道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

070 キャプチャー 日常と非日常

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 「異端者たちは神にして神々の御威光の前、惨めに敗走しました」
 カルミさんは大広間で倒れた敵の亡骸の上に乗って大声で勝利を宣言した。
 
 俺たちはカルミさんを力なく眺める。
 ブレイズさんだけは服を着るより先にナイフをもって歩き回り、建物の内外で倒れている人を罵倒の言葉とともに刺してまわっている。
 止める気力はなかった。
 罵詈雑言とともに踊り狂い大量の敵を片付けた自称舞い踊る賢者を刺激したくなかったというのもある。

 鼻歌を歌いながら外から戻ってきたブレイズさんに助けられた癒し手の一人がローブを渡す。
 彼らは鎧こそつけていないが、屋敷にあった武器や倒した相手の武器を拾って武装している。

 ローブを着終えたブレイズさんにカルミさんは耳打ちをする。
 ブレイズさんは喜々とした表情でそれを聞いている。

 こそこそ話のあと、カルミさんは出発を宣言する。
 「少数ではありますが、狂気に囚われた異端者たちの一部が残っています。彼らの本拠地であるアレフィキウムに赴き、正統なる信仰を取り戻させに参りましょう」
 
 続くカルミさんの説明は以下の様なものだった。
 そもそも地下室にいた修道士の告白によると、今回の事件の黒幕にして屋敷の持ち主はカステの商人で本日の午後にアレフィキウム経由で屋敷に来るはずだった。
 村の住人をあらかじめ説得して、本来の信仰の道を取り戻してもらったあと、黒幕を待ち伏せし、捕縛するのだという。

 本来の信仰の道を取り戻す、か。どうせ、ろくなことは起こらないだろう。
 ただ、それを今指摘したところでどうなるものでもない。

 こうして俺たちはアレフィキウムまで戻ることになった。
 助け出した者たちは、ブレイズさんをのぞき、屋敷で待機してもらうことになった。
 鎧も着ていない彼らは戦闘になったとき危険であるのと、そもそも監禁生活で衰弱しているからだという。
 ブレイズさんは本人の希望と戦闘能力もあって、同行することになった。

 不思議なことに外は焦げた臭いがしなかったし、焼かれた死体も見つからなかった。
 外の遺体だけでも退却時に回収していったのだろうか。
 よくわからない。
 もしかしたら、全部一夜の夢なのではないだろうか。

 俺たちはとぼとぼと村に向かって歩く。
 空は白みかけていた。
 
 「ごめんごめん、忘れ物しちゃってさ」
 出発後、一度屋敷に戻ったブレイズさんとカルミさんがウマに乗って追いついてきた。
 ブレイズさんの顔は妙に晴れ晴れとしていた。

 ◆◆◆
 
 村への道のりは1時間ほどだ。
 襲撃組の指揮を取っていた「異端」の修道士たちが全滅した以上、敗走した村人たちも動きが遅くなるだろう。
 カルミさんのそのような判断もあって、追撃といっても早足にはなっていない。
 
 「ベッド、恋しいね」
 ミカが背伸びをして俺に言う。
 明るい声で他愛も無いことを言うのは、精神的に参ってきている俺を気遣ってくれてるんだろう。
 彼女の明るい声に少し緊張が緩む。
 「最近、ベッドのある生活が続いていたもんね。たしかに数日の小旅行でも宿のベッドが恋しいや」
 俺の返事にミカが「うんうん」と相づちをうつ。
 「そうだ。街に戻ったらさ、服選んでくれないかな。お嬢様スタイルの横歩いていてもおかしくない格好いいやつ」
 「上から胸元覗き込まないって約束するならいいよ!」
 バレていた……。近づいた時にほんの一瞬(を数度繰り返した)だけだったはずなのに……。ここは潔く認めて爽やか路線でいこう。
 「約束する! でも、意識していないと自然と惹き寄せられるんだよね。なんか俺を惹き寄せるフェロモンとか出してない?」
 膝を曲げて、彼女の頭に顔を寄せる。
 彼女はたたたっと小走りで走って俺と少し距離を取る。
 「へんたいっ!」
 
 日常が少しだけ戻ってくる。
 
 「えぇぇ? キミ、ロリ子たんとどういう関係なの?」
 後ろを歩いていたブレイズさんが小走りに駆け寄ってくる。

 「いや、まぁ、あのミカさんとはお付き合いさせていただいているわけで……」
 「なにそれ? なんでキミみたいのに、あんな可愛い彼女がいるんだよ? なんかムカつくなぁ」

 彼女を褒められるのは嬉しいが、そこまで俺をけなさないでくれても良いのではないか。
 ブレイズさんは反対側を向くとミカに話しかける。
 
 「ボクはね、大賢者にして選ばれし英雄だから、とても強いんだ。見ただろう、ボクの力。それにね、ミカたんの望む者は何だって買ってあげられるよ。なんたってボクの力を求める奴は多いからねっ!」

