食べてしまいましょ、ね?」
「は~い」
食事も終わり、二人で後片付けをする。
「昨日も後片付け手伝ってくれたけど、やっぱり、頭のせい?」
リアナは笑いながら、「そ~かもね~」と言って、テキパキと食器を洗っていった。
隣で食器を濯いで水切り台に乗せていくと、マリカは口元を緩めて呟いた。
「ふふ、でも、なんだか新鮮な感じがする」
「え?なに?」
「なんでもな~~い」
「あ!あたしの真似した~、やだあ~」
二人は楽しそうに笑った。
後片付けが終わって、更衣室へ行く二人。
「私、真っ赤なワンピース着たい~!」
「え?真っ赤な?……」
マリカの脳細胞が熱を帯びる。
夫に真っ赤なワンピースを着せることへの抵抗感と、それによって起こりうる事態を想像して、軽く混乱していた。
「あ、あの、コーネルには、こっちの方が似合うと思うわ」
そう言って、マリカは落ち着いたグレーのワンピースを手渡した。
リアナは不満げに眉をひそめる。
「グレーか……あたし、どこかの作業場で働かされるの? もっと華やかなのがいいのに」
「だって、コーネルはもう28よ? あまり派手だと、ちょっとね……そのかわり中に着るブラウスは真っ赤にすればいいじゃない? それなら顔色も明るく見えるし」
「うん、そうね、そうする! ありがとう、マリカ!」
リアナの表情がぱっと明るくなる。そして、少し真剣な面持ちでマリカを見つめた。
「それから、マリカ……」
「なに? やっぱり真っ赤なワンピースが着たいの?」
「マリカ、あたし、今日は別人になりたいの。いつものコーネルじゃなくて、あたしのこと……リアナって呼んで~~~」
感情を込めて叫ぶリアナに、マリカは思わず「はあ?」と聞き返した。
しかし、すぐに「リアナ」という呼称が、夫とバレる心配を減らす良いアイデアだと閃いた。
「わかったわ、そうしましょ、リアナ」
マリカが自然に自分の名前を呼んでくれた喜びを噛み締めるように、リアナの目尻が涙で光った。
ずっと、誰にも理解されずにいた自分が、初めて、ありのままの名前で呼ばれたのだ。
夫のコーネルは、私と体格が似ている。私は女にしては背が高い方だし、夫は男にしては背が少し低い。だから、私の着ている服とサイズはなんとかなる。だけど……。
「ど~したの~? マリカ~?」
リアナが楽しそうに尋ねる。マリカは現実的な問題に直面した。
「ちょっと、服、脱いで」
ぎょっとするリアナ。胸元を抑えて、
「ちょっと、やだあ~、マリカ、あたしを抱きたくなったの~~?」
「……ほんとにもう! 違うわよ、胸よ、胸! ぺっちゃんこ!」
「それは……仕方ないじゃない。あたしの体は、男なんだから……」
今までの浮き浮き気分が吹っ飛びそうなくらい、しょんぼりするリアナ。
その様子を見て、マリカは慌てて言った。
「胸の膨らみをつくってあげるから、椅子に座って、リアナ」
そう言われて、リアナの表情は再び明るくなった。
胸の膨らみがどうのこうのよりも、マリカが自然に自分の名前を呼んでくれたこと。その事実が、何よりも嬉しかったのだ。
「もう起きたのかしら……」
急いで着替えて台所へ行くと、トントントンと小気味良い包丁の音が聞こえた。目をやると、リアナが野菜を細かく刻んでいたのだ。
「おはよう、コーネル」
マリカが声を掛けると、リアナは包丁を止めて、くるりと振り向いた。
「あら、おはようマリカ、良く眠れた?」
マリカは返事をせずにリアナの隣に立った。
「なにやってるの?」
「見てのとおりよ、朝ご飯の支度と、お弁当の準備よ」
食堂に目をやると、もうテーブルの上には食事が用意されていた。
リアナは細かく刻んだ青菜を溶き卵に入れ、混ぜたものをフライパンに油を敷いて焼き始めた。
その手つきは驚くほど手慣れていた。
「手際、いいのね。コーネルってお料理上手だったんだ」
「まあね、卵焼きが出来たらおしまいよぉ~。座って待ってて~」
「わかった」
リアナはお弁当箱に卵焼きを入れ、残りを食卓のお皿に乗せた。席に着き、マリカに声をかける。
「さ、食べましょうか、マリカ」
「なんだか、恐縮しちゃうな、夫が妻に料理を作るなんて」
「気にしない気にしない」
料理を食べ始める二人。
「美味しい」
マリカが真面目な表情で言うと、リアナはにこやかに切り出した。
「ねえ、マリカ、あたし今日はお仕事休むわ~」
「え?どうして?頭、やっぱりおかしいの?」
「やっぱりって、どういう意味よ~」
「だって昨日、本を頭にぶつけたんでしょ?それに、今日はなんとなく女っぽいし、心配してるのよ、私」
マリカの言葉を聞いて、リアナは少ししんみりした。
他人から自分の体を心配されたことが、こんなにも温かいものだとは思わなかった。涙腺が緩むのを感じる。
「心配してくれてありがとう~。でも違うの。今日はマリカと一日、外で遊びたいなと思ってるの。駄目~?」
マリカはテーブルにお弁当箱が二つと小さいのが一つ置いてあることに合点がいった。
「そうね、いいわよ。二人で出かけるなんて久しぶりね」
「それからマリカにお願いがあるのよ~」
「なに?」
リアナはマリカの顔をじっと見つめ、少しもじもじしながら、意を決したように言った。
「あたし……したいの」
思わず椅子ごと後ずさりするマリカ。
「女装…したいの」
てっきり別のことを言われるのかと身構えていたため、拍子抜けしたのだ。
「ああ、……そっち?え?女装?」
そして、リアナはマリカの顔色を窺いながら尋ねた。
「あたし、気持ち悪い?」
「……」
マリカは返事に詰まった。正直なところ、そう言う気持ちも、あった。
しかし、コーネルは昨日、頭に強い衝撃を受けている。
このまま、何日経ってもこの状態なら心配になるが……。
仕事が古文書の解読だし、精神的な疲れも溜まっているのかもしれない。
「そんなこと……ないよ」
「ほんとに~?」
「え、ええ……まあ、取り敢えず朝ご飯食べてしまいましょ、ね?」
「は~い」
食事も終わり、二人で後片付けをする。
「昨日も後片付け手伝ってくれたけど、やっぱり、頭のせい?」
リアナは笑いながら、「そ~かもね~」と言って、テキパキと食器を洗っていった。
隣で食器を濯いで水切り台に乗せていくと、マリカは口元を緩めて呟いた。
「ふふ、でも、なんだか新鮮な感じがする」
「え?なに?」
「なんでもな~~い」
「あ!あたしの真似した~、やだあ~」
二人は楽しそうに笑った。
後片付けが終わって、更衣室へ行く二人。
「私、真っ赤なワンピース着たい~!」
「え?真っ赤な?……」
マリカの脳細胞が熱を帯びる。
夫に真っ赤なワンピースを着せることへの抵抗感と、それによって起こりうる事態を想像して、軽く混乱していた。
「あ、あの、コーネルには、こっちの方が似合うと思うわ」
そう言って、マリカは落ち着いたグレーのワンピースを手渡した。
リアナは不満げに眉をひそめる。
「グレーか……あたし、どこかの作業場で働かされるの? もっと華やかなのがいいのに」
「だって、コーネルはもう28よ? あまり派手だと、ちょっとね……そのかわり中に着るブラウスは真っ赤にすればいいじゃない? それなら顔色も明るく見えるし」
「うん、そうね、そうする! ありがとう、マリカ!」
リアナの表情がぱっと明るくなる。そして、少し真剣な面持ちでマリカを見つめた。
「それから、マリカ……」
「なに? やっぱり真っ赤なワンピースが着たいの?」
「マリカ、あたし、今日は別人になりたいの。いつものコーネルじゃなくて、あたしのこと……リアナって呼んで~~~」
感情を込めて叫ぶリアナに、マリカは思わず「はあ?」と聞き返した。
しかし、すぐに「リアナ」という呼称が、夫とバレる心配を減らす良いアイデアだと閃いた。
「わかったわ、そうしましょ、リアナ」
マリカが自然に自分の名前を呼んでくれた喜びを噛み締めるように、リアナの目尻が涙で光った。
ずっと、誰にも理解されずにいた自分が、初めて、ありのままの名前で呼ばれたのだ。
夫のコーネルは、私と体格が似ている。私は女にしては背が高い方だし、夫は男にしては背が少し低い。だから、私の着ている服とサイズはなんとかなる。だけど……。
「ど~したの~? マリカ~?」
リアナが楽しそうに尋ねる。マリカは現実的な問題に直面した。
「ちょっと、服、脱いで」
ぎょっとするリアナ。胸元を抑えて、
「ちょっと、やだあ~、マリカ、あたしを抱きたくなったの~~?」
「……ほんとにもう! 違うわよ、胸よ、胸! ぺっちゃんこ!」
「それは……仕方ないじゃない。あたしの体は、男なんだから……」
今までの浮き浮き気分が吹っ飛びそうなくらい、しょんぼりするリアナ。
その様子を見て、マリカは慌てて言った。
「胸の膨らみをつくってあげるから、椅子に座って、リアナ」
そう言われて、リアナの表情は再び明るくなった。
胸の膨らみがどうのこうのよりも、マリカが自然に自分の名前を呼んでくれたこと。その事実が、何よりも嬉しかったのだ。
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