 「あたし、そんな可愛くないし、欲しい物もとくにないから……気にしないでください」

 「無欲だねぇ。そういうとこもお兄ちゃんは好きだなぁ。そうそう、ボクのこと、お兄ちゃんって呼んでくれてもいいからね!」

 「あ、でもお兄ちゃんね、確かめとかないと。こいつとどこまでやったの? ボクはユニコーンだからね! 清純な乙女にしか興味がないんだよ!」

 「何もしていませんけど、そういうのはセクハラだってのは、俺だってわかりますよ。やめましょうよ、そういう話」
 俺は困った年上のおじさんをたしなめる。

 「ネトラレ? ネトラレ展開はあり? ボクのほうが大人だし、強いしさ、魅力的だしさ! なんだったらこいつに見せつけてやったってさ!」
 瞬時に殺意がわく。

 〈殺そうか、こいつ? 殺してきたねぇイモきりおとして、口の中に入れて、二度と汚い言葉を吐けないように唇縫い合わせてやろうか?〉

 いつのまにかスキルを発動させたようだ。必殺の間合いを示す赤いモヤが彼の体の様々な部分にかかって見える。今なら短剣の抜き打ちで喉を斬れる。肝臓あたりを狙って滅多刺しにしてもくたばるだろう。
 汚いデブの眼に一瞬怯えたような色が走る。

 「なんだよ、怖い目つきすんなよ。冗談がわからないやつだなぁ、キミは。若いうちから、そんな頭固くしてどうすんだよ? そんなやつはモテナイぞっ! 今度、ボクが恋愛と女心のつかみ方について教えてやるからさ、機嫌直せよ」
 
 殺意と狂気にあふれた非日常がまた足音を立てて戻ってくる。
 俺は必死にそれを追い払おうと頭をふる。

 「すいません。どうも融通がきかないんですよ、自分」
 漏れ出た殺意を取り繕うように当たり障りのない言葉を発する。
 
 「サチさん委員長にも変なこと言ったらダメですよ。あっちには俺よりも怖い呪いの人形が周囲を飛び回ってますから」
 あいつはいきなり切れるタイプですからね。俺も何度気を失うまでやられたことか。そんな話をブレイズさんに伝える。多少異なるニュアンスが伝わってしまったかもしれないが、ウソはついていない。

 「やっぱ、時代は金髪ファンタジー美少女だね。黒髪なんて、もうボクは飽きたよ」
 ブレイズさんは一応諦めてくれたようだ。

 ◆◆◆

 村が見えてくる。
 荷車に家財らしき荷物を積みこむ村人の姿が見えてくる。
 修道士の姿も見える。

 こうしてみると当たり前だがごく普通の人たちだ。
 俺たちに気がつくと、あわてて荷車を押して逃げようとする。
 どうやったって逃げられないのに。
 追い詰められた人間の行動というのは普段以上に非合理的だ。
 
 「悔い改める時です! 誰も逃げられはしません。神にして神々の前にひざまずき、正統な信仰に立ち戻る時がきたのですっ!」
 カルミさんがおどろくくらいの大音声で呼びかけると、彼らは絶望しきった顔でこちらを見つめて、ぺたんと座る。

 一人の男と目が合う。
 往路でここに立ち寄った時、すこし話したおじさんだ。
 疲れた目でこちらを見つめるおじさんに耐えられなくて目をそらす。

 全員を縄でしばり、拘束してから、教会の礼拝堂に座らせる。
 1人だけ残った修道士は先頭に座らせる。

 「外見張ってて」
 俺はミカとサチさんにお願いをしてから、チュウジに目配せをする。
 チュウジは2人の手を取って外に出ようとする。

 「隣にいるよ。辛い光景だって一緒に見届けようよ」
 ミカがじっとこちらを見る。
 俺は無言で彼女の手を握る。

 「他の修道士はどうされたのですか?」
 カルミさんが丁寧な言葉遣いで修道士にたずねる。
 「全員、あなたたちのところに赴き、戻りませんでしたよ……」 
 年老いた修道士は力なく答える。

 「結構です。ありがとうございました」
 カルミさんが修道士の背後にまわる。
 修道士の肩が震えている。
 カルミさんは震える肩にそっと手を置き、「大丈夫ですよ」と声をかける。

 「あなたにも救済を。神にして神々にあなたの魂が救われんことを」
 無造作に修道士の頭に手斧を振り下ろす。
 年老いた修道士の胡麻塩頭がぱっくりと割れて、中身が見える。
 
 ふとスイカ割りを思い出す。
 幼いころ、浜辺でスイカを割った時は歓声が聞こえた。
 今はすすり泣きだけが聞こえる。

 ミカの手をぎゅっと握りしめる。

 「すすり泣きは異端信仰継続の告白とみなしましょう」
 カルミさんがにこやかに笑って、おだやかな顔で拘束された人々に話しかける。
 
 すすり泣く声がやんだ。
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